3.30 緋毛氈の陪審員
monogatary.com 2026年3月30日のお題『情状酌量の余地なし』について投稿したものです。
『3.3 野山をかける少女』の続きとしてお楽しみいただけます。。
――ミサキの実家、座敷。
昼間の賑わいが嘘みたいに、しんと静まり返っている。
さっきまで人がいた気配だけが、ほんのりと残っている。
床の間の前。
赤い毛氈の上に並ぶ、ひな人形たち。
その空間に――
「ウチは絶対認めへんで!」
二段目の右端、長柄の銚子を手にした官女が、ぴしゃりと声を張り上げた。
「これこれ、そんなに振り回したら、危ないがな」
その隣、三宝を持つ官女が、やんわりとたしなめる。
「せやかて、なにが『一生ついていきます!』やねん! そんな軟弱モノに大切なミサキちゃんは任せられん!」
「せやせや! 情状酌量のカケラもあらへんわ!」
左端、提子を持つ官女も、ぷんすかと頷く。
「落ち着きぃや、三人とも」
少し低い位置から、ハスキーな声が割って入る。
五人囃子の一人、謡の男や。
「確かにあの発言はアレやったけどな、あれだけで断罪するんは早計やで」
「ほな聞くけど、どこに酌量の余地があるん?」
長柄の銚子が、ぐいっと突き出される。
「……間や」
ぽつりと、小鼓の男が言った。
場が一瞬、静まる。
「間?」
「言う前、詰まっとったやろ。あれは用意してた言葉が飛んだときの顔や」
淡々とした口調で、小鼓の男は続ける。
「ほんで、出てきたんが“あれ”や。……あれは作ってへん」
「せやなあ」
今度は大鼓の男が、どこか楽しげに頷く。
「格好つける余裕、ゼロやった。あれで“守ります”言うたら、それこそ嘘くさい」
「せやけど結果、“ついていきます”やで?」
提子の官女が食い下がる。
「それ、普通は逆やろ」
「逆やからええんや」
太鼓の男が、どんと一度、見えない太鼓を打つように言った。
「覚悟ってな、だいたい格好つけて言うもんや。あいつは失敗して、素で言うてもうた」
笛の男が、ふっと息を抜く。
「つまりや。あれが一番“ホンマ”やった可能性が高い」
官女たちは、顔を見合わせる。
「……ホンマやとしてもやで?」
三宝の官女が、少し困ったように言う。
「“ついていく”って、頼りなさすぎひん?」
「頼りなさは、あるな」
小鼓の男は、あっさり認めた。
「でもな……」
ふいに、静かな声が上段から落ちてきた。
すっと、全員の視線が上を向く。
そこには、穏やかな表情で座る――お姫様。
「頼りなさと、嘘は違いますえ」
柔らかい声。けれど、よく通る。
「背伸びして言うた言葉より、転んで出た言葉のほうが、長う持つこともあります」
その隣で、お殿様がゆっくりとうなずく。
「……あの者、座敷に入ったとき、一度こちらを見ておったな」
「見てましたなあ」
笛の男が、にやりとする。
「なんや緊張してる顔で、“うわ……”って」
「怖がっとったな」
大鼓の男がくくっと笑う。
「せやけど、逃げへんかった」
小鼓の男が短く言う。
また、静寂が落ちる。
「……ほな、あれか」
長柄の銚子の官女が、腕を組んだ。
「頼りないけど、逃げへんタイプ、いうこと?」
「せやな」
太鼓の男が頷く。
「一番厄介で、一番長持ちするやつや」
「厄介って言うなや!」
提子の官女がつっこむが、どこか納得している顔でもある。
三宝の官女が、ほっとしたように息をついた。
「……ほな、“情状酌量の余地なし”は撤回でええんやな?」
「いや、そこは残しとこ」
笛の男が即答する。
「ええとこもあるけど、あの言い方はやっぱり減点や」
「せやせや!」
長柄の銚子が、また勢いよく上下する。
「そこは譲らへん!」
わいわいと、再び賑やかになる座敷。
その喧騒を、上段の二人は静かに見下ろしていた。
やがて――
「……よろしい」
お殿様が、ゆっくりと口を開く。
場がぴたりと静まる。
お姫様が、そっと視線を合わせて、うなずく。
二人、揃って。
「ちょうどええんやないですか……」
その一言で、すべてが決まった。
官女たちは顔を見合わせ、
「……まあ、せやなあ」
「しゃあないか」
「次ヘマしたら知らんで」
などと、口々に言いながらも、どこか納得した様子で収まっていく。
やがて、また静寂が戻る。
何事もなかったかのように、整然と並ぶひな人形たち。
ただ――
ほんの少しだけ。
お殿様の口元が、やわらいだ気がした。




