3.24 私以外私じゃないの
monogatary.com 2026年3月24日のお題『MBTI診断』について投稿したものです。
若杉は、流行りものに弱い。
いや、正確には――流行っていると「知らないのがちょっと怖い」タイプだ。
だから、今日も聞いてしまった。
「ナミさん、MBTIって知ってます?」
昼休み。
システム開発部の一角で、ナミさんはキーボードを叩く手を止めずに答えた。
「知ってるよ」
即答だった。
「え、やったことあります?」
「ない」
これも即答。
「なんでです?」
「信用してないから」
あまりにも迷いがなさすぎて、逆に気持ちいい。
「え、でも結構当たるって聞きますよ? 十六タイプに分かれて――」
「その時点で無理」
バッサリだった。
若杉は思わず笑ってしまう。
「いやいや、でも性格診断ってそんなもんじゃないですか?」
「“そんなもん”だから信用してないの」
ナミさんはようやく手を止めて、こちらを見た。
「システム開発部の人間として、ロジック的に許容範囲を超えてる。不確定要素を無視して、十六種類のクラスにインスタンスを放り込むなんて、設計が雑すぎるでしょ」
出た。正論の顔をした圧。
「十六種類に人間が収まるわけないでしょ」
ぐうの音も出ない。
「いや、でも傾向としては――」
「その“傾向”が曖昧すぎるの」
ナミさんは椅子に深くもたれた。
「例えば、“新しい友だちをよく作る”って質問」
「ああ、ありますね」
「状況で変わるでしょ」
言い切る。
「親しい友人が紹介してきた相手なら、ちゃんと話すよ。無碍にする理由ないし」
「はい」
「でも、合コンみたいな場で“とりあえず仲良くしよう”みたいな空気には乗らない」
「……ああ」
「それで“外向型です”とか“内向型です”とか言われても困る」
確かに困る。
「その時の前提条件を削ぎ落として分類するの、雑すぎない?」
若杉は少しだけ考える。
「でも、それ言い出したら何も分類できなくないですか?」
「そうだよ」
即答だった。
「人間を分類しようとすること自体が雑なの」
――そこまで行くんか。
「血液型占いと同じ。あの四種類よりはマシ。でも、どちらも誤差の塊みたいなもの」
「誤差……」
「前提条件にほんのわずかでも誤差があって、それが積み重なれば、答えは簡単に信用できなくなる。プログラマとしては常識でしょ」
「ナミさん、血液型占いも信じてないんですね」
「信じる要素ある?」
逆に聞かれた。
若杉は少し考えてから、首を振る。
「……ないですね」
「でしょ」
話が終わった、みたいな空気になる。
ナミさんはまたキーボードに向き直った。
カタカタと、小気味いい音が戻ってくる。
若杉は、スマホの画面をちらっと見る。
さっきまで開いていた「あなたの性格タイプは?」みたいなページ。
十六種類のアルファベットが並んでいる。
なんとなく、画面を閉じた。
「若杉くん」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「はい?」
「それ、楽しむ分にはいいと思うよ」
ナミさんはこちらを見ないまま言った。
「“そういう傾向もあるかもね”くらいで止めとけば」
「……ああ、はい」
「それ以上の意味を持たせると、だいたいバグるから」
――バグる、か。
なんとなく納得する。
「はい、気をつけます」
「うん」
それで会話は終わった。
またキーボードの音だけが残る。
若杉は背もたれに体を預けて、軽く伸びをした。
さっきまであった、よく分からない焦りが、すっと消えている。
分類されなくていい、というか。
そもそも、される必要がない、というか。
「……なんか、安心しました」
ぽつりと呟く。
「何が?」
ナミさんは画面から目を離さない。
「いや、自分がどのタイプか分からなくても、別に困らないんだなって」
「当たり前でしょ」
即答。
「仕事に支障ある?」
「ないです」
「じゃあいいじゃん」
それだけだった。
若杉は小さく笑う。
「ですね」
「そうだよ」
スマホをポケットにしまう。
タイプ名も、相性診断も、とりあえず今日はいいやと思った。
どうせ明日になったら、また違う結果が出るかもしれないし。
――人間なんて、そんな簡単に決まるもんじゃない。
ナミさんに言ったら怒られそうだけど。
若杉は、そんなことを考えながら、午後の仕事に戻った。




