⑦そういうもんだよね
私のスマートフォンの中に、その人はいる。
トーク一覧の一番下。
そこはスクロールしないと見えない位置だけど、名前も、アイコンも、いつまでも、変わらない。
闇の中に寝転んだまま、スマートフォンを操作してトークを開く。
それは何度も見ているもので、もう見慣れているはずなのに、毎回少しだけ息が詰まる。
一番下に表示されるメッセージは、いつも、あの日のまま。
『また明日ね』
それだけの短いメッセージを、私は何度も読み返した。何十回も。いや、何百回かもしれない。
その短い一行は、特別な意味なんてない、ただの言葉だけど、私はそれを見て、一度、スマートフォンを抱きしめる。
少しでも側で感じたいから。
指で画面をなぞって、少しスクロールすれば、そこに並ぶのは、本当に他愛もない会話たち。
『今日さ、めっちゃ寒くない?』
『寒い。もう冬だね』
ふと、思い出す。
あのとき、彼がコンビニで缶コーヒーとココアを買ってきて、無言でココアを私に渡してきた。
「ほら、寒いって言ってたから」
なんでもないみたいな顔でそう言っていたくせに、そのくせ、少しだけ耳が赤かった。
『課題終わった?』
『終わってない』
結局、彼は終わらせられなくて、朝のホームルームの間に私のを写してた。
『今度どっか行こうよ』
『いいね』
続きを前提にしたような特別じゃない言葉。
スクロールするたびに、そんな物ばかりが、並んでいる。
続きを話すつもりで。
また会うつもりで。
私も当たり前みたいに、先のことを考えていた。
それが、途切れた。
その理由は、わかっている。
あの日、友達からのメッセージでそのことを知って、式にも出たけど、それでも、しばらくは実感がわかなかった。
私のスマートフォンの中では、普通に続いているから……。
彼が今も、こうして、ここにいるのだから。
指が勝手に動く。
『元気?』
送信ボタンの手前で指が止まって、すぐに消す。
『今日さ……』
途中で止めて、また、消す。
送っても、返ってこないなんてこと、わかっている。
もうとっくに、わかっているのに。
「……バカみたい」
私は、小さくつぶやく。
今日、出戻って来たばかりの私の部屋は、静かだ。
それに、今日みたいな日に限って月明かりも少なくて、やけに暗い。
スマートフォンの画面だけが、ぼんやりと光っている。
その光に、荷解きのすんでいないダンボールが照らされる。
そんな青白いダンボールを見て、思う。
もし今、メッセージを送ったら、このままずっと、未読のまま残るんだろうか。
純粋な愛の証みたいに——
そこで考えるのをやめた。
だけど、やめたはずなのに、また戻ってくる。
意味がないのに、それでも……。
はにかむように笑う顔を思い出して、私はちょっとだけ苦笑いを浮かべる。
本当にひとりの夜ってのは、意味がないことばかりを考えてしまうから嫌いだ。
「私が純粋とか、笑える」
私はひとりで生きていけるほど、強くないから、あれから何人かと付き合った。
でも、長くは続かない。
ケンカして、もしくは、ケンカもなく終わりがくる。
「お前は結局、悲劇のヒロインを演じたいだけだろ」
と別れ際に言われたこともある。
愛なんてのはきっと永遠じゃないから、ラブはいつも一方通行だって、そんなことわかってる。
だけど……。
近所の子が言った。
「別にいいんじゃないの?」
「私は演じているつもりはないわよ」
「でも、誰だってなにかを演じてるでしょ?」
聞かれた私が答えられないでいると、その子は笑って。
「そういうものだよね」
と言った。
その子は、好きな子の恋愛の相談にも乗るような、お人好し。
五つも年下のくせに、わかったようなことを言う生意気なやつだ。
私はふふっと笑う。
「あんたが私の心配なんて、百年早いのよ」
スマートフォンを閉じる。
青白い光が消えてやっぱり真っ暗。
その子だって、彼のことを兄みたいに慕っていたから、式のときに泣いていた。
鼻水まで流していた姿が、思い浮かぶ。
「この前まで、ハナタレ坊主だったくせに」
私はつぶやいて、目を閉じる。
静かなはずなのに、やけに心臓の音だけが耳の奥でうるさい。
だから、その音に合わせるみたいに寝返りをうつと、考えるのをやめたはずなのに、また、さっき見たメッセージが、頭に浮かんでくる。
『また明日ね』
明日なんて来ないじゃない。
そんなふうに思って、また目を開ける。
真っ暗だけど、遮光カーテンの隙間から差し込む街灯の光で、天井の一部が、ほんの小さく、ミシンの目みたいに、白く切り取られている。
私は、はぁっと息を吐いて、それに背を向けるみたいに寝返りをうった。
今度はちゃんとした闇だから、静かになったはずなのに、耳の奥で心臓の音だけがうるさい。
夢にまで出て来たら、グウで殴ってやるわ。
そんなふうに思って、また目を閉じる。
もぞもぞと動いて、心臓の音を数えてみて、寝返りをうって。
『また明日ね』
うるさいわよ。
今度は目を開けずに、布団を眉の下まで引き上げた。




