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猫と少女と原子炉と宙と  作者: ぽんた7
第四部 残響
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第二節 庭の修復

 満永さんに貰ったおやつは、砂糖たっぷりのクッキーとプリンだった。さすミツ! 分かってるな満永さん。食べるの勿体なかったけど腐らせたら一生悔やみそうだったので、最初のキャンプでプリンは全部食べきった。満足。容器は大切に持ち帰るよ。


 丹波までの道中は、来た時と逆で海から山への登りなのでちょっと大変だった。でも敵襲が無いので行きに比べれば天国。急ぐわけではない私たちは距離短めでキャンプしながらのんびり歩き続けた。ほとんど高速道路の上なので景色は良くないが風は防げて楽は楽。キャンプでは祥子さんと馬鹿話。詩織さんやイエネコ部隊の話で盛り上がる。他にも丹波に送電線を再建する計画とか牧場を誘致する計画とかも話してくれた。全てがプリンに通じているところが祥子さんだなあ。


 10日ほどで丹波に到着した。代行者を倒した話は伝わっていなかったようでお祭りになった。ここしばらくキャストを全く見なくなっていたので訝しがっていた所だったらしい。もう戦わなくて済む。契約者の力は農作業とかに使える。村長も宗男さんも皆泣いていた。もちろん苦難の道はこれからも続くが、しかし理不尽に襲われる事なく頑張れば報われる世界が戻って来たのだから嬉しくない訳がない。


 祥子さんの送電線を修復する話も両手を挙げて賛成された。私のようなブラックアウト後生まれにはそうでもないが、電気のある生活を知っている世代には絶対に取り戻したいものらしい。

 でも今では私にも少しわかる。電気は美味しいものだ。電気自動車はがっかりだったけども。


 さてゴン太、仮名巌はすっかり丹波に馴染んでいた。私が明石に戻るつもりであることを伝えると少し考えこんでいたが、私を一人で歩かせるのはさすがにマズいと思ったらしい。とりあえず明石まで一緒に行く事になった。その後はまた考えるそうだ。こいつ丹波に居座る気マンマンだな。


 丹波に2泊ほどしてゆっくり休ませてもらった。水がおいしい。お米もおいしい。豆もおいしい。いいところだな。ゴン太が明石に戻るの渋るのも分かる気がする。


 三日目の朝、祥子さんたちに別れを告げて村を出た。


 ゴン太との道中は楽ちんだった。明石までは下り勾配の旧国道175号線をだらだら下るだけ。敵もいない。盗賊的な人もいない。


 時々立ち止まって、タマの休憩タイムをとる。猫ベッドからタマを出してその辺を歩かせる。老猫はゆっくり周囲を散歩し、ときどき立ち止まっては草や土の匂いを嗅ぎ、草をかじってたまにゲロを吐き、水を飲んだら日向の暖かい石の上で香箱を作って昼寝する。

 そんな時はこちらも休憩にしてダラダラおやつを食べたりした。静かな、狭い世界が体を包む。ああ、どうにも慣れないなあ、この静けさ。人間の感覚で生きてきた時間の方がはるかに長いのに、すっかり猫との同期が普段の状態になってしまっていた。


---


 ついに明石に到着した。丹波から2日で歩ききった。そろそろ日が暮れようとしている。タマ、帰って来たよ。


 ゴン太と別れて家を目指す。自分の家は変わらない姿で建っていた。そんなに長い間留守にしたわけでもないのに、なんだか見知らぬ建物に思えてしまう。それほど丹波と敦賀での戦いを長く感じていたんだろうな。


 両開きの玄関をガラガラ開ける。お母さんまた鍵閉めてないし。


「ただいまー」


 奥からバッタバタと不揃いな足音が響いてくる。お母さんが足を引きずりながら廊下の向こうから顔を出した。


「おやまあ、ユキ! 帰ったのかい。あんた無事で良かったなあ。ほら、とりあえず入って休みい。お茶入れよか」


 またバタバタと台所に行き、勝手口から外に出たのだろう、ドアの閉まる音がした。室内で火は使えないからね。やっぱり電気が欲しいな。すっかり文明に毒されちゃったよ。


 居間で背負子を下ろして、猫ベッドからタマを出して畳に下ろす。


「タマ。家に着いたよ。お前の家だよ」


 降ろされたタマは、足元の畳の匂いをくんくん嗅ぎ、部屋の中を歩き回ってやっぱり匂いを確かめ回り、最後に自分の寝床だった箱を見つけると中に収まった。嬉しそうに目を細める。ちゃんと自分の居場所を憶えてる。ここに戻してやれて本当に良かった。


 お母さんがお盆に急須と湯呑を載せて戻ってきた。箱に収まってゴロゴロ喉を鳴らしているタマを見つける。


「あらあ、タマ。あんたも無事だったんだねえ。もう婆ちゃんだから帰って来られないんじゃないかと思ってたよ」


「うん。大変だったんだよ。でもタマの活躍は凄かったんだ。タマがキャストもフォージも全部やっつけたんだ。タマのおかげでみんな生きて帰れた。タマがいたから。タマが頑張ったから。タマが。タマが。...うわーん」


 安心して気が抜けたせいか、一気に涙が溢れた。

 そんな私を、母は黙って撫でてくれた。


 次々に脳裏に敦賀での情景が浮かんでいく。全ての記憶にタマがいる。あまりに濃密な日々だった。そして今、体の光を失ってただの猫に戻ったタマ。今度は私が守る番だ。


---


 一晩明けた。夕べはタマともどもぐっすり眠れたと思う。朝起きたら、タマはもう起きていて小魚の乗ったねこまんまをガシガシ食べていた。うん、元気そうだ、旅の疲れはあんまり無いみたいで良かった。


 私も別にたいして疲れてなかったので、家から出て散策を始めた。あの襲撃のあと、すぐに明石を出ちゃったから村がどうなったのか気になる。


 港に出る。そこには漁師のおっちゃんたち、あとゴン太と仁志さんがいた。


 知り合いの漁師の一人が私を見つけて大声をあげた。


「おお、ユキやんか。巌に聞いたで、大活躍やったらしいな」


 へ?


 仁志さんがこっちに来た。ムギも一緒にいる。


「ここんとこ、キャスト一体も出てなかったんや。ありがたいけど何でやろなー不思議やなー、ってみんな思てたんや」


 別の漁師が私の背中をバンバン叩く。痛いし。


「ユキとタマが敵の親玉を退治したんやて? やっぱりタマは凄えな」


 エライ知れ渡ってるな。なんでだろ。


 ゴン太が苦笑している。


「そりゃあ、丹波でさんざん祥子さんに語られてもうたからなあ。タマの活躍はもちろん、北海道や外国のデカイ猫とか、原子炉の危機とか。タマが世界を救った英雄だってんなら吹聴しない訳にはいかんやろ」


 うーん。そか。とりあえず素直に受け取っとくか。


「確かにタマ無双だったからなあ。詳しくはそのうち話すよ」


「いやいや、そのうちとか言うなや。今晩報告会しようや」


「ええっ、そんなの嫌だよ、当事者過ぎて冷静に話せる自信ぜんぜん無いよ。勘弁して」


 ぶーぶー。回りから抗議の声。でもちょっと、本当に。無理。


 ゴン太がまあまあ、と皆をなだめる。


「まあまあ。ユキもまだまだ疲れとるし、そのうちな。又聞きで良ければ俺が話すから」


「仕方ないなあ。そうだ、じゃあタマの銅像作らんか?駅前か市役所のあたりにでも」


「おお、それはええな。隣にユキの像も置こう」


 ...ヤメテ。オネガイ。


---


 明石に帰ってきてから2ヶ月ほどが過ぎた。秋が深まりだんだん涼しくなってくる。


 私は元の仕事に戻った。朝、浜でタコを受け取り、伸ばして干す。それが終わって昼からは畑の手伝い、蛸壺の手入れ、その他雑用。以前と何も変わらない。

 しばらくは「フォージとの戦争の英雄」として持ち上げられていたが、次第に元通りのいち村娘に戻っていった。うん、この方が自分には合ってる。そもそも英雄はタマであって私じゃないんだから。


 時間ができると、家の庭の手入れをした。日当たりの良い場所にはじいちゃんがよく日向ぼっこしてた場所がある。もうそこに座ってた椅子は無いが、代わりにビール箱を何個か逆さまに置いて上に平らな屋根材を敷いた。廃材には事欠かないからこういうのはいくらでも落ちてる。水に強くて日光で暖まる。今ではタマのお気に入りの昼寝場所だ。


 そんなタマが見ている前で、崩れかけた塀を直し、雑草を抜き、庭石を並べ直す。手入れが終わった後もタマの日常は変わらない。朝起きたらねこまんま。日が差せばじいちゃんの場所で日向ぼっこ。たまに草食べて胃の中身を戻して消化器の掃除。夕方になれば庭を一回りして縄張りの確認。雨や曇なら部屋で自分の箱に入って眠る。合間にトイレ、水。夜になったらまたねこまんま、そのまま箱に入って就寝。


 タマの箱の上の鴨居には、敦賀で貰った寄せ書きが飾ってある。人数が多すぎて3枚組みだ。タマを称える言葉が並ぶ。タマの関知する所ではないし、私にとっても今は遠い思い出になりつつあった。今では唯一の戦った証だった。大切な記念品。


---


 気温が下がってくるに従って、タマがご飯を食べる量は少しずつ減っていった。米を残す事が多くなってきた。小魚の干物もそのままでは食べにくいみたいで、細かく裂いてやってようやく口にする。


 晴れた日に縁側に座っていると、タマが膝に乗ってくる事もあった。だいぶ痩せてしまった背中をゆっくり撫でる。小さくゴロゴロ喉を鳴らす。それは同期の音ではなく、ただの猫の喉鳴り。それを聞いているとちょっと寂しいのと同時に、もうタマは戦わなくて良いんだと安心もする。


 ある日、タマが庭の見回りの途中で塀に登ろうとして前足をかけたまま、後足でジャンプしようとしたが後足を伸ばしきれずうまく登れなかった。

 私は木箱を持ってきて塀の横に置いてあげた。タマは箱に登ってから、塀の上に乗った。しばらくの間塀の上を歩きながら家の回りをパトロールすると、満足したのかまた箱に足をかけて降りてきた。もう高くジャンプはできないようだった。


 因子を失った、もうすぐ19才の老いた猫。体が弱るのは当然だが夏との落差が激しい。タマはどう感じているんだろうか。もう二度とその感覚は分からないんだろう。敦賀ではタマが私を補助してくれた。これからは私がタマを補助していくんだ。




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