④−12 友達(2)
玄関に近い廊下の壁に、ホワイトボードを引っかけてる。主にぼくの予定を書き込むため。
「今日、友達と会うのか」
靴を履きながら隆夫。「うん」とぼくは答えた。
友達になんてしてあげないよと言われたけど、じゃあぼくの側からして利生くんて何――やっぱり友達以外ではない。
「じゃあ晩ごはんはオレが作るよ」
「いいの? ぼく夕方には帰るけど」
「小籠包を作りたい気分」
「ならお願いします」
行ってくる、と言ってドアノブに手をかける隆夫。
「待って」
ぼくが呼び止めた。
「コーヒーの粉、もうすぐ切れるでしょ。ぼくが今日買っておくね」
つまり隆夫は買ってこないでってこと。高価なものだし、二重になったらいけないから。
「だったら、今度はいつものブレンドじゃなく、モカがいいな。たまには違うのを飲みたい」
「おっけ」
「行ってくる」
隆夫はぼくの頭に手を置いてから、アパートを出ていった。
待ち合わせ場所はあざみの駅南口、駅前広場だ。
少し早めに来て、このエリアにあるコーヒーショップで買い物をする。隆夫が言ってたモカの袋は最後の一個だった。先に買うことにして正解。
店を出ると、広場には名札をつけた小学生の姿があった。
「利生くん」
「皆ヶ崎くん!」
うれしそうに駆け寄ってくる。
「待った?」
「ううん、今来たとこ」
土曜日、利生くんは午前中に学校があって、終わってからここへ来たんだ。
「お昼は食べてる?」
念のため確認。もし時間がなくて食べてないなら、その辺の店に入ろうと思ってた。
「食べてきたよ。皆ヶ崎くんは?」
「ぼくもサンドイッチを」
朝ごはん用の食パンが残っていたので、ハムとレタスをはさんでお手軽に。
「じゃあ、行く?」
「うん」
今日は利生くんに、古書店に連れていってもらうことになっていた。
駅ビルを通り抜けて北口まで。石畳の道を少し歩いたところに、利生くんがよく利用するという学参専門の古本屋があった。
自動じゃないガラスのドアを引いて入ると、図書館のようなにおいがした。紙が古いせい。
それ以外は普通の本屋という感じだ。天井から吊るされた、ジャンルの書かれたプレート。ぎっしり本の詰まった書棚の列。
(医学、工学、文学……)
この辺りは大学生から大人向けかな。
「皆ヶ崎くん、こっち」
ぼくは利生くんの後について、奥の方に向かう。
途中、経済学の棚の前を通り、一瞬足を止めた。いつか学びたいと思ってる、世の中のお金の流れ。
「この一帯全部、ぼくたち用のコーナーだよ」
壁に引っついた本棚。小学低学年から高校生までの参考書・問題集がずらっと並んでいる。
「大抵の科目は大丈夫だけど、社会科だけは気をつけてね。版が古いと使えないって、店主さんが言ってた」
「ああ、統計の数字が変わるからね」
ぼくは早速、中学数学の応用問題集に手を伸ばす。
開いてぱらぱらめくってみる。特に書き込みはない。入試問題を集めたものらしく、良問揃い。
(百円か)
裏表紙に値段のシールを貼ってあった。
隣の利生くんは、予め目星をつけていたらしい本を、次々腕に抱えていく。
ぼくも今必要としているものを、棚の中から探した。
「皆ヶ崎くん、いっぱい買ったね」
ストローで冷たいコーヒーを飲みながら、向かい側の利生くん。
ぼくらは外の通りが見える窓際の席で、休憩をしていた。
氷の上には、丸く固められたバニラ。
「安いと遠慮なく買える。中古と言ってもわりあいきれいだし。ほしいのいっぱい見つかったんだ」
ふふ、と利生くんは笑う。
「今中学生の勉強してるんだよね? でも高校生用のも買ってた?」
ぼくの隣の布袋には、化学と生物の参考書。
「つながってるからさ。高校内容のを参考にしながら中学のを読めば、理解が深まるよ」
「そうなんだ」
「利生くんのかばんも重そうだね。いいのあった?」
「ぼくは、みんなと違って去年までの蓄積がないから。この夏はがんばらないとと思って、基礎的な問題集を買ったよ」
利生くん、春頃は受験するか分からないと言っていたけど。意志は固まったのかな?
ぼくはアイスクリームをすくった。
「そういえばお母さんは元気?」
「うん、最近調子いいみたいだよ。自分で買い物に行ける。だから配達を頼んでないでしょ」
園田さんは、ぼくのバイト先スーパーの顧客。ぼくは何度か、食料品などを届けに、お宅に伺ったことがある。
「だったらいい。安心した」
涼しい風が吹いてくる。寒すぎないほどの空調。
店内は静かな音楽が流れていて、何となくくつろげる。
黒と茶色が基調の内装。通路は広め。一人のお客さんが多い。
「こういうとこよく来るの?」
ぼくは利生くんにたずねた。
「ニ回目。一回目は下見だよ、皆ヶ崎くんとデートするためにね」
「そっか」
ぼくはふっと笑った。ぼくのためにこの店を選んでくれたんだな。
「保護を受けているから贅沢はできない。でも、皆ヶ崎くんと過ごすのにけちけちしたくないんだ」
今日この時間のために、利生くんは、他の何かを買わずに諦めたのかもしれない。大人の店のデザートドリンク、南側にある子どもの店とは料金が違う。
「ぼく夢があるんだ。いつかお勤めをして保護を抜けたら、お嫁さんをもらって、お母さんと三人で暮らすの。それが皆ヶ崎さんだったらいい――なんて妄想だけど」
利生くんは少し笑った。
「皆ヶ崎くんには、お付き合いしてる人がいるよね。いつも迎えにくる大人の人、あれはお兄さんじゃないし」
「……うん」
傷つけるかもしれないけど、利生くんがもう分かっていることなら、返事を先延ばしにする理由はなかった。
「皆ヶ崎くんには、あれぐらいの年の人が合うと思うよ。ぼくなんかじゃなく」
ぼろっと涙がこぼれる。
ぼくは取り出したハンカチで、彼の目元をそっと拭った。
「きみとはそういう意味の付き合いはできないけど、ぼくは幼稚園の頃から、友達になってほしいと思ってた。ずっと片想いだったけどね」
「そうなの?」
少し驚いた顔。
「ぼく、きみにさみしい思いさせられたことあるんだよ。きみはあの頃、ぼくなんか眼中になかったからさ」
笑いながらぼくは話した、園児だった頃の気持ちを。
「そうなんだ、全然知らなかった」
「友達認定してくれたらうれしい――なんて、それはきみが、よく考えた上で決めることだけどね」
「……」
店を出るとき、ご年配のマスターは、ぼくらが頼んだものを子ども料金にしてくれた。本来、小学生が入るような店じゃないんだろうけど。
夏が近く、夕方でも日が高い。外はまだ明るかった。
「皆ヶ崎くん、ぼくさ、やっぱり友達認定はできない。きみはそういうんじゃないから。ぼくにとって特別」
「……うん」
その気持ちをぼくが否定するわけにいかない。
「きみのこと考えるとエネルギーが湧いてくるんだ。何でもがんばれる気がする。ぼくはきみが大好きなんだよ」
利生くんの想いが、likeなのかloveなのかと言ったら、likeの方が近いんじゃないかと思う。何となくだけど、利生くんはまだ、子どものエリアにいる気がする。
でもそれは恋じゃないと言い切ることもできなかった。ぼくらの年代は今、大人になる道の直前にいる。明日境界を踏み越えるかもしれない。
「ぼくもきみが好きだよ」
loveじゃないのは利生くんも分かってる。
でも、言いたかった。好きという言葉を。




