第五節 北の風
詩織さんが到着した直後、また帆船が一隻入ってきた。
今度も女の人だ。名前は神居レラさん18才。北海道から来たそうだ。見た目は日本人にしか見えないが、本人はアイヌ人だと言う。
猫? の名前はヌプリ。シベリアオオヤマネコのオス。5才。
でっかい。軽く1メートル以上ある。赤寄りの茶色、少ないけどヒョウのような斑点、短い尻尾、とがった耳。え、北海道にはこんなのいるの?
「いや、これ元々はラトビアから来たんだよ」
「ラトビア? ってどこです?」
無学ですみません。
「んー、ヨーロッパの北のほう。ロシアの隣。そこの動物園から神戸の動物園に贈られて、そこからまた札幌に来たのがヌプリの爺さんと婆さん」
「なんだか転々としてるんですね」
「そう。でブラックアウトがあって猛獣は殺処分しようって事になっちゃって。うちのオヤジ、その動物園の飼育員だったんだけど二匹を連れて逃げちゃったんだよ」
「はー。無茶しますね」
レラさんは笑顔でうんうん頷く。猫の話をするのが楽しそうだ。
「んで小樽の山奥に逃げて、そこで子が何匹か生まれて、更に孫が生まれた。それがこのヌプリ」
なんと。
「私はヌプリの親と一緒に育ったんだ。でその子供のヌプリが光始めて、気づいたら契約してた」
「へー。そうなんですね。動物園の他の猫は殺されちゃったんですか?」
「うん、たぶん。ライオンとかトラとか色々いたけど、父ちゃんが言うにはみんな人間はあんまり好きじゃなかったって。一匹も契約できてないんじゃないかな。というか契約とか言う前に処分されてるよ。エサ無いしね」
仕方ないとは言え酷い話だ。ヌプリは幸運なケースなんだろう。祖先が殺されそうになってたなんて思いもせず、レラさん大好きオーラが凄い。
実際ヌプリを見てると、見た目の威圧感とは裏腹にメチャクチャ人懐っこい。私はレラさんに許可もらってヌプリを撫でまくった。完全に飼い猫だー。ふおおおー、でっけー、かわええー。これで毛皮がもう少し柔らかければ完璧なのに。あと日向臭い。
...なんかタマがこっち見てるな。なんだ? 妬いてるのか? ふっふっふ、うい奴め。あ、違う? ヌプリとお話中? そうですか。私は無視ですか。知ってたし。
そんな懐っこヌプリの因子は気象操作。霧を出したり吹雪を発生させたりして敵を撹乱するんだとか。小樽からの帆船も風を操って超高速で日本海を移動してきたらしい。荒木さんちのチビの土木作業といい、ちょっと新入り猫の皆さん超能力過ぎません?いや、そりゃ衝撃波や障壁だって大概超能力だけどさ。
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さて、会議室のいつもの紹介でレラさんが話した内容はちょっと衝撃的だった。
ヌプリは他のオオヤマネコと通信できるらしい。すげえ。で、その中で大陸のシベリアオオヤマネコが傍受したフォージの通信を翻訳したのがこれ。
・ フォージは地球を「第76培養地」と呼称してネコ科動物を兵器として培養している。少なくとも20の他の惑星で同様の培養が行われている。
・ 地球のネコ科動物の因子は「第76設計」と分類されており、他の設計とは異なる特性を持つ
・ 地球の収穫はフォージ本体ではなく、分体である一体の「代行者」が行っている。
・ 地球以外の「培養地」で予想外の事象(因子の想定外の変異)が報告されている記録がある。
猫はフォージが設計した兵器だから、当然フォージの命令フォーマットが理解できる。なので通信を傍受さえできれば内容はそこそこ分かる、という事らしい。
一同は絶句。フォージが地球外から来たというのは想定されていたものの、何故猫を連れ去るのか、その目的とかは今まで一切不明だった。
「侵略ですらなくまさかの畑扱いとは」
小隊長の一人が嘆息する。満永さんがそれを引き継ぐ。
「なるほど、それなら散発的な攻撃も納得できますね。そもそもフォージは人類を屈服させようとか征服しようとか考えていないんじゃないですか? 猫を収穫したら土地を耕し直す。人類は邪魔だけど多少収量が減る程度だから適度に妨害しとけば十分。そんな感じなんでしょう」
なんとも言えないやり切れなさが会議室を支配する。敵とすら思われていないとは。
源三さんが発言する。
「いや待てよ。それじゃあ何であいつらはこの発電所を攻めて来ようとしてるんだ? 発電所の一つくらい放置しといても他の大陸の猫収穫には関係ないよな?」
それは確かに。敦賀市ひとつぶんの猫なんて、全世界から見たら砂粒だろう。
満永さんが源三さんを見る。
「もしかして、この最後の『地球以外の「培養地」で予想外の事象』って奴が地球でも、というか敦賀でも起きてるんじゃないですか?」
「連中の予想外?」
「ええ。そのくらいじゃないと、わざわざモンゴルからこんな小さなところまで来る理由が無いですよね」
ざわ..ざわ..
「タマだ」「タマちゃんだ」「婆ちゃんだ」
あれれ? みんな何でタマを見てるの?
「なるほど、確かにここで一番のイレギュラーはタマちゃんですね。規格外のロングレンジ索敵、他の猫の意識への侵入、人間も驚きの戦術立案」
「どうやってか、それが察知されたと」
「そう。つまり、タマちゃんのようなイレギュラーは地球だけの現象ではない可能性があると。なので調査と排除に来るのでは」
ん?でも。私は反論する。
「あれ? でもタマがここに来る前から敦賀には攻撃が増えてたんですよね。順番おかしくないですか?」
満永さんが顎に手を当てながらこちらを向く。
「いや、モンゴルあたりから見れば敦賀も明石もご近所でしょ。敦賀の電力が目立ってたからとりあえずここを攻めて来てたんじゃないかな?」
「そんないい加減な」
「いい加減だけど、連中の認識はその程度なんだと思うなあ。多分こないだのビッグサーチャーがタマちゃんの戦闘を大陸に知らせてたんじゃないかな。それでターゲットが敦賀で確定したと」
マジか。タマがそんなにヤバい猫で目を付けられてたとは。
「あとはついでに原子炉も破壊しとこうか、くらいなつもりじゃないか」
「迷惑な」宇宙に警察がいるなら通報したい。
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源三さんが腕を組んで考え込んでいる。
「いや、もしかしたら原子炉はついでじゃないかもしれん」
皆が源三さんを見る。どういうこと?
「最近、タマの奴が炉の横をうろついてるんだ。なあ嬢ちゃん」
そう言えば、ここしばらくは建屋の散歩が多いかも。
「でな、最近時々な、炉の出力が微妙に振動してる事にうちの若いもんが気づいてな。別に発電には全然支障ない範囲なんだが、興味持って色々計算してみた訳だ。でっかいタービンにそんな振動させるってことは、炉の核反応自体はもっと大きく振れているはずだろうと」
「ふんふん?」さっぱり分からないがとりあえず頷いておく。半眼で私を見る源三さん。バレてる。
「自然現象ではこんな量のゆらぎはあり得ないって結果だった。人為的な何かが介入してるとしか思えない。で、こないだ気づいたんだ。そんな時に限ってユキ嬢ちゃんとタマが格納容器の横に来てるんだよ」
...まさか。
「タマは、炉を操って何かしようとしてるんじゃないのか?」




