4.7 コードに刻むエースナンバー
monogatary.com 2026年4月7日のお題『引き継がれた背番号への想い』について投稿したものです。
「各務原リンです。カガリンと呼んでください。呼びにくければ適当でも大丈夫です。よろしくお願いします」
――噂通り。
第一印象は、それだった。
独特だけど筋の通った自己紹介を終えた新人は、当然のようにうちのチームへ配属された。
「……どう呼びましょうか」
若杉主任が、小声で聞いてくる。
「好きに呼んだらいいんじゃないですか」
「いや、最初ぐらいはちゃんと……」
「じゃあ各務原さんで」
戸惑う若杉主任を横目に、私は小さく笑う。
「ナミさん、これ。例のコード整理の件なんですけど」
カガリンが画面を覗き込んできた。
いくつものシステムから集められた、ばらばらのコード。
命名規則も粒度も、何もかもが揃っていない。
かつての遺産を体系化する、面倒で少しだけ楽しい仕事。
「今日からあなたの担当よ」
「了解です」
迷いのない頷き。悪くない。
……悪くない。
「コードには、サイニングつけるの。作成日と担当番号」
「はい」
「その番号――“16”を使って」
「……16」
カガリンが、小さく繰り返す。
「私が五年間使ってきた番号。特に意味はないけど――そういうものだから、あなたが引き継いで」
「……わかりました。大事に使わせてもらいます」
変な重さを持たせない彼女の返答に、少しだけ救われた気がした。
ふと見ると、少し離れた席で若杉主任がこちらを見ている。
状況は掴めていないようだが、これから振り回されることを、どこか楽しんでいる顔。
――ほんと、分かりやすい。
「ナミさん」
「ん?」
「このコード、ちょっと気になるんですけど」
「どこ?」
「この命名、“意味は通るけど、ちょっと寂しい”です」
「寂しい?」
「もう少し、機嫌よくできると思うんですよね」
私は少しだけ考えて頷いた。
「そうね。今は動くけど――半年後に拗ねるタイプ。
直すなら、ちゃんと機嫌よくさせてあげて」
「了解です」
カガリンは迷いなくキーボードに向かった。
もう、自分の仕事として扱っている。
私は一歩、後ろに下がる。
画面のコードは、もう私のものではない。
でも、消えたわけでもない。
“16”という番号が、そこに新しく刻まれていく。
……それで十分だ。
自分の席に戻り、社内システム全体を俯瞰するマイグレーションの仕事へ意識を切り替える。
これからやる仕事に、名前は残らない。
でも、それが自分の役割だ。
キーボードを叩くカガリン。
何か言いかけて、やめている若杉主任。
「……楽しみね」
誰に言うでもなく、つぶやく。
コードは残り、人は変わる。
その間にある不確かさが――たぶん、この仕事の面白さだ。




