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猫と少女と原子炉と宙と  作者: ぽんた7
終章 旅立ち
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第三節 ミカン

 タマの残した神経系への刻印については、その後も誰にも話さなかった。自分でも理解しきれていないし、役に立つものかどうかも分からない。

 だが、だんだんその感覚が鮮明になってくる。気がつくとフォージの言語でものを考えている自分に気づく。少し気持ち悪い。いくらタマの残したものが愛おしいとは言え、これはちょっと行き過ぎだった。


 そんな初夏のある日。村のはずれにまだ沢山残っている廃屋の影に、一匹の茶トラの猫がいた。

 明るいオレンジの地毛に濃いオレンジの縞模様。薄い茶色の目。まだ顔の形がほっそりしている。子猫だ。体は大きめではあるが、たぶん1才にもなっていないだろう。


 驚いたのはその体表。わずかに光っている。目もほんのり明るい。因子が完全に覚醒しているが、契約者はいないのだろう、余ったエネルギーが無秩序にばらまかれていた。離れていても肌が少しピリピリする。これではネズミなんかには逃げられてしまうだろうな。まあ明石では落ちてる雑魚を食べられるから餓えはしないだろうけど。


 その子猫は、私を見つけるなりまっすぐ駆け寄ってきた。躊躇なし、警戒なし。私の足元に来て後足で立ち上がり前足を膝にかけてきた。私の目をずっと見ている。なんなんだこの馴れ馴れしさ。これが図書館で読んだNNN団って奴か? ロックオンされた?


 立ち上がって高くなった頭を撫でてやると、もの凄い音量で喉を鳴らし始めた。と思ったらその場でゴロン、とひっくり返ってお腹を見せ左右にくねくね寝返りを打つ。あ、オスだ。たまたまもオレンジ色。しゃがんでお腹を撫でてやると、喉の音量は更に大きくなった。起き上がると膝に飛び乗ってきた。私のお腹に「ドスン!」と頭突きを食らわせる。まだ子猫だから痛くはないし、これが親愛の仕草だというのも知ってはいる。ついぞタマにはされたことは無かったけども。


 ひとしきり戯れた後、立ち去ろうとすると子猫は後を付いてきた。追い払うのも何か違う。そのままゆっくり目に歩いて家に帰った。子猫はずっとついてきて、最後は家に上がってしまった。この遠慮の無さ。お母さんも「なんかビリビリするわね」と呆れていたが、追い出しはしなかった。飼うかどうかはともかくしばらく様子を見てもいいかもしれない。


---


 私はとりあえずこのオレンジ色の子猫を「ミカン」と名付けた。ひねりの無い名前と笑わば笑え。見た目でそれしか思いつかなかったんだよ。


 ミカンは私の家を自分の居場所と勝手に決めたようだ。縁側で昼寝、庭を走り回ってパトロール、塀の上を歩いたり器用に寝てたりする。

 外に出れば近所の家から魚を盗んでは子供に追いかけられ、塀から屋根に登って追っ手を見下ろしふんぞり返る。手癖の悪い猫として次第に名を馳せていった。なんかウチまで白い目で見られそうだなあ。どうしたもんか。うちの飼い猫じゃないんですよ、関係無いんですよ、って言っても誰も信じないな。


 因子が発現しているそんなミカンだが、私はミカンと契約するつもりはない。タマとの記憶も整理がついてないし、契約してまた戦場に立つ事になるのも嫌だった。いやそれは違うか。またタマを失ったような事をミカンで繰り返すのが嫌だったのだ。

 同期の兆候が見える事もあったが、私はそれを抑え込んでいた。私にはそんな覚悟はない。このままイタズラ好きの茶トラのままでいいじゃないか。


 もしフォージがまた来る事を知らなければ、ゴン太たちみたいに土建屋になるべく契約してたかもしれない。でも死を賭して戦うとなれば話は別。


---


 数日後。夜仰向けで寝ているとミカンが胸の上に乗ってきて香箱を組んだ。はん、どうせ平らだよ、座りやすいよ、放っとけ。って誰に言ってるんだ私は。

 ミカンが私の顎に濡れた鼻をくっつけた。同期の気配がするがそれを避ける。

 その時タマの残響が表に出てきた。またフォージが残した匂いを嗅ぎつける。まだ戦いは終わっていない、今の平和は見た目だけだ、と私に突きつけて来る。


 ごろごろ喉を鳴らすミカンの目を改めて見つめる。ああ、結局のところ、私に選択肢なんて無かったんだろう。せっかく命を賭してタマが守ったこの世界。無駄にできる訳が無い。ミカンを失うのはやっぱり耐えられないけど、放っておけばフォージに理不尽に刈り取られてしまう。それよりは契約を受け入れて前に進むべきなのかもしれない。


 そう考えただけで同期が始まった。

 ミカンの知覚が神経系に流れ込んでくる。タマのときとはまったく違う感覚。タマの知覚が精密な透視図だったとすれば、ミカンの知覚は荒い油絵。色が濃く、線が太く、何もかもが強烈で秩序がない。タマのような細かいニュアンスは分からない。ただただ強く庭の匂いが聞こえ、遠く波の砕ける音が見え、満月の光が香る。これが若い猫なのか、それともミカンが特別荒っぽいのか分からない。たぶん両方なんだろう。タマとの感覚の違いにクラクラする。


 そして、ミカンの感情も漂ってくる。これは嬉しさ、親愛、信頼?まだ出会ってから大して日も経っていないのに、何故こんなにべったりな態度なのか。タマとは別の方向で大物なのかもしれない。

 そして胸に座ってるミカンの頭をそっと撫でた。喉鳴りがうるさいほどに大音量で響き私の胸を揺らす。ついでに鼻水まで飛んでくる。まったくこの子は。



 次の日、朝起きると私はナディムさんに手紙を書いた。


「遠征の話を詳しく聞かせてください」




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