3.26 上書きされた笑顔
monogatary.com 2026年3月26日のお題『同窓会マジック』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪歴十年。いまだに大阪弁は練習中。
ひとり暮らしだが、この静けさも、そろそろ終わるかもしれない。
――週末、ミサキの実家に行く。
そのための準備を、少しずつ進めている。
クローゼットの中から、比較的まともなシャツを選ぶ。
しわが目立たないか、軽く確かめる。
靴も一応、磨いておくべきか。
こういうのは、気持ちの問題だ。
……いや、たぶんそれだけでもない。
「なんやねん、これ……面接か」
誰に聞かせるでもなく呟いて、苦笑する。
たかが恋人の実家に行くだけで、ここまで神経を使うとは思わなかった。
いや、“たかが”ではないのかもしれないが。
手を止めて、ふとスマホを見る。
特に通知はない。
静かな部屋に、自分の呼吸の音だけがやけに響く。
――そういえば。
ふと、別の記憶がよみがえる。
ミホのことだ。
最後に会ったのは――一昨年の同窓会。
地元の居酒屋を貸し切って、二十人くらい集まったあの夜。
誰が来るかもろくに確認せず、なんとなく顔を出した。
あのとき、ミホも来ていた。
入口付近で靴を脱いだとき、ちょうど視界に入って、思わず動きが止まったのを覚えている。
――変わってないな。
最初に思ったのは、それだった。
髪型も、笑い方も、少しだけ首を傾げる癖も。
時間が止まっているみたいに、そのままだった。
いや、実際にはそんなはずはない。
俺だって、十年分は変わっている。
それでも――そう見えた。
少し離れた席で、誰かと楽しそうに話している姿を、何度か目で追ってしまった。
声をかけようと思えば、いくらでもタイミングはあったはずだ。
トイレに立った帰りとか、飲み物を取りに行ったときとか。
それでも、結局、何もできなかった。
いや、何もしなかった、か。
唯一交わしたのは、帰り際の一言だけ。
「久しぶり」
「……久しぶり」
それだけ。
たぶん、お互いにそれ以上踏み込む理由も、勇気もなかった。
――でも。
あのときのミホは、やけに楽しそうに見えた。
誰かの話に大きく笑って、
少しだけ目を細めて、
昔と同じ顔で。
あれは、本当にあいつだったのか。
それとも――。
同じ場所に集まった“あの頃の自分たち”が、勝手に上書きした映像だったのか。
どうにも、うまく思い出せない。
輪郭だけがやけに鮮明で、細かいところはぼやけている。
ピントの合わない写真みたいに。
「……まあ、今さらやけどな」
ぽつりと呟いて、シャツを畳む。
もう、あいつは結婚している。
あの夜の笑顔がどういう意味だったのかなんて、考えても仕方がない。
それに――。
俺には、これから向き合わなきゃいけない相手がいる。
ミサキの顔が、自然と浮かぶ。
あいつは、ああいう曖昧な笑い方はしない。
思ったことはそのまま言うし、逃げ道もあまりくれない。
正直、怖い。
けど――。
たぶん、そのほうがいい。
クローゼットの扉を閉めて、小さく息を吐く。
さて。
逃げ場のない週末に向けて、もう少しだけ準備をしておくか。
――少なくとも、同じことは繰り返さないように。
何も言わないまま終わるのは、ごめんだ。




