表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

④つまんねぇな

ダーツの矢が、音を立てて刺さる。

そのたびに、ちょっと距離がわかる気がする。

当たるとか、そういうんじゃなくて。



トン。


ダーツがボードに刺さる。


「今のは惜しかったね」


あいつが俺を見ながらグラスに口をつけて、グラスの中の氷が軽く音を立てた。


「いや、全然だろ?」

「うーん、ちょっとフォームが崩れてるかもね」

「どの辺が?」

「肘が下がってる」


言われて、俺は近くの鏡みたいな柱を見ながら構えてみる。

ぼんやりと映る俺。

確かに、肘がちょっとだけ下がってるような気もしないでもないが、自分ではよくわからない。


「まあ、適当でいいだろ?」

「そんなんだから、いつも、狙いが外れるんだよ」

「いつもってなんだよ」

「いつもは、いつもだよ」


あいつが首をかしげながら軽く言うから、俺は肩をすくめてから、もう一度、投げる。


トン。


中心から、かなり外れた。


「ほらね」

「うるせぇよ」


苦笑が漏れた。

店の中はほどよく騒がしい。

笑い声と、グラスのぶつかる音、それから、遠くで、別のグループが、わぁっと声をあげる。


ハイタッチとか、やらねぇだろ、普通。


女も混ざっているせいなのかもしれないが、やたら盛り上がっている。

こっちは、そこまででもない。

静かってわけでもないけど、騒がしくもない。


「最近どう?」


あいつが、何気なく言うのを聞きながら機械まで歩いていき、ダーツを引き抜いて、俺が笑う。


「最近って、何がだよ」


聞きたいことがなんのことか、わかってる。

でも、どうせこいつは踏み込んでは来ないってのもわかっているから、言ってやらない。


聞きてぇなら、ちゃんと聞きやがれ。


「いろいろ」

「まあ、普通だな」

「普通ね」


ほらな、やっぱり、踏み込んでは来ない。

こいつはいつも、そうだ。


俺が席につくと、踏み込む代わりみたいに、あいつはゆっくり構えて、軽くダーツを投げる。


ズキューン、トン、ズキューン。


三本とも、真ん中に刺さった。

いや、2本目は少しズレたみたいだ。


「うまいな」

「まあね」


言いながら軽く笑うから、少しイライラする。


こいつは、なんでもサラッとこなしてみせる。

学生時代から、勉強も運動も特別すごいってわけじゃないが、なんでもまあまあ、うまい。

そのくせ、真面目にやっている感じを出さないから、余計に腹が立つ。


俺は、テーブルの上のグラスを手に取って、琥珀色の液体を見つめる。

揺するとカラカラと氷が鳴る。


「で、最近はうまくいってるの?」


今度はさっきより少しだけ具体的になったが、まだちゃんと言わない。


こいつのこういう、適度な距離を保って相手を尊重してますって感じがうんざりする。

連絡して来たときから、本当はそのことを聞きたかったくせして、俺が自分から話すまで待っていた。

やっと痺れを切らして探りを入れてきたみたいだけど、どうせまた、踏み込んでは来ない。


「だから、何が?」


グラスをテーブルに置きながら言った声が、自然と強くなった。


「彼女と」


その言葉に、動きが止まる。

こいつがそのことをちゃんと言葉にするとは思わなかったから……。

でも、すぐに動いて、ダーツを持って席を立つ。


「どうって」

「うまくいってんの?」


俺が言い淀むみたいに一本目を投げると、的を大きくはずして、そのタイミングで、奥のグループが「うぇーい!」と盛り上がる。

そのまま流れるかと思ったのに、あいつが真っ直ぐに俺を見てるのが視界の端に映る。


「……微妙だよ」


二本目を投げながら、答えた。


「そっか」


それだけ言って、あいつは何も続けない。

深くは聞いてこないし、無理に掘り下げもしない。

その代わりに。


「今の、完全に力みすぎ」

「関係ないだろ?」

「関係あるって」


また、ダーツの話に戻った。

だから、俺はテーブルまで歩いていって、グラスを持ってひと口飲む。

少しだけ強い酒に喉が焼けて、ふぅと息を吐く。


「そっちは、どうなんだ?」


戻って軽く聞きながら三本目を投げる。


トン。


また外れる。


「また力が入ってたよ」

「話変えんな」

「……別れた」

「はぁ?」


あいつを見る。


「聞いてねぇぞ」

「言ってないからね」

「なんでだよ」

「聞かれてもいないのに、わざわざ言うことでもないでしょ?」

「そりゃあ、そうかもしれねぇけどよ」


俺が機械からダーツを回収して、席に戻ると、あいつが、またダーツを投げる。

一本、二本、三本。

ダーツは的の中央付近に、綺麗にまとまる。


「やっぱうまいな」

「まあ、よくやるからね」


そう言ってほほえむから、俺は目をそらした。

視線の先で、カップルの男が後ろから被さるように、彼女に教えている。

それがなんかわかねぇけど、むかつく。


「……まあ」


小さくつぶやく。


「いろいろあるよな」


それだけ。

それ以上は言うつもりも、聞くつもりもない。

別れた原因なんて、だいたい察しがついてる。

俺たちが微妙なのも、同じ理由だからだ。


「そうだね。なにが不満だったのか? 僕にはわからないけど」


まあ、こいつがわからないって言うなら、俺から話してやるつもりもない。


「人なんてそんなもんだろ?」

「そうかな?」

「カップルだから、わかりあってるなんて、幻想だろ?」

「そうだね」

「みんな違うんだ。分かり合えるわけない」

「そんな歌あったね」


機械からダーツを抜いて、振り返りながらまたほほえむから、俺はまたイラッとした。


俺を苛立たせる天才かよ。


「まあ、きっと、彼女にも譲れないところがあったんだろ。しらねぇけど」

「譲れないところねぇ。だったら、ちゃんと言ってくれればよかったのに」


言いながら戻ってきて、グラスを持つ。

グラスの中で氷がゆっくり回る。


「お前は聞いたのかよ」

「まあね」


あいつが少し顔を歪める。


だろうな。


「ちゃんと聞いたのかよ」

「……聞いてない」

「あのな」


俺は言いかけてやめる。

どうせ、こいつは、ケンカしないで済むやり方ばっかり選ぶ。


だけどな、そんなんじゃねぇだろ?


そう思ったが、俺だって彼女とケンカできないから、それが余計にイライラする。


俺はまたさっと構えて、ゆっくり投げる。


トン。


また、ブルを外した。


「惜しいね」

「惜しくねぇよ」


俺はグラスを持つと、また酒を流し込む。


なんか、つまんねぇな。

こいつらも、俺も。


コンと音が出るくらいの強さでテーブルにグラスを置いて、ダーツを投げる。


ズキューン。


真ん中。


「おお」


あいつが声を上げる。


「やるね」

「まあな」


だけど、うまく笑えない。


「じゃあ、もう一回やろうか?」

「そうだな。やっと肩があったまってきたしな」

「そんなんだから、外すんだよ」

「なんだと」


俺は睨むふりして笑う。


「いつも肩に力が入りすぎ」

「お前が力ぬきすぎなんだろ?」

「そうかな?」

「そうだ」


どうすればいいか、なんて、初めからわかってる。

だけど、それを選ばない。

たぶん、こいつらも、きっと、俺も。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ