③−9 クリスマスカード
ときどきぼくは、皆ヶ崎雄二になる。
それは隆夫のためじゃなくて、荻野くんの友達でいるためだった。
「生まれつき体温が高くて。冬でもぽかぽかしてるから、上着がいらないんだよ」
ぼくらは今、駅前広場のベンチで、流れる車を見下ろしながらアイスを食べている。
「それは、寒い季節ならいいかもしれないけど、夏って人より暑く感じる?」
「うん、暑い」
ぱくっと抹茶アイスを一飲みしてしまう真。
コーンにトリプル。服代はかからなさそうでも、こういったデザート代はかさみそうだ。
「雄二くんのそれ、おいしい?」
ぼくのはクッキー&クリーム。カップに入れてもらって、スプーンで食べている。
「うん、いる?」
「ちょっとだけ」
コーンとカップを交換。でもチョコミントは好みじゃないので、ぼくは口をつけなかった。
「真ってさ、小六までの勉強、もう終わってる?」
「一応一通りは頭に入れてるよ」
だと思った。中学受験組にとって、一、二学年上の内容を先取りするのは普通のことだ。
「じゃあ一緒に五年のテストを受けない? 小六範囲がばんばん出ると思うけど、ぼくらそういうの解けるよね」
「自信はあるよ」
「じゃあ受けよう、この次」
「うん」
うれしそうな顔をする真。
――ぼくは、きみと海峰へ行くのが夢だったよ!
この間の埋め合わせ。
真はずっと、ぼくの頭の中にいたんだ。目標だった。
真の存在があったから、ぼくも学年を超えた勉強をしようと思えた。
その彼が、ぼくのことをちゃんと認識してくれていたなら、できる範囲で応えたい。
ぼくらは、友達なんだ。
十二月の初め。
朝起きてすぐ暖房をつける。息が白いし、凍えるほど寒くて。
食事の支度を簡単に済ませ(スープは前夜に隆夫さんが作ってくれて、サラダも下準備をしているから、実質コーヒーだけ)、わたしは一階へ新聞を取りに行く。
郵便受けには隆夫さんが購読している全国紙。でも今日はそれだけじゃなかった。
「お手紙来てる」
朝刊と封書二通、わたしは台所のテーブルに置いた。
学校へ行く隆夫さんは、先に食事を始めている。
「五条からだよ。毎年この季節になると……」
「もう一通は」
「……」
わたしはテレビ台の引き出しから、ペーパーナイフを取ってきた。
「開けてあげる。中身は見ないから」
隆夫さんは気まずそうな顔をする。
わたしは平気だ。ゲーセンで遊んだとき、荻野くんに取ってもらったイルカのぬいぐるみがあるもの。
(大丈夫、バランスとれてる)
開封したのを隆夫さんのそばに置き、わたしは自分の椅子に着いた。切れ目を入れたロールパンに、たまごをはさんで食べる。
隆夫さんは封筒の中身を取り出す。片方はシンプルな白いカード、もう片方はポップアップ式のクリスマスツリーのカードだった。
「読むか?」
差し出されたのを、わたしは受け取った。
五条さんは小さめの字で、お屋敷の近況を書いていた。お義母様がお風邪を召されたけどすぐ治ったとか、お庭に咲くサザンカのこととか。
もう一枚の方は、ただ一言。『陸上部に入ったんだってね。がんばって』
押し花のしおりに書いてあったのと同じ筆跡。
「執事の仕事みたいなものだ、こうして季節の便りを出すのは。深い意味はないよ」
「気にしてないわよ、わたしは」
「そうやってきみは、自分の気持ちをオレに言わないんだな。オレも十分きみに向き合ってるとは言えないけど」
「……」
そりゃあわたしにだって、渦巻く汚い感情はあるわよ。でもそういうの見せたくないじゃない? あなたの前で。
「今日、どっか遊びに行こう。どこがいい?」
そう言って隆夫さんはパンをちぎってじゃがいものスープに浸し、口へ入れる。
「待って。今日平日」
あなたは学校があるでしょう。
「一日ぐらい休んだって平気だ。毎日ちゃんと勉強してる」
本当は、丘の上の美術館に行きたかったんだ。白壁に青い屋根の洋城、このまちのシンボル。下から見てもロマンチックだけど、そこからの景色もまたいいのよね。
でも、あいにくと改装工事中。だから他の場所にした。
「足元気をつけて」
バスを降りるときも、隆夫さんはわたしの手を離さない。
エスコートしてくれるのはいいけど、わたし、バスに乗ったことない人じゃないのよ。
防寒はちゃんとしてきた。手袋にマフラー、コート。
隆夫さんはわたしが編んだ、イニシャル入りの青いのを首に巻いてくれている。
「大人二枚」
入場券売り場で、隆夫さんはお財布からお札を出す。
首を傾げる窓口の人に、「僕たち学校へ行ってないので」。
確かにわたしは小学生じゃないわ。
何に乗りたいか聞かれて、ローラーコースターを一番に挙げた。前は身長制限に引っかかって、乗れなかったのよね。
「大丈夫?」
わたしは自販機で買った温かいレモネードを、ベンチで休んでいる隆夫さんに渡す。
「ああ、面目ない」
隆夫さんはまだ顔色が悪く、しばらくは動けなさそうだった。
「子どもの頃乗って怖かったけど、もう大人だから平気だと思ったんだ。そうでもなかった」
わたしは彼のお隣に腰を下ろす。
「きみは、こういうの平気なんだな」
「わたしはね。雄二だとどうか分からない」
「人格が変わると感じ方まで違う?」
「……たぶん」
優美と雄二、二つのキャラクターを演じ分けているのは、わたしにとって逃避でもある。
これは雄二の心の傷だと思えば、優美は何も感じないもの。
空を見上げた。今日はお天気がいい、雲が一つもなくて。
「オレに言いたいことがあるなら、今聞くけど」
平日の遊園地は、当たり前だけど空いてる。並ばなくてもすぐ乗れる、普段は長い列になっているアトラクションでも。
お客さんは、この時間帯自由な大学生とか。
「言いたいことは、ないわ。隆夫さんに不満なんてない。これ以上ないほどわたしを大切にしてくれるもの。文句なんて言ったらバチが当たる」
「そういう表面的なことじゃなく、心で本当に思っていることだよ。あるだろう、きみには」
ないわけない。
「わたしを捨てないでほしいの。もし礼央さんが、あなたを好きでも」
「きみこそオレを捨てないでくれるか。この先、好きな男ができたとしても。二番目以降で構わない」
荻野くんのこと、隆夫さんは知ってる? 諜報部さんかな、綾瀬家の。
「オレはきみから離れたりしないよ。きみを、愛してる」
「言葉は言葉でしかないわ。未来のことは分からない」
「そうだ。だからきみが他の男を好きになる可能性はあるだろ」
溜め息をつきたい気分なのは、隆夫さんも同じだろう。わたしが彼を信じてないから。
そして彼も、わたしを妄信しない。
「わたしがまだ、子どもだから?」
「この先十年の間に、もっといい男と出会う可能性は大きい。違うか?」
「あなた以上の人なんていないわよ、出会いはあるとしても」
「オレだって、きみ以上の子なんているわけないと信じてる」
目の前を通ったカップルが、くすくすと笑った。
こんなところで喧嘩みたいに、愛の言葉を語っているから。
わたしたちは手をつないだ。
「一つ心配なことは、前にも言ったけど、あなたがわたしを抱けるかどうかよ。一緒にいるために大切なこと。今よりもう少し大人になったら、わたしたち、愛し合うでしょう。そのときあなたがわたしに幻滅するだろうことは、覚悟してる」
人目があるので、これは小さめの声で話した。
「大切かな」
「言うべきじゃないかもしれないけど、本当は男の子の体の方がいい、違う?」
「最初はきみを、礼央と重ねて見てた。でも今はきみを見てる。きみを抱くんだ、男とか女とかそういうことじゃない」
「……」
わたしに性欲はない。知識として知っているだけ。行為自体も、観念的な捉え方をしている――要は心と体が一つになり、互いの愛を証明すること。
「早く、大人になりたい」




