第26話:誰もいない王宮で一人震える王太子
「……し、信じられん。誰も、おらんのか。門番も、給仕も、宰相までも……!」
王宮の謁見の間。かつては豪華絢爛な装飾と、媚びを売る貴族たちの声で溢れていたその場所は、いまや氷点下の静寂に包まれていたわ。
エドワード王太子は、煤けて冷え切った玉座に深く沈み込み、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
聖女の暴走で魔導炉が物理的に爆発し、光も熱も失った王都。
暗闇と寒冷に耐えかねた民衆は、北の空に輝く「アイアン」を目指して、街を捨てた。
あとに残されたのは、動かないガラクタの山と、責任をなすりつけ合って逃げ出した不良在庫たちだけ。
「なぜだ……! 私は王太子だぞ! 正当な継承者だ! なぜ、あんな工作令嬢の、ゴミ磨き女のところに……!」
エドワードの咆哮は、高い天井に虚しく反響するだけ。
その時。
ゴゴゴゴゴ……ッ!! と、王宮の分厚い壁を震わせる重低音が響いたわ。
「な、なんだ!? 地震か!? それとも、あの化け物が……!」
エドワードが這いつくばるようにして窓辺に縋り付くと、そこには月明かりを遮るほどの巨大な影が立っていた。
アイアン。
私が増築し続けたその背中には、いまや一万人を超える民衆がひしめき、無数の窓から温かなオレンジ色の光が溢れている。
それは、死にゆく王都を見下ろす、不沈の移動国家の威容だった。
アイアンの右肩、張り出した観測デッキに、私は立っていたわ。
リタ、ヴィンセント、フランカ……私の優秀なリソースを従えて。
「あら。エドワード様。随分とお顔の色が不健康そうですわね」
アイアンの拡声スピーカーを通じて、私の冷徹な声が、凍りついた玉座の間へ叩きつけられた。
「リ、リゼ……! 貴様、何のつもりだ! その化け物を今すぐ止めろ! 私の民を返せ! 私の国を返せ!」
「……民? 貴方が『専門用語が多くて頭が痛くなる』と言って、メンテナンスを拒否したこのインフラの犠牲者たちのことですかしら?」
私は、手元にあるアイアンのコンソールを操作し、王都の全権を画面に表示させた。
「貴方が捨てた私の技術は、いまやこのアイアンに全移行を完了しました。
職人も、商人も、兵士も……誰も、貴方の脆弱な命令には応答しませんわ。
今の貴方は、接続先のない空のポインタ……ただの一般ユーザー以下の存在ですのよ」
「う、うるさい! 黙れ! 私は王だ! この国の……!」
「――いいえ。貴方は、自分を特権階級だと思い込んでいただけの、ただの運用音痴ですわ」
私は無機質な声で、最後通牒を突きつけた。
「エドワード様。貴方のアカウントは、たった今、私によって凍結されました。
これよりこの王都の全リソースは、アイアンが物理的に回収し、新しい国の資材として再利用させていただきます」
「ま、待て! やめろ! 壊すな!」
アイアンが「ゴゴッ」と、主の命に従って巨大な腕を振り上げた。
かつて私をゴミとして捨てた王宮。その象徴である尖塔を、アイアンの重機腕が物理的に解体していく。
バリバリバリッ!! という破壊音と共に、王宮の屋根が剥がれ、冷たい雪が玉座の間へ降り注いだ。
エドワードは、自分が愛した「権威」という名のガラクタが粉々に砕け散るのを、ただ呆然と見上げることしかできなかった。
「……リゼ……頼む、助けてくれ……! 寒くて、死にそうなんだ……! 昔みたいに、私を……」
「あら。返品不可ですわよ。あんなに威勢よく、私をゴミだと仰ったんですもの」
私は優雅に背を向け、暖かなサロンへと戻った。
アイアンの足元では、救出された民衆が、温かいカツサンドを頬張りながら、自分たちを捨てた王太子が強制終了される様を冷たく見つめていたわ。
王宮が瓦礫の山へと変わり、エドワードの叫びが吹雪の中に消えていく。
さあ、バグの駆除は終わりました。
次は、この真っ白な大地に、私の理想郷を完全ビルドする時ですわ。




