第三節 同期のない夜
秋も深まって来て、温暖な明石もだいぶ涼しくなってきた。
ある夜、寝ていたらタマが私の布団に潜り込んできた。箱だけでは寒くなってきたんだろう。明石から旅立つ前には絶対に布団には入って来なかったから、少しは私の事を認めてくれているんだろうな。 ...まあ単に痩せた体に湯たんぽが欲しかっただけかもしれないが。
タマは仰向けに寝る私の左側で丸くなる。昔、懐いた猫は人の左側で寝るって聞いた事がある。心臓の音が良く聞こえるからだそうだ。タマもそうなら嬉しいな。
そんなタマの背中にそっと手を置く。かすかに上下する毛皮。たまに断続的に鳴る喉。喉鳴りなのかイビキなのか良くわからないけど、生きてる証だ。愛おしい塊。このままずうっと一緒にいられれば。叶わない希望とは分かっているけど、祈らずにはいられない。
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最近、夜眠れない事が多い、というか夢で飛び起きる事が多い。タマが横にいて寝返りが打ちにくい、というのは以前からあったのだが、そうではなく夢の中で同期の感触が蘇るのだ。タマの知覚を通じて見ていた世界──嗅覚の色彩、振動の地図、風の匂いの層──鮮やかな記憶。しかし夢はすぐに覚めて起きてしまう。そんな時はただでさえ狭く感じる現実の世界がより灰色に感じられた。
そんな夜を何度も繰り返していると、寝不足で隈の出来た顔を見咎めたお母さんに心配された。
私はお母さんに、タマとの同期の事を話した。じいちゃんとタマの事を良く知ってるお母さんはすぐに分かってくれた。
「そう。お父さんは最後まで同期できてたからそんな事無かったみたいだけど。知っていたものが分からなくなるのは苦しいよね」
お母さんが分かってくれてる事で少しだけ気が楽になった。その後もなんども同期の夢を見た。ただちょっと疑問も出てきた。最初のうちは気にならなかったけど、どうも夢にしては生々し過ぎるんじゃないだろうか。
ゴン太に相談してみた。曰く、私の神経系にタマの因子の残響が残っているんじゃないか?タマが因子を失ったから同期はできなくなっても、その残った残響は同期の再開を望んでいるんじゃないか、と話してくれた。うーん。それは困るな。ずっと寝られないって事じゃないか。そのうち消えてくれるんだろうか。
ある夜、やはり眠れなかった私が縁側に出てみると、先にタマが来ていた。庭の一点、じいちゃんがいつも座ってたあたりをじっと見つめている。じいちゃんを思い出しているのだろうか。
私はタマから少し離れて座った。思い出の邪魔はしたくなかった。
しばらくそのまま月を眺めていたら、タマが寄ってきた。膝に首を載せる。体温が伝わってくる。
同期はない。知覚の共有もない。タマが考えている事も感じている事も分からない。でもそこには確かな命の絆があった。呼吸するたびに上下する背中、ときたま動くヒゲ、風にそよいで波立つ毛皮。膝に載る軽い頭の感触。
私は気づいた。同期でタマのことを知っていると思っていたが、実はそうでは無かったのかもしれない。そうだ、この感触こそがタマだ。同期が無くても、いや無いからこそ判る暖かさ。ただ一つの大切な命。
私の神経系に残ってるこの同期の残骸だって、タマが残したものだ。愛しい命の残響。うん、このままでいい。持って歩こう。




