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猫と少女と原子炉と宙と  作者: ぽんた7
第一部 枯れた剣
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第一節 潮の匂い

 電気文明崩壊、通称ブラックアウトから30年。地球の総人口は当時の10%まで激減していた。

 食料の流通が途絶え、薬の供給も絶たれ、市場も病院もなくなった世界で生き残るのはなかなか難しい。


 そんな世界でも比較的栄えている、以前は兵庫県明石市と呼ばれていた小さな漁村。

 幸い瀬戸内海の豊富な海産物に恵まれており、山側農地との物々交換で一通りの食料は確保できている。気候も温暖で電気がなくても住みやすいところだ。


 早春のまだ少し寒い朝。集落の外れ。漁の担当が早朝に獲ってきたタコを木で組んだ柵にせっせと干す少女がいた。


 朝霧ユキ15才。身長150cmくらい、食糧事情が良くないこの時代特有の痩せ型。黒髪を短いポニーテールにしている。少し日焼けした肌は海沿いに生きる人間のものだ。ワンピース?の残骸を羽織っている。布は貴重品なのだ。


 ブラックアウト以降の生まれなので便利な電化生活は知らない。

 その頃を知る大人からは嘆きの声を良く聞かされるが、彼女にとっては最初からこの原始的な生活が日常なので特段不満に思う事はない。


 食べ物も飲水も寝床もある。十分じゃないか?


 ユキが作業を続ける柵の横を、一匹のトラ猫を腕と肩で抱いた若い男が通りかかる。


「ようユキ、精が出るな」


「おはようゴン太、チーズ。パトロールお疲れ」


「ゴン太ちゃうわ、巌やで」


「見た目がゴン太。いい加減認めるべき」


 巌は口をへの時に曲げて、苦笑しながら去っていく。腕の中のチーズは目を閉じて僅かに体表を光らせている。


 巌は、この漁村に3人いる契約者のうちの一人だ。


 30年前、世界を滅ぼしかけたブラックアウトは今では通称「フォージ」と呼ばれる地球外から来た何者かが引き起こしたものだと知られている。


 ブラックアウト後も海底ケーブルは生きて残っており、希少な電力で各国との通信は確保されていた。その中でフォージの存在とその周囲の電磁場の歪みが確認され、これがブラックアウトの原因に間違いないだろう、と推定されていた。


 フォージは生物かどうかもわからない。遠目には歪んだ空間にしか見えないらしい。地表に降下すると、ただただネコ科の動物だけを捕獲して連れ去る。


 その際、周囲に「キャスト」と呼ばれている子機?を展開し、猫を捕獲した後の地表から高等な哺乳類を一掃してしまう。


 彼らが何故強大な電磁パルスを発信したのか、何故ネコ科の動物だけを連れ去るのか、何故哺乳類を駆除するのか、全ては謎だった。


 ただ電磁パルスの後、世界中で体表面がかすかに発光している猫が確認されるようになる。これらの光る猫は特定の人間一人と感覚を共有し、体内のエネルギーらしき何かを人間を通して外に出力する事ができた。


 それは直接的な物理攻撃だったり、防御壁の生成だったり、温度変化の発生だったり、レーダー的な索敵能力だったり様々だった。また契約者同士は猫を通じて互いに意思疎通ができた。


 電力がほとんど使えず、火薬も製造できない人類にとってそれは唯一残ったフォージへの対抗手段となっている。

 フォージのパルスでネコ科の何かが活性化したと思われ、それは彼らが猫を捕獲しているのと関係していそうだった。


 そんな光る猫とペアを組む人間を、契約者、と呼んでいる。ここ明石にも以前はもっと多くの契約者がいて、たまに迷い込むキャストを撃退していた。


 しかし全ての猫が光っているのでは無い。また、対となる人間も誰でも良い訳では無い。契約者となる条件は不明だが、少なくとも信頼関係は必須のようだった。


 タコ干し作業を終わらせ、ユキは一旦家に戻る。彼女は足の不自由な母親と2人暮らしだ。

 母親は漁の事故で右の足首を失っている。健康ではあるのが救いだ。父はユキが幼い頃に別の事故で死亡している。


 10年くらい前までは祖父がいた。ユキは正直あまり憶えていない。優しい人だったような気もするが、あまり喋らない性格だったので良く分からない。


 住んでいる家は文明のあった頃の廃屋を修繕しながら使っている。ただ、そろそろ雨漏りで使えない部屋が出てきている。応急修理はしているが。でもまあ2人だけなのでまだなんとかなる。どうせ水道も電気も無いのだ、雨風しのげれば十分。


 そして家にはもう一人住人がいた。メスの三毛猫・タマ、18才。祖父の契約猫だったが、祖父の死後は誰とも契約を結んでいない。


 現役時は、祖父と共に『枯れた剣』と呼ばれて他の契約者にも一目置かれる猫だったようだ。

 的確な状況把握、少ないエネルギーなのに相手の弱点への鋭い攻撃で撃破数を稼ぐ。一騎当千は言い過ぎだが抜きん出た戦績を誇っていた。

 当時を知るものなら誰もが尊敬の念を抱く、そんな契約者ペアだった。


 祖父が死に、タマも老いて毎日寝ている。漁村の人々は尊敬こそしているものの、タマはもう戦えない猫という認識だ。


 体には僅かに光が残っているが、タマは次の契約を結ぼうとはしていない。

 孫のユキに対しても同じだ。単なる同居人、爺さんの知り合い、ご飯をくれる都合の良い人間、とでも思ってるんだろう。


 タマの信頼を得られていないらしい事は寂しく思うユキだったが、もう十分戦ってきた猫だ。休んでゴロゴロしてても良いじゃないか、とも思うのだ。


---


 翌日の早朝。浜辺に魚類でも貝でもない、白い破片が沢山打ち上げられた。契約者はひと目でそれをキャストの外殻だと見抜く。四国あたりで戦闘があったのだろう、少なくないキャストがこちらに流れて接近しているのかもしれない。


 村は厳戒態勢に入ったが、避難する間もなく水平線の上にキャストの群れが現れた。


 明石海峡の方角から低い連続した音が聞こえて来る。まだ小さな音だが、確実に近づいて来ている。

 契約者は全員が浜辺で臨戦態勢をとる。村には避難を伝達しているが、間に合うかどうか。


 ユキの家では、箱の中で寝ていたタマが起き上がり、何年も見せていなかった動きをしていた。耳を後ろに伏せ、体を低く構え唸り声をあげ、毛を逆立てて尻尾をふくらませる。体の光が強くなる。


 良くないものが押し寄せてくる。




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