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9-2 鐘楼が鳴る

 鐘楼裏の通路に入った瞬間、空気が変わった。


 昼間よりずっと冷たい。

 紙の匂いが濃い。

 名簿室がすでに開いているのだろう。


 鐘楼の中から、低い鐘の音が鳴った。


 ゴォン……。


 余韻が校内放送に混ざる。

 混ざった余韻が「はい」の形に変換される。


 ……はい……


 返事はしない。

 終端札を床へ落とす。


 □。停止。


 余韻が一拍だけ遅れ、薄くなる。


【終端:成功(停止)】

・鐘余韻→抑制

・返事誘導→弱体化


 だが次の瞬間、校内放送が“点呼”ではなく“呼名”に変わった。


「……白鷺女学院……在校生……」


 声が広い。

 拡声器と同じ。

 声の器はそのまま喉になる。


「……名を――」


 そこで音が割れた。

 割れた音の隙間から、黒幕の意図が覗く。


 名を呼ばせる。

 名を返させる。

 返事を集める。

 影を交換する。


 わたしは理解した。

 最終儀式が始まっている。

 今夜、学院は一つの喉になる。


 扉に手をかけた。

 取っ手は冷たい。

 冷たさが、昨日より人肌に近い。


(扉が生きてる)


 名簿室に入れば、呼名が降り注ぐ。

 入らなければ、学院全体が喉になる。


 選ぶ余地はない。


 わたしは扉を開けた。


 名簿室の中は暗い。

 なのに、紙が白く浮く。

 棚の背が波打ち、紙の端が一斉に揺れる。

 まるで、無数の口が同時に息を吸ったように。


 そして、奥の封庫の扉が――開いていた。


 隙間から、黒く濡れたものが溢れている。

 墨。

 墨は名を吸った穴。

 穴がいま、大量に開いている。


(ここが核……ここで止める)


 その瞬間、名簿室の奥で声が笑った。


「……汐見灯子」


 フルネーム。

 呼名が成立した瞬間、わたしの喉が「はい」を作る。


 床へ△札を落とした。


 拒否。


 しかし声は止まらない。

 声は、周囲だけでなく、棚の紙からも出る。


「……はい……」


「……はい……」


「……はい……」


 返事が勝手に生成されている。

 誰かの返事ではない。

 学院の返事だ。


 背筋が凍る。

 返事をしなくても、返事が出る。

 つまり――“返事を奪う”段階に入っている。


 鐘がもう一度鳴った。


 ゴォン……。


 その音と一緒に、封庫の中の札が一斉に震えた。


 墨がこちらへ伸びる。


 わたしは最後に、○札を握り直した。

 完了。

 ここで終わらせる。


 終端を“場”にする。

 名簿室そのものを終端にする。


 息を吸い、吐く。

 吐く音は消す。

 そして床へ、○札と□札を重ねて落とした。


 完了+停止。


 名簿室の空気が、ぎし、と鳴った。

 棚が揺れる。

 紙が擦れる。

 擦れた音が「はい」になりかける。


 胸の内で名を握る。


(汐見、灯子)


 握る指先が冷えた。

 それが規則になり、規則が回路になる。


 黒幕の声が低く笑った。


「――終端を作れるなら、作ってみて。

 でも、終端は“誰かの終わり”でしか閉じない」


 背中が冷えた。

 終端は犠牲だと、黒幕は言っている。


 紗灯の影が足元で震えた。


『……おねえちゃん……

 いや……

 それ……』


 封庫の扉へ視線を切る。


 床→扉の縁→床。


 終端は犠牲じゃない。

 犠牲にしない終端を作る。

 それが、ここまで守ってきた理由だ。


 わたしは封庫へ踏み出した。


 その瞬間、校内放送が――寮の点呼と同じ調子で、最終の言葉を吐いた。


「……返事を――」


 喉が開く。

 開く前に、△札を床へ叩き落とした。


 拒否。


 そして、名簿室の闇が揺れた。



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