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⑨いてくれてよかった

君の好きな人は、いつも僕じゃない。

そんなこと、最初からわかってる。

それでも。



「ねえ、ちょっと相談いい?」


その一言から始まる会話が、いつの間にか増えていた。


最初はたまたまだったと思う。

たまたま家が近くて、たまたま時間があって、たまたま話を聞いた。

それだけのこと。


それなのに、気づけば——


購買横の自販機の前で立ち止まる。


「今日は寒いね」


そう言いながら、当然みたいにこっちを見る。


「うん、ちょっとね」

「なんか温かいの飲みたい」


その言い方に、少しだけ笑う。


「はいはい」


財布を取り出して、小銭を入れて、微糖コーヒーのボタンを押す。   

ガゴン。


少し間は置いてから、振り返る。


「どれ?」

「やった、ありがとう」


嬉しそうに笑うその顔を見て、まあいいか、と思う。


ガコン、と音を立てて飲み物が落ちる。

二つとも取り出して、彼女のカフェオレを渡す。


「ありがと」


軽く言って、もう開けている。

そこに、遠慮はないけど、それが返って心地いい。


購買横のベンチに並んで座る。

高台にある学校から見える、夕方になるとつく商店街のアーチ看板。

点滅するそれをぼんやりと眺めていると、温かい缶の熱が、手のひらにじんわりと広がる。


「で、何?」


コーヒーをひと口飲みながら聞く。


「今日さ、彼と話せたんだよね」


嬉しそうに笑う顔を、当たり前みたいに隣で見ている。


「へえ、よかったじゃん」

「でもさ、やっぱり緊張しちゃって、全然うまく話せなかった」

「最初なんてそんなもんでしょ」

「そうかな」

「そうだよ」


僕が軽く笑ってみせると、彼女も安心したように笑った。

その顔を見るたびに、胸の奥が少しやわらかくなって、この距離感が心地いいと思ってしまう。


「なんかさ、あんたといると楽だよね」


缶を両手で持ちながら、彼女はそんなことを言う。


「急にどうしたの」

「だって、ちゃんと話聞いてくれるし」

「普通じゃない?」

「普通じゃないよ。みんな途中でめんどくさそうにするもん」


そう言って、少しだけ肩を寄せてくる。

僕の二の腕辺りを、肩でトントンしてくる。

その距離は、ほんの少し近い。


「まあ、僕は暇だからね」

「絶対、嘘」


すぐに否定されて、思わず笑う。


「嘘じゃないって」

「嘘だよ。でも、ありがと」


そう言って、顔を覗き込んでくる。


「あんたがいてくれてよかった」


一瞬、言葉の意味を取り違えそうになる。


——ああ、違う。


すぐにわかる。

その『よかった』が、どういう意味なのか。


「大げさだな」


軽く流すように言うと、彼女は首を横に振った。


「大げさじゃないよ。本当に思ってる」


その言葉はまっすぐで、たぶん嘘がなくて。

だからこそ、首輪が首に食い込んだ犬みたいに、少しだけ苦しい。


そのあとも、いつものように、何度も同じような時間が続いた。


購買。自販機。ベンチ。


ガゴン、ガゴン。


買う方は、じゃんけんで決める。

今日は僕が負けた。

だから、買う。


だけど、どちらかというと、負けたいと思っている自分がいる。

買ったときは少しだけつまらないから、彼女がパーを出す回数が多いことは言わないで、グウを出してる。

彼女のカフェオレを渡す。


「あんたは、本当に弱いわね」

「そうかな?」

「そうよ」


ただの幼馴染だったのに。

いつのまにか、そんな二人の距離が、散歩用のリードの距離みたいに当たり前みたいになっている。


「うーん、どうしたら、もっと話せるんだろう」

「今度はさ、課題の話をしてみたら?」

「課題かぁ。まあ、ありっちゃ、ありね。それ、採用」

「おお、やった」


そんなやり取りを繰り返す。


気づけば、いつも、彼女の好きな人のことを、誰よりも詳しくなっていた。

どんな人で、どんな話し方で、何が好きで、どんな時に笑うのか。


中学時代の好きな人から、今の人まで全部、知っている。


「ねえ、今度さ」


不意に、少しだけ緊張した声で言われる。


「うん?」

「彼とご飯行くことになった」


一瞬、時間が止まった気がした。


「おお、いいじゃん」


平気な顔で、そう言っている自分にいつも笑いそうになる。

堪えて、ほほえみに変える。


「ほんと?」

「うん。進展してるよ」

「そっか……」

「やっぱり、僕のアドバイスがいいからだね」

「なによ。でも、いつもありがと」


安心したように、少し照れたように髪に触れながら笑う。

その顔を見て、思う。

ああ、本当に嬉しいんだな、と。

それが、ちゃんと伝わってくる。


「楽しんできなよ」

「うん、だけど、やっぱり緊張する」

「大丈夫だって、二人でご飯に行くってことは、向こうも意識しているってことだから」

「そうかなぁ」

「今までもそうだったでしょ?」


僕は首をかしげる。


「そうだね。よし、がんばる」

「まあ、がんばりすぎないようにね。君は張り切ると失敗するタイプでしょ?」

「なにそれ。見てなさいよ。絶対にうまくやってみせるから」

「はいはい」


僕が軽くうなずくと、彼女は「なによ」とバシバシ叩いてくる。


「ちょっ、危ないって、カフェオレ、カフェオレ」

「ああ」


やっぱりこぼしたけど、僕と彼女に被害はなし。

無関係なベンチが被害を受けた。


帰り道、ひとりで歩く。

さっきまで彼女と一緒にいたせいで、妙に静かだ。

ポケットの中のスマートフォンが、なんか重く感じる。


カツ、カツ、カツ。


取り出して、なんとなくトーク画面を開く。

いつものやり取りが並んでいる。

相談と、返事と、少しの冗談。

あと、他愛もない会話。


面白い動画の話とか。

むかついた話とか。

友達の話とか。


それだけなのに、ちゃんと繋がっている感じがする。


「なんで、彼女が送ってくる動画のアドレスは、犬の動画ばかりなんだよ」


小さく笑って、僕たちがちゃんと繋がっているのは、ここだけなんだと思う。

僕たちはただの幼馴染で、僕たちを繋ぐリードを持っているのは、彼女。

手を離せば、離れる。

それ以上でも、それ以下でもない。


指で画面をなぞって、考える。


もし、ここで。

もし、今。

いつもと違うことを言ったら、この関係は、どうなるんだろう。


少しだけ、その先を想像する。

違う僕として、彼女の隣にいる姿、もしくは……。

本当に、少しだけ考えたけど、それだけで十分だった。


「……やめとこ」


電源を落として、黒になった画面をちょっと見つめて、ポケットに押し込んだ。

夜風が、少しだけ冷たい。


数日後。


「ねえ、聞いて!」


いつもより少し弾んだ声。


「どうかしたの?」

「うまくいったかも」


そう言って、嬉しそうに笑う。

その表情は、今までで一番明るかった。


「そっか」


僕は自然にうなずく。

もう何度もこうしてきたから、うなずきは本当に、自然。

自分でも、笑っちゃうくらいに。


「うん、まだわかんないけどね。でも、ちょっといい感じでさ」

「じゃあ、よかったじゃん」

「うん」


少し照れたように、視線を逸らす。

それから、またこっちを見て。


「ありがとね」

「何が?」

「いつも、いろいろ相談乗ってくれて」


それから、少しだけ間があって、いつものあのまっすぐ目で僕を見て、彼女が言う。


「あんたがいてくれてよかった」


同じ言葉、同じ声、同じ笑顔なのに、この瞬間に聞くときだけは、いつも少しだけ遠く感じる。

ふと、視線を落とす。

空になった缶が、足元に転がっていた。


さっき飲み終わってとりあえず置いておいたやつ。

もう、何も入っていない。


「……いつも、大げさなんだから」


それだけ返す。

それで十分だと思った。

それ以上は、いらない。

いらないと、思うことにした。


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