③−13 隆夫と礼央
『王子様と赤ずきん』
隆夫と雄二/優美が結ばれるまでの物語としては、今回で終わりです。
次から〈4章 月と猫〉に入っていきます。
――優美さんがごく一般的な普通の子どもなら許さなかった。そのことは覚えておきなさい。
重みのある父の言葉。オレを牽制するための。
だけど、父は優美をどういうふうに捉えているんだろう。
“ごく一般的な普通の子ども”でないとは、体のことか、あるいはそれ以外か。
そんなことを考えながら歩いている間に、目的の林に着いた。
「隆夫くん」
ベンチから立ち上がる執事見習い。
「勤務時間中にすまない」
「早めの昼休憩にしたから大丈夫だよ」
今日は礼央と約束をしていたんだ。
松に楓、小楢……。ここにはいろいろな木が植わっている。以前は暖炉を使っていたから、薪が必要だったんだ。
リスやムササビなど小動物も生息する。渡り鳥が旅の途中で、羽を休ませる場所でもある。
そのときバサバサと何かが飛び立つ音が聞こえて、見上げると、交差する枝々の隙間から澄んだ冬空が見えた。
「はい」
「ありがとう」
礼央が水筒から注いでくれたお茶は、湯気が立つほど温かかった。
「よくここで遊んだよね。どんぐりを集めたり、落ち葉の上に寝そべったり」
「その下に冬眠してる虫がいるんだぞって言ったら、慌てて起き上がったよな、礼央」
無邪気だった昔のことを思い出し、オレは笑った。
「みの虫ぐらいなら平気なんだけどね。それ以外はちょっと」
言いながら、礼央は足元に広がる枯れ葉のじゅうたんに目をやった。
オレはカップになっているふたに口をつける。うまいほうじ茶だった。
「話って、優美お嬢様のこと?」
「ああ」
飲み干した後で、ふたを返した。
「優美だけを愛すると決めた。だからおまえのことはもう」
「そう、よかった。やっと気持ちが固まったんだね。安心したよ」
すがすがしいほどの笑顔。そこにはさびしさの欠片もない。
「オレは、本当に愛されてないんだな、おまえに」
「そんなことない。愛してるよ、隆夫くんのこと」
礼央は金の鎖の先にある物を服の中から出し、りんごを開いて見せた。
そこには幼かった頃の、オレと礼央。
「……」
現実の礼央も笑っていた。
「“友達として”だろ、愛してるなんて」
「友達じゃない、ぼくと隆夫くんは」
「……そうだったな」
わきまえないと、と言っていた。オレがまだこの屋敷のおぼっちゃんだった頃。
礼央はロケットを閉じてジャケットの中に戻した。
「夢があったんだ。いつか隆夫くんが、この家の当主様になって、ぼくは執事としてきみを支える。そのためにも学校でがんばってたし、今も修業してる」
「次の当主はたぶんアキだ。決定じゃないらしいけど」
オレじゃないことだけ確定。
礼央は、黙って頷いた。
「新しい当主様にも、誠意を尽くして仕えるよ、それが誰であれ。でも、きみが帰ってくるのを待ってる。おかえりって言ってあげたいんだ、隆夫くんに」
瞳が潤んでいるように見えた。目の錯覚か。
「……」
「……」
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはオレだった。
「オレは、父さんの真似はしたくないから、生涯愛すると決めた人しか愛さない。おまえのことは好きだったけど忘れる」
「うん、それでいい。いや、それがいい」
礼央は目元を手の甲で拭った。
「愛してるんだ、きみのこと」
枠が違う気がした、何となくだけど。
オレはもっと小さい枠で礼央を求めていたんだ。そばにいてほしかったし、オレのことを好きでいてほしかった。
でも礼央は、オレのことを、もっと大きい枠で捉えている。オレが常にそこにいるわけじゃなくても、オレが他の誰かを愛そうと、それでも愛してると言う。
次元が違うのかもしれない。ファンタジー小説でいうなら、高次元生命体。
いや、それでも礼央は人間だ。神じゃない。傷つきもする。
門まで続く二百メートルの並木道を歩いていたとき、かばんの中で通信機が鳴り出した。
届いたメッセージを確認する。優美からだ。
『お話は終わった? 外で待ってる』
オレは全速力で門まで走った。
外に出ると、黒い車体のタクシーが停まっていた。
息を切らしていると、後ろのドアが自動で開いた。オレはそこに乗り込む。
「出して下さい」
「はい」
水色の着物姿の美人が、運転手に指示する。車は調布の街を走り始めた。
「なんでその格好?」
白椿にうぐいす。早春のイメージ。
帯紐は金色。着物に合うコサージュも後ろ髪に付けてる。
小公女セーラじゃないけど、小さな貴婦人といった感じ。
「あなたのご実家を訪れるんだもの。外までだとしても、きちんとした格好じゃないとね」
なるほど礼儀か。でもそれだけじゃない気がした。
「袂が短い。いわゆる晴れ着じゃないな」
女性の着物のことは、夜会のとき、母が教えてくれた。
「これは訪問着よ。未婚じゃないもの」
その目がオレを真っ直ぐ見ていた。覚悟を決めているのは彼女も同じ。
「……そうだな」
後部座席の白いシートの上で、互いの手を握り合う。
オレは優美と、優美はオレと、一生一緒に生きていくんだ。




