第三節 速さの代償
荒木さんによる城壁建築が始まっている。大まかには半島の北を3重の塀と堀で囲み、埋立地だけ隙間を開けてキルゾーン? にするとか。安全に射撃するためのトーチカも点在している。たった一匹のツシマヤマネコだけなのに、凄い。凄いとしか言えない私の語彙の無さも凄い。
「地雷が置けないのが残念だ」
とか荒木さんは怖い事言っていた。
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その日は日本海には珍しく海が穏やかだった。そこにまた一隻の帆船が埠頭に入港してきた。
大陸から南シナ海経由で敦賀に到着したのはバングラデシュ人のナディム・ガインさん。30才くらい? ベンガル族とサンタル族の混血で、大陸の契約者組織からの使者として、世界各地の戦況を伝える役割を帯びているんだそうだ。
日本語は全く話せないが、元々軍人だったそうで英語は使えるらしい。それでなんとか意思疎通はできている。満永さんと話をしているが、私にはチンプンカンプンだ。祥子さんも分からないみたい。
ただタマは例によってナディムさんの猫と会話しているようだ。
ナディムさんの契約猫はベンガルヤマネコのライム。
ツシマヤマネコとは亜種? とかいう親戚の種らしい。そう言えばチビと胴体の模様が似てる。ただライムの方がはっきりした黄色と黒のヒョウ柄で、足も尻尾も長い。もうイエネコとは全然別の生き物みたいだ。
そのライムは速度特化の因子を持つらしい。ただでさえ因子が発動した猫は素早いが、そんなもんじゃないほど早く動けるらしい。
最初はタマを警戒していたが、タマの穏やかな振動波がライムに触れるうちに打ち解けたようだ。凄いなタマ。そのフレンドリーな態度を何故私には向けられないのか。猫だけなのか。くそう。私はメシ係かい。
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荒木さんが全ての小隊長を会議室に集合させた。嵐山さんも座っている。
「皆さん哨戒任務お疲れ様です。本日皆さんにお集まりいただいたのは、大陸の現状をナディムさんにレクチャーして頂くためです。彼は日本語を話せないので、随時私が通訳していきます」
ナディムさんが話し出す。
「ナディム・ガインだ。大陸の契約者組織から派遣されてきた。今大陸の奥、主にモンゴルと中国の境目あたりにキャストの本拠地があると考えられている。その辺りとはもう音信がないが、人間は排除されて、ネコ科動物が全て拉致されて消えているらしい」
ざわつく小隊長たち。
「ここにはフォージ本体がいると考えられている。こいつがキャストを生成しているようだが、最近そのペースが早くなってる事が観測されている」
小隊長の一人が立ち上がる。
「それは防げないのか?」
ナディムさんは首を横に振る。
「残念ながら、それには契約者数が少ない。中国には元々多数の猫が飼育されていたが、光る猫は少なく、その上契約に到れる人間も極端に少ないらしく戦力がない。インドやネパール、そして我がバングラデシュは契約率は高いが大型猫中心で個体数が少ない。合わせても戦力が足りないのだ」
「そんな」
「日本は猫に関しては稀有な国なんだ。一箇所にこれだけの契約者が集まってる国は他にない」
まあ猫喫茶とかネコミミとか猫吸いとか日本発祥だもんな。思い入れが違う。
満永さんが話を引き取る。
「で、キャスト間の通信を漠然と読める契約者ペアがいて、どうやらフォージはこの敦賀を目指してるみたいなんですよ」
嵐山さんがポツリと呟いた。
「最後の文明の芽を潰しに来る、ってか。ほんとうに地球に残ってる原子炉はここだけみたいだな」
「そうだと思う」ナディムさんが答える。「ここが決戦の地になるだろう。負けたら人類はモンゴルみたいに焼き払われる」
なんだかとんでもない事に巻き込まれてる気がする。そんな大層なつもりで明石から出てきたんじゃないんだけどなあ。
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タマが朝鮮半島方向の海上に見慣れないキャストを探知した。
「見たことないキャストが海上をこちらに飛行しています。一体のようです。少し大きいですね」
「それは怖いな。進路は判る?」
「うーん、どうも発電所ではなく、東の湾を通って市内に向かってるみたいです。海辺の公園に来そう、とタマは予測してます」
満永さんが壁に貼られた地図を見ながら指示を出す。
「というと松原公園だな。よし、市内待機の第4第5小隊に連絡、迎撃を。ユキさんと祥子さんは正面玄関に行っててくれ。車で市内に向かう」
車!発電所技術者お手製の鉛電池で動く小さな電気自動車が契約者移動用に用意されてる事は知っていたが、見るのも乗るのも初めてだ。
市内の部隊との連絡も、有線の回線が使えた。ブラックアウトでICやLSIの類は全滅したが、旧式のトランジスタは結構生き残っていて、それで連絡用の通信路が敷設されている。無線にしないのは、万が一次のブラックアウトが来た時に焼かれてしまう恐れがあるからだ。
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玄関には小さな銀色で箱型の軽自動車が横付けされていた。
運転席? には満永さん。もう一人ナディムさんが助手席に乗っていた。彼が降りてきて、横にあるスライドドアを開けてくれた。うん、開け方なんて分からない。
満永さんが手招きしている。
「さあ、二人とも乗って乗って」
...どこに?
ドアの先にはでっかい箱が鎮座している。良くみると、その後ろに小さな板があった。座布団が敷いてある。これ? 椅子?
「リチウムイオン蓄電池なんておシャレなものはもうないんだ。鉛電池にするとどうしてもこんな大きさになっちゃうんだよねー。まあいいからいいから」
せめて後ろに置けばいいんじゃ、と思ったが満永さんに先回りされた。
「鉛電池はすんごい重いから、真ん中にしか置けないんだ。邪魔だけど許して」
電池を背にして、祥子さんと二人で後ろ向きに座った。うーん。思ってたのと違う。自動車で海岸線をドライブだー、とか思ってた私は完全に裏切られた。
え、「ドライブ」なんて良く知ってるな、って? 明石には大きい図書館もあるのさ。ブラックアウト後に寄贈されたマンガが読み放題。自動車の知識もあるぜ。ズドン!ゴアシャアアア!
そして軽自動車改お手製EVは市内に向けて走り出した。あんまり早くない。乗り心地も超絶悪い。
「もうちゃんとしたタイヤは手に入らないからねー。お尻痛いと思うけど、ちょっと我慢してねー。20分くらいで付くからねー」
色々と幻想が壊された気がした。祥子さんも複雑な顔してる。
しかし自転車よりは間違いなく早い。今は新型キャストだ。気を引き締め直す。
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公園に到着した。砂浜の広がる景色の良いところだ。しかし今は10人くらいの契約者が散開していて、浮かんでいる大きなキャストと対峙していた。
そのキャストはサーチャーを二周りほど大きくした形だった。後ろにトゲトゲした突起がある。
「アンテナ?」
満永さんがトゲトゲを見て言っている。アンテナって何だろう。
海岸の猫たちが攻撃を始めるが、全て弾かれている。硬い。
それらを無視して大サーチャー(仮)は市内に向けて移動を開始した。早い。普通のサーチャーの何倍も。あっという間に見えなくなる。
ナディムさんとライムが同期レベルを上げる。体がひときわ輝いた、と思った次の瞬間、空気に穴を穿ってナディムさんが飛び出した。私には消えたように見えたが、タマには見えていたらしい。
「にゃっふ!」
タマが鳴いて同期が上昇する。脳裏に地図が浮かぶ。大サーチャーとナディムさんを示す光点が高速で地図を移動する。車とか建物とか無視してジャンプしながら移動してる。とんでもない行動だ。速度特化ってこういうものなの? 立体すぎん?
「大サーチャーとナディムさんは真南にある工場跡に向かっています。到着予定30秒後」
その工場は元繊維工場だ。敦賀に来た時には、ああ布があるんだ、綺麗な服着られるかなあ、とか無邪気に考えていたがブラックアウト当時には既に布ではなく工業用のフィルムとか医療素材とか作っていたんだそうで。残念無念。
「ユキさん、車乗って!追いかけます!」
車で追いかけるがナディムさんたちの半分の速度も出ない。ナディムさんと違って道路しか走れないし。
そんな車内でもタマがライムに相手の進路予測を伝え続けている。
『敵工場到着、進路を東に変更、もう一つの工場跡に向かってます。到着20秒後。』
『OK,I'll intercept(先回りする)』
ナディムさんの言葉は英語だが、同期中は意味だけは伝わってくる。便利だ。
ナディムさんを示す光点が自動車の残骸や建物を飛び越えながら斜めに移動してキャストの光点を捉えた。
『Target locked. Intercepting. Firing... Target evaded.(ターゲット捕捉、進路に回り込んだ。攻撃。回避された。)』
ナディムさんのほうが移動は早いが、攻撃が読まれている。
こいつ、手強い。
『敵進路上に行き止まり。5秒後。』
『Visual contact.Engaging.(視認した。突っ込む。)』
光点が速度を急激に増す。が、
『後方にアタッカー5体出現!ごめんなさい見落とした!離脱推奨!』
行き止まりに追い詰めたんじゃない、罠に誘い込まれたんだ!
地形の把握はタマの専売特許じゃあ無かったって事か。これは逃げ場が無い!
その時タマとの同期が更に上昇した。これはもしかして第3段階?
視界に色の薄い景色が広がった。体の感覚があいまいになる。自分自身が自分のものかタマのものか分からない。これタマの見てるもの?
タマの視覚・聴覚・嗅覚・触覚を直接感じる。加えて因子によるエコロケーション。と思ったら急に視界が切り替わる。目の前に5体のアタッカー。これはライムの視界?
目の前のアタッカーはゆっくりこちらに向かって来ている。アタッカーが遅いのではなくライムの脳が早いんだ。
そこに私/タマの分析が入る。右側にアタッカー2体と左側に3体。全てが攻撃を放ちつつあったが、右側2体のうち中央寄りの奴の発射が遅い。
『uT6%NUxCkXgF1Y!!』
もう言葉ではなく、概念だけがライムとナディムさんに飛んだ。無理やり訳せば「右から二体目のアタッカーの真上を最大速度で抜けろ」だろうか。
ナディムさんが急加速してアタッカーの反対に抜け出す事に成功する。さあこれで追い詰めたのはこちらだ。
タマとの同期が元に戻る。人間の視覚が返って来た。タマが疲れているのを感じる。やっぱり第3段階はお婆ちゃん猫には負担が大きすぎるんだ。
そして抜け出したナディムさんの所にようやく車が到着。満永さんと祥子さんが飛び出して衝撃波を乱れ打ち。あっと言う間にアタッカー5体を撃墜し、残りは大サーチャーのみ。
視界にタマのオーバーレイ。指定された攻撃ポイントはトゲトゲの根本。
「トゲトゲの根本の裏側が弱点です!」
大サーチャーの右にナディムさんが、左に祥子さんが回り込む。正面に満永さん。一斉にトゲトゲ目がけて攻撃を放つ。
大サーチャーは煙を吐いて落下した。しばらく見守るが再起動してくる気配はない。やった、勝った。けど危なかった。
ナディムさんが近寄ってきた。
「Your consciousness entered into me. Is this Tama's ability?」
同期してないと英語わからん。満永さーん!
大サーチャーを調べていた満永さんを呼ぶ。
「通訳お願いしますー」
「あはは。なになに? ...ふむふむ。『君の意識が私の中に入ってきた。これはタマの能力なのか?』だって」
「ああ、そういう。『そうです。こっちにもライムの見てるものが見えてました。同期三段階目の一瞬だけでしたけど。』と伝えてください」
「Impressive. I didn't know this was possible. Combine speed with sensor tracking, and you can pull off something like this.」
「えーっと? 『素晴らしい。こんな戦い方があるなんて。速度と索敵を組み合わせるとこんな事が出来るんだな。』」
そうなのかな。でも出来ればもうやりたくない。タマの負担が大きすぎる。
「『タマがとても疲れるので、なるべくやりたくないです。』と」
「Understood. I apologize. I won't rush in alone from now on. Back on the continent, contractors are scarce—this is how we usually fight.」
「『そうだったか。申し訳ない。次からは一人で突っ込まないようにしよう。大陸では契約者が少ないからこういう戦い方が普通でな。』だそうですよ」
分かってもらえた。ナディムさん素直な良い人だな。会釈だけ返す。
「満永さん、ありがとうございます。ところでこれからどうするんですか?」
「このトゲトゲ、やっぱりアンテナっぽいですね。キャストの通信プロトコルが判るかもしれませんから、後から回収して分析する事にします」
「へー」
「へーって。情報は命ですよ、ユキさん。まあ今日は戻りましょう」
「えー。またあの車に乗るの~」
祥子さんがぶーたれる。
「歩いて頂いても構いませんよ? 大した距離じゃありません、徒歩でも3時間もあれば発電所に着きますよ」
「うそん。ごめんなさいて、乗せてください」
祥子さん...




