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『花咲く旅路のごとく』タクヤとゆかいな仲間たち ―道なきぞこの道だけど でもこんなに上手に歩いてるー  作者: もとき未明


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3.23 エスパーがおった

monogatary.com 2026年3月23日のお題『できすぎるアルバイト』について投稿したものです。



 タクヤ、三十三歳。

 大阪歴十年。いまだに大阪弁は練習中。

 ひとり暮らしだが、この静けさも、そろそろ終わるかもしれない。


 ――そんなことを考えながら、暖簾をくぐる。


「いらっしゃいませ」

 いつもの威勢のいい声……ではなかった。

 カウンターの奥に見慣れない顔が立っている。

 整った顔立ちに、胸の名札には『志摩』ときれいな字で書かれている。

「本日から入りました、志摩です。よろしくお願いします」

 声は低めで落ち着いているのに、不思議なほどよく通る。


「……新人さんやて」

「やな。でも、なんか落ち着きすぎちゃう?」

 ミサキが小声で囁く。

「お二人様、いつものお席でよろしいですか?」

 志摩が、流れるような所作でカウンターの端を指した。

「え、あ、はい」

 反射的に頷く。

「ビールはすぐお持ちしますね。お二人とも一杯目はそれでよろしいですね」

 疑問形なのに、確信に満ちた言い切りだった。

「……え、なんで知ってんの?」

「常連顔やからやろ」

 ミサキが笑うが、タクヤは少しだけ首をかしげる。


 すぐにビールが出てきた。

 泡のきめがやけに細かく、グラスが輝いている。

「お疲れ様です」

 志摩は軽く会釈だけして、すっと気配を消すように離れた。

「なあ、タクヤ」

「うん?」

「なんか、店全体の空気がピシッとしてへん? ええ店になってる気がする」

 ミサキがグラスを持ち上げる。

「気のせいちゃうか。バイト一人でそんな変わらんやろ」

「いや、ちゃう。あの子やわ。あの子がこの場の『温度』を決めてる」


 ミサキが、メニューを手に取る。

「本日、活きのいいアジが入っております」

 間髪入れず、横から志摩の声がすっと入ってきた。

「焼きでも煮付けでも美味しいですが、お二人ならお刺身が一番満足度高いと思います」

「……なんで?」

「サーモンは脂が強いので、今日は少し重たく感じられるかと。お二人とも、今はそこまで油分を欲していない顔をされていますから」

「顔でそんなことまで分かんの?」

 ミサキが面白そうに身を乗り出す。


「じゃあ、そのアジ、刺身で」

「ありがとうございます。……あと、唐揚げもいかがですか?」

「え、なんで……あ、いや、唐揚げも欲しいなとは思ったけど」

「でしたら、少し下味を軽めにして揚げるよう伝えておきます。後半でも重くなりません」

「……そんな調整までできるん?」

「はい」

 志摩は一瞬だけ頷き、厨房へ消えた。


「なあ」

「うん」

「めっちゃええやん、あの子」

 ミサキが目を輝かせる。

「ええな。でも……ちょっと怖いわ」


 戻ってきた志摩が、日本酒のメニューをそっと置いた。

「そのお料理でしたら、こちらが合うと思います」

 指差したのは、手頃な価格の銘柄だった。

「香りが強すぎないので、アジの甘みを邪魔しません。唐揚げの油もさらっと流してくれます」

「……ほんまや、それにするわ。グラス二つで」

 ミサキは即決した。

「なあ。普通、もっと高いのすすめへん?」

「やな」

 二人で顔を見合わせる。

 出てきた料理は、どれも絶妙だった。

 味も、タイミングも、皿を下げる間合いまで。

 タクヤが箸を置いた瞬間、志摩の手が伸びてきた。


「デザート、今日は柑橘のシャーベットがあります。お口がさっぱりしますよ」

「……頼む」

「はい」

 タクヤはもう、抵抗をやめていた。


 会計を済ませ、店を出る。

 火照った頬に、夜風が心地よい。

「なあ」

「うん」

 ミサキが振り返る。

「また来よな、絶対」

「そら来るやろ」


 一拍置いて、タクヤはぼんやりと夜空を見上げた。

「……でも、あの子な。初対面ちゃう気ぃすんねん」

「分かる。初めてやのに、“いつも通り”にされた感じやろ?」

 二人は無言で歩き始めた。


 ふと振り返って暖簾の奥をもう一度見る。


 志摩が、ちょうど次の客に頭を下げていた。

「いらっしゃいませ。本日から入った志摩です」

 同じ声、同じ間。

 その視線が、一瞬だけこちらを向いた。


 ――見られている、というより。


 ――最初から、俺たちの物語を知っている、みたいな。


「……なあ」

「何?」

「次来たときも、あの子おるかな」

「さあな。案外、今日だけの幻かもしれんで」


 二人で少しだけ笑って、もう振り返らなかった。


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