4.4 デッドロックの会議室
monogatary.com 2026年4月4日のお題『堂々巡りの難解な事件』について投稿したものです。
会議室の空気は、重く、止まっていた。
「……もう一度、整理しましょうか」
人事部門長が、静かに言う。
テーブルの上には、新入社員の配属案。
その中の一枚だけが、何度見ても違和感を放っている。
「この子ですね」
誰かが言う。
資料の名前は伏せられている。
だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
「インターン評価は……」
「悪くはない。むしろ、発想は面白い」
「ただし?」
「ただし、全員から“うちではない”と返ってきている」
沈黙。
静かに、ため息が落ちる。
「開発部は?」
「“扱いきれない”とのことです」
「営業は?」
「“お客様に説明が難しい”と」
「総務は?」
「“規格外すぎる”と」
順番に、選択肢が潰れていく。
どこも間違ってはいない。
それぞれの立場としては、正しい判断だ。
だからこそ、厄介だった。
「本人の希望は?」
「システム開発部です」
「……第二、第三は?」
「未記入です」
再び、沈黙。
人事部門長が、こめかみを押さえる。
「……強いですね」
「はい」
「採用面接のときから、こうでした」
資料をめくる。
「“フレックスタイム制があるので御社を志望しました”」
「正直ですね」
「正直すぎますね」
小さな苦笑が広がる。
「ですが、能力はあるんです」
人事部門長が言う。
「考え方に一貫性がある。視点も独特で、面白い」
「だから採った」
「ええ。私の推薦です」
その言葉で、場が少しだけ静かになる。
「……では、人事で引き取りますか?」
誰かが言う。
人事部門長は、即答した。
「無理です」
「ですよね」
「人を扱う仕事に、向いているとは思えない」
「……ですね」
結局、振り出しに戻る。
ホワイトボードには、配属候補の部署名が並んでいる。
そのどれにも、丸がつかない。
「もう一度、整理します」
人事部門長がペンを取る。
「本人の特性」
さらさらと書く。
「・独特な感性」
「・論理的」
「・他人への干渉は少ない」
「・プログラムには強い興味」
「……開発向きでは?」
「ですが、開発部は拒否しています」
「理由は?」
「“チームに影響が出る可能性がある”と」
「……間違ってはいない」
誰も反論できない。
「では、別の角度から」
矢印を書き足す。
「“個人で完結する業務”」
「そんな部署、ありましたか?」
「……」
沈黙。
思い当たらない。
「外部出向は?」
「新人でそれは難しいでしょう」
「ですよね」
また戻る。
同じ地点に、同じ問いに戻る。
「……ループしてますね」
誰かがぽつりとつぶやく。
「ええ」
人事部門長も頷く。
「条件を満たす解が、存在しない」
静かに言い切る。
会議室の空気が、少しだけ変わる。
それは諦めではなく、認識の共有だった。
「では、どうするか」
誰かが言う。
「条件を変えるしかないですね」
人事部門長が答える。
「どれを?」
少しだけ、間を置く。
ペン先が、ホワイトボードのある一点で止まる。
「――開発部の判断を、見直します」
空気が、わずかに揺れる。
「ですが……」
「分かっています」
人事部門長は静かに言う。
「ただ」
資料を見下ろす。
「このまま、どこにも配属できないほうが問題です」
正論だった。
誰も否定できない。
「誰が、受け入れるか」
その問いに、明確な答えはない。
ただ。
ひとつだけ、思い当たる節があった。
「……開発部で」
誰かが言う。
「現場のリーダー層で、面倒見のいい者は?」
人事部門長が、静かに頷く。
資料をめくる。
そこにあった名前を見て、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「――この人なら、あるいは」
会議室の時計が、静かに時を刻む。
堂々巡りだった議論は。
かすかに、出口らしきものを見せ始めていた。




