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猫と少女と原子炉と宙と  作者: ぽんた7
第二部 共闘
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第一節 矜持

 丹波を出発した私たちは、一旦国道483号線に出て南回りで舞鶴若狭自動車道に出た。地図の上ではかなり遠回りに見えるが、敦賀の二人によれば距離は長くなるがまっすぐ峠を超えるより道路は広く高低差も少ないから結局楽で安全、との事。

 路面の劣化は激しいが、自動車ならともかく徒歩ならまだ歩く事はできた。幸い崩落している陸橋は無いらしい。30年も誰もメンテしてないのに致命的な損傷がない日本の土木技術が優れていたという事だ、と言われたが残念ながら私に分かるはずもなかった。無学でごめん。


 若狭美浜ICから国道に降りて、長いトンネルを抜けて敦賀市に入る。トンネルを出た所で野営したのだが、その夕暮れ、私たちは市街地を照らす街灯の群れを遠目に始めて見た。炎の赤ではない白い地上の光に驚きはしたが、それほど感銘は受けなかった。遠くから見る街灯の光はまばらで少し寂しげですらあった。


 そう敦賀組に言うと、少し笑われた。


「それはがっかりさせちゃったね。今はね、電気の節約のために必要最小限しか街灯は点灯させてないんだ。それに街灯のLEDの寿命は長いけど、それでも何十年も保つわけじゃないからね。かわりばんこに使ってるんだよ」


「ふーん」


 祥子さんも口を挟む。


「私も、もっとビッカビカか思ってたわ」


「あはは、ブラックアウト前はそんなだったよ。誰も通らない道路とか、建物自体を照らして目立たせるとか無駄な使い方も多かったね」


「そうなんだ、勿体ない事してたんだね」


「その通りだね。今の我々は食料とか資材とかいろいろ節約しないと生きていけない。電気も同じなんだよ」


---


 次の日は半日ほどで私たちは敦賀の原子力発電所に到着した。途中通り抜けた敦賀市内は、荒れてはいたが明石や丹波と比べると格段に綺麗だった。人通りもそこそこ多い。特に驚いたのは途中ですれ違った電動の救急車。控えめなサイレンを鳴らして通り過ぎる。初めて見る生きてる自動車。残骸なら明石にも沢山あったが。


「ほとんど自動車は残ってないけど、緊急車両だけは無理やり維持されてるんだ、部品をツギハギしてね。病院にも優先的に送電されてる。この辺は市民の命に直結するからね」


「すごいなあ、あんな大きなのが動くんだ。電気って凄いんだね」


「そう。それをフォージから守るのが我々の仕事、って訳さ」


私も祥子さんも、今回の遠征をもっと気軽に考えていたけどだんだんそんなに簡単な事じゃない事に気づき始めていた。これ責任重いよね?


---


 到着したその日は直接発電所には行かず、元々発電所の社員寮だった建物に案内された。

 祥子さんと私は、ここで始めて電気の威力に触れる事になった。明るい廊下、発電所に皆の到着を知らせる電話、そして何よりお風呂!

 暖かいお湯に浸かったのなんて多分生まれた時の産湯以来じゃなかろうか。


 そして風呂から出た後の暖かい食事。明石でも米は炊いていたし、魚を焼いたり煮たりはしていたのでそこは「器が綺麗だなー」くらいな感想だったが、最後に出てきたのがプリン。薪の火では温度管理が出来ず茶碗蒸か卵焼きになってしまうから、私はちゃんとしたものを食べた事はなかった。祥子さんもそうみたい。年配の人たちに話は聞いていたが、まさか食べられる日が来るとは。


 食べ終えた祥子さんが大真面目な顔で私に話かけた。


「ユキちゃん」


「はい祥子さん」


「絶対に電気を守りましょうね」


「はい、絶対」


 見つめ合って手を握りあい、互いに誓う二人だった。プリンは柔らかくても決意は固く。同盟が発足した瞬間だった。


---


 風呂に入りプリンも食べて元気を最大に回復。翌日は今まで一緒だった二人組とは別の女性の契約者に連れられて発電所の会議室に案内された。


 そこには10人ほどの契約者と猫がいて長いテーブルに各々座っている。おお、さすが都会、契約者多いな。


 そして、猫を連れていない老人が一人いた。なんかおっかない見た目。一番前の端っこのテーブルで腕を組んで座っている。


 案内してくれた女性が二人を手招き。


「新たにこの二人が防衛部隊に加わります。(二人に向き直り)自己紹介お願いね」


 まず祥子さんが自己紹介する。


「丹波市から来ました、藤堂祥子よ。こっちが猫のクロ、探査系って事になってる。電気のために頑張るわ、宜しく」


 ぱちぱち、まばらな拍手。


「明石市から来ました、朝霧ユキといいます。この寝てるのがタマ。探査系、なのかな。宜しくお願いします」


 ぱちぱち、と拍手と共にどよどよと小声で話す声多数。「随分年寄りじゃないか?」「出力大丈夫なのか?」


 祥子さんがそれらを聞いて一言。


「大丈夫、タマは歴戦の大ベテランや。索敵なら一流やで」


 祥子さんはタマを認めてくれている。嬉しく思う私。プリン同盟の絆は永遠。


 最前列の端に座っていたペアが立ち上がった。


「よし、それじゃあ各小隊長だけ軽く自己紹介してもらおうか。まずは私、ここの隊長を任されてる満永徹だ。猫はゴリ。探査系だ。よろしく」


 まだら模様の猫を抱いている。なぜゴリ? 後で聞いたら柄の似たゴリって魚がいるんだそうな。なんかかわいそ。


 その後次々に契約者が自己紹介していく。ここにいる人達で全部ではなく、それぞれの小隊の下に10から20人くらいの契約者がついているんだそうだ。すごいな、3桁の契約者がいるって事か。


「それじゃあ二人はまずは私の隊に仮で入ってもらって、戦闘の雰囲気を確認、能力のすり合わせをしようか。不幸な事にほぼ毎日キャストが来るから実力を見る機会はいくらでもあるんだ」


「「ええー」」


 そんな状況なのかここは。


「聞いていたより襲撃多いんですね」


「そうなんだ、特にここ一週間ほど増えて来てる。まだまだ散発的なんで楽に対処できてる今のうちに戦力を増強したいんだよ」


 なるほど。それで地方周りか。


「あとは源三さんに発電所のレクチャーを受けてくれ。今日はそれで終了って事で。じゃあ私たちはこれで失礼するよ。総員、解散」


 どやどやと小隊長たちが猫を連れて退室する。残ったのは一番前に座っていた老人。彼は立ち上がって二人のほうに近づいて来た。


「よう、嬢ちゃんたち。おれは嵐山ってもんだ。嵐山源三。宜しくな」


 明石村にはいなかったタイプの老人だ。頑固一徹ってこういう雰囲気の事を言うんだろうか。


「炉に案内する。ついて来い」


 言うとさっさと会議室を出ていってしまう。二人で慌てて後に続く。


---


「守るものを見ておけ」


 5号機実験炉の中央制御室に入った私たち二人と嵐山さん。他に数人の所員が機器を監視している。嵐山さんが皺で囲まれた口を開く。


「ここが5号炉の制御室だ。炉をあやつる部屋だな。5号炉とは言ってるが、これ以外の炉はない。1号と2号は廃炉済、3号と4号は建設されてすらいない。ここはその後に計画されたから5号」


「一つだけしかないの?」


 私は不安になって嵐山さんに聞いた。


「そう。いいとこに気づいたな嬢ちゃん。これが最後の発電機なんだ。壊れたらおしまい。以前は停止してもおしまいだったんだが、そこは今は短期間なら止められるよう改造してある。燃料を交換する時とかのためにな。まあ代わりの燃料なんてもう無いんだがよ」


 祥子さんが表情に理解を浮かべる。


「なるほど、ここをフォージに壊されたらプリンは二度と食べられない、って事ね」


「プリン? なんだそれは。料理はよく分からんが多分そうなんだろうよ。まあ事の重大性を速攻で分かってもらえて嬉しいよ」


 全然嬉しく無さそうな顔で返答する嵐山さん。


「よし、じゃあ建屋を一周するぞ。新人にはみんなこのツアーをするんだ。自分が守るものを知るためにな」


 嵐山さんは私たち二人を連れて部屋を出る。まばらに照明の点いた味気ない廊下を進んで行く。


 廊下の途中にあった所員の詰め所に入る。壁一面に貼られた図面。その中でも一番大きな紙の前で立ち止まる。


「格納容器の中に蒸気発生器ってのがある」と嵐山さんが言う。「中に細い管が四千本通ってる。一次冷却水の熱をここで蒸気に変えて、タービンを回す。炉の心臓部だ。運転中は開けられない。だから、記録で管理する」


 私には何を言ってるのか分からないが黙って聞いている。

 図面には縦横に区切られた格子模様。その中に赤いバツ印が沢山書かれている。


「このバッテンが使えなくなったパイプだ。最初の数年は年に数本だったのが、10年を過ぎた頃から増え始め、今も年々加速している」


 図面の右下に几帳面な字で日付と担当者名が添えられている。古い字から新しい字まで。たぶん最新は嵐山さんのものだ。


「定期的に一次系の水質を分析して、腐食の進行を推定する。燃料交換で炉を止めたときだけ、発生器の点検口を開けて光ファイバーで中を確認できる。30年で2回だけ。2回目に開けたとき、腐食で死んだ管は千本を超えていた。今はもっと増えてる。推定でおよそ2,300本。生きてるのは半分以下だ」


 私には数字の意味がすぐにはわからない。嵐山さんが続ける。


「管が減ると、残った管に負荷がかかる。負荷がかかると腐食が早まる。腐食が早まると、また管が死ぬ。30年かけて、この炉はゆっくり縮んでいってる」


 原子炉の話は難しすぎて全然分からなかったが、なんとなくそれはタマに似ている、と思った。強い力を出すほどタマの寿命は縮んでるに違いない。


 嵐山さんは格納容器の外壁に連れて行く。分厚いコンクリートの壁。嵐山さんは壁に掌を当て、目を閉じる。


「聴いてみろ」


 祥子さんと一緒に壁に耳を当てる。かすかな振動が伝わってくる。冷却水が循環する音。蒸気が管を通る音。低く、規則的で、途切れない。


「この音は30年間変わってない、と言いたいところだが、年々少しずつ高くなってる。管が減って、残った管を通る蒸気の速度が上がってるからだ。俺にはわかる。毎日聴いてるからな」


 その他の制御機構の話もする。制御棒を炉心に出し入れしたり冷却水系を制御したりする精密な多くの装置。予備部品はとうに底を突き、所員たちが旋盤で削り出したりした手製の部品で動いている。

 「純正品」はもうどこにもない。嵐山さんが若い頃に先輩たちと手作りした部品が、今この炉を支えている。出力を変動させないからほぼ動かす必要がない部品たちとは言え、工作の専門家でもない所員が制作した部品で動作しているなんて奇跡のようなものだ。


「出力を上げれば早く壊れる。管も圧力容器も。だからこの炉は最低出力の定格5パーセントで回してる。燃料の節約だけじゃない。上げたくても、上げたら炉が耐えられないんだ。まあ5%でも敦賀市の重要施設に給電するには十分なんだが、冷房とか娯楽施設とかまでは無理だな。鉄道も無理」


 嵐山さんは格納容器の壁をもう一度、手の甲で軽く叩いた。計器室でやるのと同じ仕草で。


「こいつは30年間で燃料交換の合わせて10日しか休んでない。俺よりよっぽど働いてるんだよ」


 タマがぐるぐる喉を鳴らしながら炉を見ている。いったいこの猫には何が見えてるんだろう?



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