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『花咲く旅路のごとく』タクヤとゆかいな仲間たち ―道なきぞこの道だけど でもこんなに上手に歩いてるー  作者: もとき未明


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3.25 ハラスメント上段の構え

monogatary.com 2026年3月25日のお題『新幹線の中で』について投稿したものです。



 タクヤ、三十三歳。

 大阪歴十年。いまだに大阪弁は練習中。

 ひとり暮らしだが、この静けさも、そろそろ終わるかもしれない。


 ――仕事終わり、久しぶりに若杉と佐藤を誘って居酒屋へ。


「そろそろ温かくなってきたっすね」

 若杉が、何気に呟いた一言でビールを吹きだしそうになる。

「どうしたんすか? タクヤ先輩」

「いや……。ミサキの実家に行かなあかんことを思い出してしもた」

「そういや、そんなこと言うてたっすね。いつ行くんすか?」

「……近いうちに……」

「もしかしてタクヤ先輩、ビビってます?」

 若杉が揶揄うように笑う。

「ビビってるわけじゃないけど、父親ハラスメントって聞くしな……」

「ミサキさんのオヤジさんだったら、大丈夫なんじゃないっすか」

「そうだといいが……」


 それまで、聞き役だった佐藤が、ジョッキを勢いよく置いて口を開いた。

「そう言えば、先日の出張で新幹線に乗ったとき、横浜のシウマイ弁当を開けたら白い目で見られました。隣の人、露骨に窓のほう向いて鼻押さえてて……好物の弁当の味がわからなかったです」

「ああ、聞くっすね。今や、551の肉まんも新幹線じゃ食えないらしいっすよ」

「そうなのか! 俺は九州に帰るときは、肉まんでビール飲むのが楽しみだったんだぞ」

「何でもかんでも“ハラスメント”って、おかしくないですか?」

 珍しく、佐藤が怒っている。

「そうだな……。他人に迷惑をかけちゃいかんだろうが、肉まんやシウマイの匂いもハラスメントになるのか……」

「そうっすよね。さすがに“くさや”を焙ったりしたらアウトでしょうけど、最近はビールの匂いさえも問題になり始めてるらしいっすよ」

「……ビールも?」

 俺は、手元のジョッキを眺める。

「そうっす。『アルコールの匂いがダメな人のことも考えろ』ってことらしいっす。もはや何でもアリって感じっス」

「え! ビールの匂いよりキツイのなんか、たくさんあるだろ」

「僕もそう思います。香水や整髪料なんかが、シウマイの匂いよりキツイことありますよね」

「佐藤の言うとおりだな。夕方の電車に部活帰りの男子高校生なんかが集団で乗ってきたら、文字通りむせ返るぞ」

「あるある。俺も剣道部だったすから、手まで臭かったすよ。水で洗ったくらいじゃ“篭手”の匂いは落とせないっすからね」

 若杉が剣道部だったのは初耳だが、篭手の臭さは有名だな。


「公共交通機関を利用するってことは、そんなんを全部ひっくるめて了解してるんじゃないのか」

「そうっすよ。そんなに他人が気になるなら、プライベートジェット機でも使ってろって言いたいっす」

「極論だけど、俺もそれに一票だ」

「僕も」

 三人でジョッキを合わせる。

 ――何に乾杯してんだか。


「なんか、生きづらい世の中になっちまったのかな」

 佐藤が、しみじみと呟く。

「そうだな。自分の嫌なことはとりあえず『ハラスメントだ』と騒いだもん勝ちみたいな風潮が当たり前になっちまったよな」

「そうっすよ。こないだ職場で花見をやろうって話が盛り上がりかけたんすけどね」

「花見くらい有志でやりゃいいんじゃねえの?」

 首を傾げて続きを促す。

「それがね……入社二年目の若手が、『僕は参加しません。でも、自分のいないところで親睦を深められるのも不快なので、そんなイベントはやめてください』って堂々とのたまったんすよ」

「なんと……」

 俺も佐藤も絶句しかない。

「もはや、どっちがハラスメントなのかわかんないっすよね」


「そうだな」


 俺は、空いたジョッキを眺めながら意識を飛ばす。


 ――ミサキのオヤジさんのキツイ言葉くらいは、もはやハラスメントとは言えないのかもしれないな。

 むしろ、最上段からの正論のほうが、よっぽど堪える。


 覚悟を決めますか。

 ……ハラスメント上等でな。



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