4.2 配属ガチャの行方
monogatary.com 2026年4月2日のお題『噂のあの子』について投稿したものです。
若杉三十一歳。
最近、やっと本命の彼女ができた。
同じ職場の、同じシステムエンジニア。
――のはずだが。
相変わらず忙しく、まともに会話できていない。
そんなある日。
「若杉主任、ちょっといいですか」
ナミさんのほうから声がかかった。
(きた……! 久々の雑談チャンスや!)
内心でガッツポーズ。
ただし。
「今年の新人ってさ……」
――当然のように、仕事やった。
「……ああ」
若杉は一瞬だけテンションを下げてから、思い出す。
「インターンで来てた子のことですね」
「そう。開発部希望で来てた」
「はい。俺、チューターやってました」
「やっぱり」
ナミさんが小さく笑う。
「大変そうやったもんね」
「いやもう……」
若杉は思わず天井を仰いだ。
「なんていうか……独特なんすよ」
「独特?」
「仕様書読ませたら、“この変数名、気持ち悪くないですか?”って言い出して」
「気持ち悪い?」
「“だってこの名前、役割が曖昧すぎて人格がないです”って」
「……人格」
「変数に人格求めるんすよ、あの子」
ナミさんが、くっと笑いをこらえる。
「でも、言ってることは間違ってないんじゃない?」
「いやまあ……そうなんすけど……」
ぐうの音も出えへん。
「で、リファクタリングし始めたと思ったら、今度は“この処理、悲しいです”とか言い出して」
「処理が悲しい?」
「“もっと幸せな流れにできませんか?”って」
「詩人やん」
「ほんまそれです」
二人で小さく笑う。
「で、結局どうしたの?」
「……流れはそのままで、コメントだけ優しくしました」
「そこ?」
「いやもう、折衷案っすよ」
ナミさんは肩を揺らして笑った。
「でも、その子、他の部署でも噂になってたよ」
「やっぱりですか」
「営業研修で、“この資料、読んでて心が迷子になります”って言ったらしいよ」
「……強いなぁ」
若杉は遠い目をする。
「で、結局どこ配属なんですかね」
「まだ正式には出てないみたい」
「うち来たらどうします?」
「どうするって?」
「いや、絶対また振り回されますよ」
「そうね」
ナミさんは少しだけ考えてから、さらっと言った。
「でも、若杉主任、嫌いじゃなさそうだったけど」
「え?」
「その子のこと」
一瞬、言葉に詰まる。
「……いや、まあ、その」
頭をかく。
「めんどくさいですけど」
「うん」
「ちゃんと考えてるんすよ、あの子なりに」
「うん」
「だから……放っとけへんというか」
ナミさんが、少しだけ目を細める。
「やっぱりね」
「なんすかその顔」
「別に?」
くすっと笑う。
「主任向いてると思うよ」
「やめてくださいよ」
苦笑するしかない。
「でも、どこ行くんやろなあ……」
若杉がぽつりとつぶやく。
「開発に来たら面白そうやけど」
「そうね」
ナミさんも同じ方向を見る。
少しの沈黙。
その空気が、悪くないと思えたところで。
「若杉主任、この件もいいですか!」
「ナミさん、レビューお願いします!」
いつものように、現実が割り込んでくる。
「……呼ばれてますね」
「……ですね」
目を合わせて、少しだけ笑う。
その一瞬だけ、距離が近くなる。
けど――
すぐに、それぞれの仕事へ戻る。
席に座りながら、若杉は思う。
(ああいうタイプが入ってきたら)
きっと、またバタバタする。
でも。
(ちょっとだけ、楽しみなんよな)
そんなことを考えながら、若杉はまたキーボードを叩いた。




