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『花咲く旅路のごとく』タクヤとゆかいな仲間たち ―道なきぞこの道だけど でもこんなに上手に歩いてるー  作者: もとき未明


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3.29 裏返った決意

monogatary.com 2026年3月29日のお題『一生ついていきます』について投稿したものです。



 タクヤ、三十三歳。

 大阪歴十年。いまだに大阪弁は練習中。

 ひとり暮らしだが、この静けさも、そろそろ終わりを迎えそうだ。


 いよいよ、ミサキの実家へ挨拶に行く日がやってきた。


 お昼ご飯を作って待っているということで、午前中には着くように待ち合わせしている。


 髭……剃った。

 髪……特に普段どおりだが問題なし。

 ネクタイ……曲がってない。

 靴……そこそこ磨いた。

 服……皺はない……はず。

 手土産……持った。

 財布……持った。

 スマホ……持った。

 ハンカチ……持った。


 改札前で最終チェックをしていると、

「タクヤー!」

 振り向くと、ミサキが手を振りながら小走りでやってくる。春の日差しをまとったみたいに、やたらと明るい。

 ミサキはくすっと笑って、タクヤのネクタイに手を伸ばした。

「……曲がってるで」

「えっ、マジで?」

「うそ」

「やめてくれ、心臓に悪い」

 くくっと肩を揺らして笑うミサキ。その仕草に、少しだけ緊張がほどける。

「大丈夫やって。ウチの親、そんな怖ないし」

「いや、怖いやろ普通……」

「お父さんはちょっと無口やけど」

「“ちょっと”の幅が広そうやなそれ」

 ミサキは「まあ見てたらわかるって」と軽く言って、タクヤの袖を引いた。

「ほら、行こ。遅れるで」

 その一言で、また心拍数が上がる。

 逃げ場はもうない。


(腹、くくるしかないか)


 電車に乗り込むと、ミサキはいつもどおりの調子で他愛ない話をする。

 昨日見たドラマの話、会社の愚痴、最近ハマっているコンビニスイーツ。

 その「いつもどおり」が、逆にありがたかった。


 一度乗り換えたあと、目的の駅に着く。

 緑の多い、いかにも屋敷町といった街並みが広がる。

 一軒一軒の敷地が、やけに広い。

 それだけで、緊張が跳ね上がる。


 だんだんと、会話の間が空く。

 ミサキが門の前で立ち止まる。


「ここ」

 インターホンを押す音が、やけに大きく聞こえた。

 玄関のドアを開けたのは、ミサキの母親だった。

「いらっしゃい。タクヤさんやね?」

「あ、はい。はじめまして……」

 柔らかい笑顔。想像していたよりもずっと穏やかで、拍子抜けするくらいだ。

「遠いとこありがとうね。さあさあ、上がって」


 座敷に通され、仏壇に手を合わせる。

 ふと、横を見ると立派な雛段が飾られていた。

(うわっ……なんか、人形たちにめっちゃ見られている気がする……)

 リビングに通されると、テーブルにはすでに料理が並んでいる。

 煮物、焼き魚、味噌汁。

 どれも丁寧に作られているのが一目でわかる。

「うわ……すごいですね」

「大したもんやないよ。口に合うかどうか」

「いや、めちゃくちゃ美味しそうです」

 母親はにこにこと嬉しそうに笑う。


 そして――


 背後に尋常ではない気配を感じる。

 思わず背筋が伸びた。


 振り向くと、父親が立っていた。

 背は高くないが、妙に圧がある。

 腕を組んで、こちらをじっと見ている。

「は、はじめまして。タクヤと申します」

「……」

 軽く頭を下げるが、返事はない。

 ただ一度、ゆっくりとうなずいた。

(……これが“ちょっと無口”か)


 食事が始まる。

 母親は明るく話題を振ってくれるし、ミサキもフォローしてくれる。

 料理も本当に美味しい。


 ――それなのに。


(こんなに、時間って遅かったか?)

 一口ごとに、やけに間がある。

 父親はほとんど喋らず、ただ静かに箸を動かしている。

 その沈黙が、じわじわと圧になってくる。

「タクヤさん、お仕事は何されてるんやったっけ?」

「あ、はい。今は――」

 答えながらも、意識はどうしても父親のほうに向く。

 評価されている気がする。試されている気がする。

(何か言わな……でも何を……)

 焦りだけが募る。


 そのとき。

「……君」

 父親が、箸を置いた。

 場の空気が、ぴんと張る。

「はい」


「ミサキの、どこがええんや」

 直球だった。

 一瞬、頭が真っ白になる。

「え、ええと……」

 用意していた言葉が、全部飛ぶ。

 頭の中で、何かがぐるぐると回る。

 優しいところ。明るいところ。一緒にいて楽なところ。

 全部本当やけど、どれも薄く感じる。


 ――違う。今言うべきは、それやない。


 喉が、からからになる。

 それでも、なんとか絞り出す。

「……一緒にいると、ちゃんとしようって思えるんです」

 父親は黙って聞いている。

「だらしないとこも多いですけど……でも、ミサキといると、ちゃんと前向いて生きなあかんなって」

 言いながら、自分でも少し驚く。

 こんなこと、考えていたんかと。


「だから……」

 一度、言葉に詰まる。

 気づけば立ち上がっていた。

 頭を下げる。

「ミサキさんに一生、ついていきます!」


 一瞬、静寂。


 ――あ。


(やばい、これ逆や)

 本来言うべきは「支えていきます」や。

 「守ります」や。

 完全に方向を間違えた。

 顔から火が出そうになる。

 恐る恐る顔を上げると――


 ミサキが、口を押さえて震えていた。

「……ちょ、なにそれ……」

 肩を揺らしながら笑っている。

 母親も、くすっと笑っている。

 そして父親は――

「……はは」

 小さく、笑った。

「正直やな」

 そう言って、湯呑みに手を伸ばす。


「ミサキは、気ぃ強いからな。ついていくくらいで、ちょうどええかもしれん」

「ちょっとお父さん!」

 ミサキが抗議するが、どこか嬉しそうだ。

 父親はタクヤの目をじっと見て、もう一度うなずいた。


「……まあ、ええやろ」

 その一言で、肩の力が一気に抜けた。

 腰が抜けそうになるのを、なんとかこらえる。

(……助かった)

 座り直すと、ミサキが小声で言ってくる。

「ほんまに、ついてくるんやな」

「……言い間違えや」

「ふーん」

「でもまあ……」


 少しだけ笑って、付け加える。

「間違っては、ないかもしれん」

 ミサキは一瞬だけ目を丸くして、それからふっと笑った。

「ほな、しっかりついてきてや」

 その言い方が、妙に頼もしくて。


 ――ああ、たぶん。


 こういう関係でええんやろなと、思った。



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