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王子様と赤ずきん  作者: かおる
4章 月と猫
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④−1 青葉クラブ

園田そのだ利生としおです。今日からよろしくお願いします」

 教卓のところで挨拶あいさつした、おとなしめの男の子は、英語の先生に言われて自分の席に向かったんだ。

 ぼくは前の方に座っているから、彼はぼくのそばも通った。

「OK, everyone? Let's sing today's song.」

 茶髪の教育実習生は、CDを再生する。曲は『Under the spreading chestnut tree(大きなくりの木の下で)』――園児の頃によく歌った、ぼくらには馴染みのあるもの。

 発音をなめらかにするのに、歌が一番いいんだって。


「皆ヶ崎くん」

 廊下を歩いていたとき、利生くんに声をかけられた。ぼくは振り返る。

「あの……」

 少しもじもじしてる新入生。ぼくらはお互いを知らない仲じゃない。幼稚園が一緒だったし、あざみの小でも。

「久しぶり。ここで会えるなんて思わなかった」

八芝やつしばさんに聞いて……きみがこの塾にいること」

「うん、人慣れのためにね」

 塾は学校と違い、毎日じゃないし時間も短い。リハビリにはちょうどよかった。

「ぼく、ずっときみに会いたかった!」

 響くくらいの大きな声で、恥ずかしいのかほっぺたを真っ赤にして、そう言ってくれたんだ。

 ぼくのこと友達と思ってくれてるのかな。

「心配してたんだ、きみが学校を替わってから。あのときぼくは、きみのために何もできなかったけど」

「……」

 ぼくはめがねのブリッジに中指をあてた。

「ぼくのこと覚えててくれてうれしい」

 言えるのはそれだけだった。一年前のことを思い出すのはしんどいし。

 でも、利生くんの表情がぱっと明るくなったのは分かった。


 青葉に通い始めて約一か月。今のところ、特に何も起きていない。起こらない方がいい。

 トイレは先生用のを使わせてもらってる。雄二の姿で、みんなとおんなじ階の女子用に入るわけにいかないし。

「またね、雄二」

「バイバイ、りょうちゃん」

 この塾で仲良くなった、三つ編みの女の子。彼女は椎野ついのから来ているため、往復は電車だ。授業が終わると駅に向かう。

 そしてぼくは――

「雄二!」

 少し離れたところで待ってくれていた隆夫のもとに、走っていく。受験生なのに申し訳ないけど、週三回、迎えにきてもらってるんだ。

「じゃあまた。気をつけて帰ってね、雄ちゃん」

 英語の山本やまもと朝香あさか先生は、青葉のビルに戻っていく。

 先生はお父さんがアメリカ人なんだって。髪の色はそのせいだと、この間言っていた。

 美人だし、年も隆夫と近くて(大学ニ年生)、一緒にいるとお似合いだなと思う。ぼくが隣に立つよりも。

「朝香先生と何話してたの?」

 ぼくは、婚約者を見上げた。

「大学のことだよ。実習先はどうやって決まるのか、詳しく教えてもらった。彼女はオレが受ける学部の、先輩だからね」

「そう」

 ぼくのためなんだ、隆夫が欧立おうりつ学園大の教育学部に進むのは。そしてぼくのために、実習場所を中等教育科にすると言っている。

 分かってるんだけど、それは。

「あんまり女の人と仲良くしないで。嫉妬しっとしちゃうから」

「ハハ、そういうことにはならないよ」

 隆夫は軽く笑った。

「朝香さんは身内なんだ。アキの母親、那都芽なつめ叔母おばさんと関係のある人でね。オレと雄二が将来を誓い合った仲だということを、彼女は知ってる」

「貿易会社の社長さんの関係者」

 想像してみても、ピンとこない。

 後に、ぼくの実家近くの教会の裏にある養護施設の所有者が、その那都芽さんだと知るんだけど。アキから聞いて。

「何か困ったことがあったら、彼女に相談するといい。味方になってくれるよ」



 午前中は自由科で過ごす。体育や音楽の授業を受け、隆夫お勧めの世界史の先生の講義を聴き、自習室の棚にある本をめくる。

 いつ行っていつ帰っても、何なら行かなくてもいいところだけど、それでも一応“学校”であることに変わりはない。ぼくも生徒らしく過ごすことにしたんだ。

 火曜と木曜は、午後からバイトを入れてる。スーパーの配達の仕事。お兄ちゃんにもらったお古の自転車で、箱詰めした品物を、おじいちゃんおばあちゃんの家へ運ぶ。

 ぼくが子どもだからだろうけど、すごく喜んでくれるんだ。少しだけお話をして、別れ際にあめ玉をくれる。

 あざみの小をやめてから、家族や隆夫以外とはほとんど口を聞かなかった。最近、かなり大勢の人と会ってる。


 月曜の夕方。授業前、ぼくは六階の飲食スペースで、セルフのコーヒーを作るんだ。粉とかお湯は、お金を払えば自由に使っていい。

「雄二くん、あんまりコーヒーばっかり飲んでると、カフェイン中毒になるよ。子どもはそういうのなくても集中できるんだから、飲まない方がいいんだよ」

 白い丸テーブルで、ぼくの向かいに座っているまこと

「ココアもチョコレートなんだからさ、飲み過ぎると毛穴に皮脂ひしが溜まって、にきびができやすくなるよ」

「!」

 青ざめた後、白いほっぺたをぺたぺたさわりまくる飛び級生。

 今のところできてないよ(笑)

「楽しそうだね、皆ヶ崎くん」

 シュガー入りの(においで分かる)コーヒーを持って、ぼくのそばに立ったのは佐藤くんだ。ぼくがあざみの小に通えなくなった原因を作ったのが彼。

「……」

 無視してやろうかとも思ったけどさ。

「快挙だね。まさか十歳で中学生のテストを制覇せいはするなんて」

「大したことない」

 一応返事ぐらいしておく。

 ぼくが中二の模試で一番を取っていることは、外の掲示板を見れば誰でも分かることだった。

「ひょっとして授業料免除されてる?」

 小声の佐藤くん。ぼくは指で真と自分を差した。

「そうなんだね。荻野おぎのくんは分かるけど、きみまで」

 誰? と真がぼくにたずねる。二人とも志望校は同じだし、生まれた年度も一緒だけど、学年が違う。

佐藤さとう圭一けいいちくん。元クラスメート」

「ふーん」

 真は聞いておいて、興味なさそうだ。

「男子として塾に通うなら、僕がいる海峰かいほうクラスに入ればよかったのに」

 ぼくは欧立クラスの生徒だ。目指しているのは欧立学園中等教育科。

「共学がいいからさ」

「中学では、女の子デビューをする?」

「……それは、未定だけど」

 完全に排除するわけじゃない、選択肢から。

「きっと似合うと思うよ、女の子のきみはかわいい」

 そう言って、佐藤くんは別の席に着き、文庫本を開いた。

「ハンサムな男の子だね。背が高くてすらっとしてて、かっこいい」と、真。

「客観的にはそうだね」

 ぼくは隆夫とおそろいのマグを片手に、読みかけの新聞をめくる。

(嫌いじゃないんだ、圭一くんのこと。でも策略家、今だって何を考えてるか分からない)

 今度、あざみの小みたいなことが起きたら、ぼくは絶対負けるわけにいかない。

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