④−11 友達(1)
「園田って絶対ホモだよな、皆ヶ崎のこと好きって」
「ぼくは皆ヶ崎くんも皆ヶ崎さんも、どっちも大好きだよー」
「ハハ、ウケる」
「あいつさ、去年までめがねかけてなかったのに――」
男の子たちは三階のトイレに入っていった。
「……」
教室を出たところで立ち尽くしていたぼくの横に、突然現れる利生くん。
「どうかした?」
「いや」
今の、聞いてなかったらいいけど。
ぼくは、らせんじゃない階段を下り始める。「ぼくも職員室に用があるんだ」と、利生くんもついてきた。
「あのさ」
踊り場のちょっと手前で、ぼくは足を止めた。
「ぼくのせいで何か言われたりしない? その、いつも味方になってくれるから」
さっきみたいなこと、今日が初めてではないのかもしれない。ぼくが知らなかっただけで。
「何も言われないって言ったら嘘になるけど。ぼくは気にしてないから大丈夫」
心配しないで、と利生くんはぼくより前に進む。
「本当にごめん」
ぼくはその後を追いかけた。
「実際あの子たちが言ってることって、事実だし。ぼくは同性愛者なんだよ、皆ヶ崎くんが男子だったら」
「……」
ぼくは何て返したらいいか分からなかった。
利生くんの好きって、そういう“好き”なんだろうか。本当に。
「皆ヶ崎くんにその気がないのは分かってるけど」
「え」
ぼくの前で、利生くんは振り返った。
「ぼくはきみのタイプじゃないよね? 残念なことに」
それ以前に、ぼくには恋人がいる。このことは今言うべきか、迷った。
「友達になりたいとは思ってるけど」
幼稚園の頃、みんなが外遊びをしているときに、ぼくらは二人だけ教室に残って、それぞれ本を開いていた。
ぼくはさびしくなかったんだ、としおくんがそこにいてくれたら。
「おい、としお」
ノックもなく開いたドアから、男の子が彼を呼ぶ。
「人数足りないから来い。仲間に入れてやる」
「分かった」
としおくんは読んでいた絵本を後ろの棚に片付け、その子と一緒に園庭に出ていく。
「……」
一人になったぼくは、できるだけ何も考えないようにした。
(人は人、ぼくはぼく)
呪文のように心の中で唱えて。
としおくんは、大概のことはそつなくこなせる優等生だった。
本が好きなのはぼくと同じでも、それ以外は違う。みんなの輪の中に入っていけるし、この間は絵のコンクールで市長賞をとり、テレビに出ていたんだ。
ぼくは走るのが遅いし鈍くさくて、みんなと遊べない。
一瞬、昔のことを思い出した。あの頃ぼくは劣等感の塊で、彼のことを遠い存在だと認識していたんだ。
でも、今はすぐ目の前にいる。
「ぼくは、皆ヶ崎くんのファンだから。きみに愛してもらえなくてもいいんだ」
「ファン」
「だって皆ヶ崎くんはすごい。ぼくたち四年生の中で、きみに敵う子なんていない。中学生相手でも、あれだけの結果を出せる」
ぼくは皆ヶ崎くんを尊敬してるんだ――真っ直ぐな瞳に、そう言われた。むずがゆい気分。
「だから友達になんてしてあげないよ。皆ヶ崎くんはぼくの」
利生くんは唇に人差し指をあて、ささやく。
「カリスマ♡」
授業後、ぼくら四人は東側のらせん階段を下りていた。
「今日も女の子の方で来ると思ってたのに。残念」
笑いを含んだ声。
野木は背が高くて細身のパンツが似合う子で、中学生だと言っても分からないぐらいの大人っぽさがある。
「また次の機会に」
ぼくは彼女の友達と手をつないでいた。こっちの方が出入り口に近いから使っているけど、本当はぐるぐる回る階段は苦手なんだそう。
「ねえ、皆ヶ崎くんてどこでお洋服買ってるの? この前着てきた水色のドレス、とってもすてきだった」
ワンピースなんだけど、ちょっとよそ行きという感じ。それを着てピアノの発表会に出てもいいような。
「あざみの駅の南口近くに、子ども服のブティックがあるんだ。女の子向けのは大体そこで買ってる」
今の発言で、持ってる服は一着二着じゃないとバレてしまっただろうけど。このメンバーなら問題ない。
「あ、あそこね。今度開いてる時間に行ってみよ」
電車で帰る野木は、駅に向かう途中にある店を知っていた。
塾が終わる頃には、もう閉まっているけど。
「でも、あの店は幼児から小学生の服しか置いてないんだ。野木の身長だと、他の店をあたった方がいいと思うよ」
心当たりなら少しあった。
「皆ヶ崎さんみたいなのを着たかったのよ。女の子らしい服」
「だったら今度――」
言いかけたところで、二階に着いてしまった。
ぼくはいつものように、ガラス扉を開けてあげて、涼ちゃんを通す。
「じゃあ、またね」
手を振って、野木は夜の街を歩いていく。
「涼ちゃん」
二人とも駅までは一緒だ。電車の方向は違うとしても。
「雄二のことは、全部受け入れているつもりなの。あなたが何者であっても構わない。でも……、わたしはいつもの雄二がいい」
目を合わせようとせず、椎野の女の子は帰り道を急いだ。
「……」
受け止め方は人それぞれ。涼ちゃんは別に、ぼくを拒絶してるわけじゃない。いつもの雄二がいいと言っただけだ。
すっと隣に立つ利生くん。ぼくに向かって微笑んでいる。それは言葉じゃなかったけど、メッセージのような気がした。
「うん」
塾のない日に八芝とデートをした。
約束をしていたのは優美の方だけど、待ち合わせ場所に来たのがぼくでも、八芝は特に何も言わなかった。
人気のクレープ店は今の時間、客が多く、学校帰りの制服のお姉さんたちが長い列を作っていた。
それでも女の子と一緒なら、並ぶのも苦痛じゃない。
そのうち順番が来た。
「ぼくはチョコレートソースがけのバナナで」
「あたしはいちごホイップ」
駅北口周辺は、南側ほど人通りはなく、涼しくて落ち着いている。
石畳の敷かれた歩行者道。ガス灯を模した電気の外灯。この辺りは欧州街道と呼ばれている。
ぼくらは街路樹のそばの、背もたれのある木製のベンチに座って、買ったばかりのおやつを食べていた。
「おいしい」
その笑顔は、味がよかったからじゃないとぼくは分かった。何となく。
「塾であんた、うまくやってるみたいね」
「まあ、そこそこ」
幼稚園や学校では人並みの運動神経が求められるけど、塾は勉強だけでいい。そっちは問題ないから、ぼくの居場所はある。
性別のことでお騒がせはしているけど。
「あたしが余計なことしなくても、あんたは一人で対処できたんでしょうね」
「そんなことない」
たらればを考えても仕方ないけど。やっぱり八芝さんとか利生くんがこっちについててくれたから、ぼくはこうしていられるんだ――それは間違いなく事実だろう。
「この前のことだけど」
「うん」
お見舞いに行った日かな。それとも翌日、塾の廊下で(優美と)話したときか。
「取り乱しちゃってごめん。今さらだけど、気にしないでもらえたら」
家まで行った日のことか。
ぼくは返事をせず、薄皮に包まれた、熟れた果実をかじった。
「あたしね、お父さんやお母さんに言えない秘密、作りたくないの。常に正しくありたいの。だから、婚約者のいる人を好きでいるのはやめる――いけないことだもの」
八芝は笑っていた。それがイコール本心とは限らない。
「ぼくらは、友達だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「でもあたしは、この気持ちを抑えないと。あんたに迷惑かけたくないし」
いい子なんだ、さやは。たぶん小さい頃から大人を困らせず育ったんだろう。賢いから空気を読んで。
風邪を引いて学校を休むときも、どちらかの親にそばにいてほしいなんて言わなかったのかもしれない。想像だけど。
「隠れてこそこそ付き合おうなんて、そんなことは不可能だしするべきじゃない。ただ、気持ちは持っててもいいと思うんだ。少なくてもさやは、何の罪も犯すことにならないだろ」
「……」
戸惑いの表情。
「ぶっちゃけぼくは、さやがぼく以外の男とどうにかなるなんて耐えられない。独り占めしたいんだ。――こんなことは言うべきじゃないのも分かってるよ。ぼくのわがまま」
いいの? と彼女はたずねた。
「いいも悪いも、ぼくがそう望んでる。さやのこと好きだから」
隣の女の子の目に、涙がじんわり溜まっていく。
「解放してあげないよ、一生」
「うん」と、小さな声。
ぼくらは友達なんだ、手をつなぐまでが限度の。
*charismaは性質を表す言葉であって、人は表さないので、利生が言うところの「皆ヶ崎くんはぼくのカリスマ」はおかしいです。
「皆ヶ崎くんはぼくの憧れ」にするか迷いましたが、カリスマという言葉を使いたかったので……。おかしいですがご了承下さい。
*雄二とさやかの件については、ご意見もあろうかと思いますが、見守っていただけますでしょうか。




