第29話(最終回):工作令嬢は今日も最適化
「……あら。アイアン、ここの関節駆動、少しだけトルクが落ちているわね。オイルの粘度を一段階上げましょうか」
建国から一年。
かつて凍てつくゴミ山だった北の地は、いまや世界で最も明るく、温かく、そして合理的な都市『アイアン・ワークス』へと変貌を遂げていたわ。
私は相変わらず、作業着の袖を捲り上げ、アイアンの足首のネジを精密ヤスリで調整していた。
「店長……相変わらずね。……CEOが自ら油まみれ。……広報担当が泣いてるわよ。」
アイアンの影で、リタが最新型の魔導タブレットを叩きながら、気だるげに呟いた。
彼女の周囲には、世界中から集まった最新の技術データがホログラムとして浮かんでいる。
「ふふ。現場の微細な異音に気づかない経営者なんて、ただの不良資産ですわ。……それよりリタ、南の緩衝地帯の状況はどうかしら?」
「……ああ、例の。……エドワードと聖女、まだあそこにいるわ。……毎日『私は王だ』『私の愛を返せ』って無限ループ吐いてる。……不衛生だから、フランカが定期的に消毒しに行ってるわよ。」
モニターには、瓦礫の中で泥水を啜り、かつて自分が捨てた「ガラクタ」を必死に磨こうとして、指を血だらけにしている元王太子の無様な姿が映し出されていた。
(……あら。磨けば光るとでも思っているのかしら。
構造的理解のない努力は、ただの摩耗でしかないのに。
彼らには、一生そこで自分の過去の過ちと向き合っていただくのが、一番のデバッグですわね)
「店長! 今日の配給用のカツサンド、十万食焼き上がりましたわ! 隠し味に天空牛のチーズをプラグインしておきましたの。ふふ、不衛生な不満なんて、これで一瞬で上書きされますわ!」
フランカが、おっとりとした笑顔で山のようなサンドイッチを運んでくる。
その後ろからは、ヴィンセントやラモン、そして移住してきた何万人もの職人たちが、アイアンを見上げて歓声を上げていた。
「アイアン・ワークス万歳! リゼCEO万歳!」
その声に呼応するように、アイアンが「ゴゴッ」と、腹の底に響くような、甘えるような重低音を響かせた。
(……ふふ。いいわ、アイアン。
貴方がこの国のメインフレームだものね。
私が貴方を磨き、貴方が皆を守る。この循環こそが、私の辿り着いた理想の設計図ですわ)
私は、アイアンの指先に腰掛け、フランカの持ってきたカツサンドを頬張った。
サクサクの衣、溢れ出す肉汁、そしてアイアンの排熱で究極に発酵されたパンの弾力。
「……美味しい。やっぱり、現場の味が一番ですわね」
空を見上げれば、かつての暗雲は去り、澄み切った青空が広がっている。
王都は消え、聖女の祈りも消えた。
残ったのは、確かな技術と、それを支える物理法則。
そして、一度これを知ったら二度と戻れない、圧倒的な快適さに骨抜きにされた、幸せな国民たち。
「さて、皆さん。おやつを食べたら、午後の定期検修に移りますわよ。
世界には、まだまだ直すべき不具合が山積みですもの。
工作令嬢の保守点検に、終わりはありませんわ!」
「「「了解です、店長!!!」」」
アイアンが、主の言葉を祝福するように、青空を突っ切るような祝咆を放った。
ゴミ山から始まった、私の構造改革プロジェクト。
これにて第一段階、完全完工ですわ。
さあ、次はどの国のバグを、物理的に掃除して差し上げましょうかしら?
工作令嬢リゼと、鋼の巨神アイアンの快撃は、これからも止まらない。
――本番環境は、まだまだ最適化の余地がありますから。
【工作令嬢:リゼ・D・アイアン――全29話・完結】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『追放された工作令嬢』はこれにて第一段階、完全完工ですわ。
……ですが、本番環境には、まだ“未最適化の領域”が残っているようです。
次に手を入れるのは――
王国でも都市でもなく、とある湿度90%の洞窟。
そこでは現在、カビと湿気を許さない“別の管理者”が、静かにリフォームを開始しています。
もしよろしければ、そのログも覗いてみてください。




