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猫と少女と原子炉と宙と  作者: ぽんた7
第三部 決戦
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第九節 14の名前

 夕暮れの朱色が空に広がる。海風が凪ぐ。一日が終わった。発電所は生き伸びた。炉は動いている。損傷は深刻だが、停止はしなかった。


 崩壊した土の壁周辺や、敷地には途方もない数のキャストの残骸が転がっていた。強固な外皮の中身は肉と血だ。この夏の気温では、数日で腐り出し大変な悪臭になるだろう。幸い代行者が消えた事で契約者の力も復活した。とりあえず荒木さんの力で山に穴を掘って埋めよう、という事になった。硬い外皮には使い道も多いのだが、その辺は後回しにするしかない。


 日が暮れた。いつもは節約で薄暗い照明がフル稼働して敷地を照らす。その中で生存者の確認が進む。奇跡的に外周や敷地内の契約者に死者は出ていないが、重傷者は多数。クマールさんは肋骨と右足を骨折し、ラオフーは戦闘不能。レラさんは低体温症で倒れたがヌプリともども命に別状はない。ナディムさんは両足の腓骨を骨折・靭帯も損傷し歩けなくなっている。ライムは疲労してるだけで無傷。荒木さんも小キズは多いが大きなケガはしていない。見た目血まみれで凄惨だが。


建屋を縦横無尽に駆け回って技術者の警護をしていた祥子さんもかすり傷こそ多いものの無事だった。


 空間跳躍したイーシャさんは建屋の外で倒れていた。意識不明、すぐに救護所に運び込まれる。シェンの因子は燃え尽きたが、シェン自身は生きている。イーシャさんの神経系は融合同期の過負荷で深刻な損傷を受けているようで、回復するかは不明だった。


 ただ一人だけ、建屋の守備をしていた詩織さんだけは全く無傷だった。使った処理済み燃料棒プールの水も全て戻して、何事も無かったかのように会議室に戻ってマリンとじゃれている。水のある場所では間違いなく最強の契約者だ。見た目に騙されるが、彼女にはラオフーでも敵わないだろう。


 施設内は技術者60名中、14名が殉職。小林、B-17バルブに向かって走った最初の男。その後を追った者たち。蒸気漏れを手で押さえた者。隔壁の操作盤を最後まで離さなかった者。彼らの死に、光も爆発もなかった。ただ、走って、手を伸ばして、そこで命を絶たれた。


 中央制御室から出てきた源三さんは、年齢よりもずっと老けて見えた。昨日一日で十歳分は老けた。しかし最初にしたことは、炉の外周点検だった。配管を一本一本、手で触れて確かめていく。ここは大丈夫。ここは修理が要る。ここは──。専門家の手つきで、粛々と。


 一晩明けた朝。死んだ技術者たちの名前が集められた。源三さんがその名前を中央制御室の壁に書き込んで行く。一画一画、丁寧に。名前の横に、その人物の担当区画と入所年を添えて。


 レラさんが、大陸の状況を受信していた。わかる限り全ての国でキャストが活動を停止したらしい。敦賀でフォージの代行者を倒した事を伝えると、先方はお祭り騒ぎになっていた。次々に世界各地に報が拡散していく。キャストの脅威がなくなれば復興も現実的になるだろう。もしかしたら他の国には発電所もまだ残ってるかもしれない。


---


 私はタマを抱いて、建屋の屋上に出た。朝の光はまだ暑くない。朝の凪が終わろうとしている。

 建屋の下では、発電所の敷地でいろいろな片付け作業が始まっているのが見える。ただどうにも魂が抜けてしまっていて、お手伝いしようという気にどうしてもなれなかった。


 腕の中のタマは目を開けているが、何も見ていないような目をしている。因子のない猫の目。普通の老いた猫の、ただの目。


 私は左手で胸に抱えたタマの背を右手で撫でる。もう同期は訪れない。タマの感覚は流れ込んでこない。感じるのは、固くなった毛並みと骨と皮の感触だけ。聞こえるのは穏やかな猫の吐息。それだけ。ただの我が家の猫。


「家に帰ろうね、タマ」と私は消えそうな声で言った。



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