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BAD END⑨「校内点呼」

 夜のはずなのに、寮の廊下は妙に明るかった。


 照明のせいではない。

 壁の内側に溜まった返事が、白さとして滲んでいる。

 点呼の「はい」が、まだ湿って生きている。


 スピーカーが擦れた。


「……点呼を行います……」


 その言い方は、あまりにも“いつも通り”だった。

 いつも通りの言葉は身体を動かす。

 身体が先に返事を作る。


 廊下のどこかで小さな声が落ちる。


「……はい」


 続いて、別の部屋から。


「はい……」


 声が増える。

 増えた声が反響して、寮の壁の内側を濡らす。

 濡れた音が、また別の「はい」を生む。


 ……はい……



 ……はい……


 わたしは息を遅くし、喉を閉じた。

 返さない。

 返せば、海に沈む。


 ――その瞬間だった。


「……汐見灯子……」


 校内放送が、わたしのフルネームを呼んだ。

 きれいすぎる発音。

 丁寧すぎる呼び方。

 まるで“正しい返事”が約束されているみたいな声。


 喉が反射で開く。


(だめだ)


 頭では分かっているのに、身体が先に“いつも通り”にする。

 呼ばれたら返す。

 返さないと失礼。

 返さないと不安。


 そんな日常の癖が、今夜は毒だ。


「……は――」


 一音。

 “はい”の入口。


 そこで止めるはずだった。

 拒否の札を落とすはずだった。

 でも指が札の角に触れる前に、喉が完成してしまった。


「……はい」


 声が出た。

 自分の声なのに、自分の出し方じゃない。

 返事だけがきれいに整えられて、吐き出された。


 瞬間、寮の壁が息を吸った。


 返事の海が、わたしの声を飲み込む。

 飲み込んだ声が校舎へ流れる。

 流れた声が、校内放送に貼りつく。


 スピーカーが、もう一度わたしを呼んだ。


「……汐見灯子……」


 呼名が、もう“確認”ではない。

 “固定”だ。


 首元の刻印が冷える。

 ただ冷えるのではない。

 何かが抜ける。


 体温が影へ落ちる。

 落ちた影が床に貼りつく。

 貼りついた影が、三つに増える。


 二つ。

 三つ。


 戻らない。


【影落ち進行:100%(固定)】

原因:校内点呼への返事成立


 わたしは膝をつこうとした。

 でも膝をつく動きすら、返事の形に変換される。


 ……はい……


 床板が鳴る。

 鳴った音が、また「はい」になる。


 寮の空気が完全に喉になる。


 その喉が、次の餌を探し始める。


 扉の向こう。

 薄い名の部屋。

 守ったはずの子の輪郭。


 スピーカーが別の名前を呼ぶ。


「……――……」


 名前は聞き取れない。

 聞き取れないのに、返事だけが先に落ちる。


「……はい……」


 そして、その返事が――途中で途切れた。

 途切れ方が、昨日の欠落と同じだ。


 視界の端で、廊下の白さが一枚剥がれる。


 剥がれた奥に、濡れた黒が見える。

 墨。

 吸われた名の跡。


(……巻き込んだ)


 守ると決めて、守ったはずなのに。

 返事ひとつで、全部を喉にしてしまった。


 足元で紗灯の影が必死に重なろうとする。


『……おねえちゃん……!』


 叫びの形だけが伝わる。

 声にはならない。

 声になれば、それも返事の海に吸われるから。


 校内放送が、最後の確定を告げる。


「……点呼を終了します……」


 終了。

 終わったのは点呼ではない。

 終わったのは、わたしの輪郭だ。


 わたしの口が、最後にもう一度だけ勝手に動く。


「……はい」


 暗転。




【BAD END】

『校内点呼――はい(確定)』

・校内放送:点呼回路 完成

・返事:成立(灯子)

・学院:喉化(固定)

・灯子:影落ち100%固定(回復不能)

・副作用:守った子の欠落再加速(巻き込み)



タイトル画面へ



墨色の画面に、白い文字。

影喰かげぐい ― 白鷺の夜鳴き ―』


右下に淡い表示。

[SYSTEM] 返事が確定しました。

[SYSTEM] リトライ地点:9-1 放送が“汐見灯子”を呼ぶ直前




▶ リトライ

ロード

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