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第25話:民衆の民族大移動。

「……あら。王都の主導魔導炉(メイン・リアクター)、案外あっけなく沈黙しましたわね」


アイアンの観測デッキ。リタが投影した遠隔モニターには、王宮から立ち昇る黒煙と、完全に光を失った王都の死に際が映し出されていた。

 聖女が「愛」と称して注ぎ込んだ過剰魔力(ノイズ)が、ボロボロの回路を物理的に焼き切った結果よ。

 精神論で物理法則をねじ伏せようとした運営の致命的なバグ(人災)ね。


「店長、王都のゲートが開いたわ。……兵士じゃない。……丸腰の民衆。……大集団よ。……みんな、北を目指してる。」


リタが無機質な声で、歴史が動く瞬間を刻む。

 モニターの中、凍える暗闇を捨てた人々が、松明の火だけを頼りに雪原へと這い出してきていた。

 彼らが目指すのは、吹雪の合間から見える、真昼のように輝くアイアンの誘導灯(ビーコン)だ。


「あらあら。避難勧告(アナウンス)も出していないのに、随分と気の早いユーザー(移住希望者)たちですわね」


私は、アイアンの排熱で適温に保たれたココアを一口啜り、冷徹に受入態勢(キャパシティ)を計算した。

 (……ふふ。人は『誇り』や『愛』では腹は膨れませんし、暖も取れませんもの。

 一度インフラが死滅すれば、権威なんてただのガラクタ(スクラップ)

 彼らが求めているのは、もはや王冠ではなく、このアイアンが提供する圧倒的な生存環境(スペック)なのよ)


「ヴィンセント! 外郭デッキ(プラットフォーム)を開放して。ラモン、急ぎで仮設宿舎(プレハブ)の魔導暖房を最大出力まで上げなさい。フランカ、炊き出しのバッチ処理(大量調理)を開始してちょうだい」


「了解っす! 店長、雪原が人で埋まってますよ! これ、街が一つ丸ごと動いてるようなもんだ!」


「……ひいっ、店長! この人数を収容するなんて、アイアンの積載限界(ペイロード)を無視しすぎです! ……でも、やるしかないんですわね!」


従業員たちが、かつてない高負荷(フル稼働)で動き始める。

 アイアンが「ゴゴッ」と、新しい家族を迎え入れるために重厚なタラップを雪原へと下ろした。


数時間後。

 最初の一団が、アイアンの足元に辿り着いた。

 ボロ布を纏い、霜焼けで顔を赤くした職人やその家族たちが、アイアンの放つ温風に触れた瞬間、言葉を失って立ち尽くした。


「……なんだ、この暖かさは。王都の広場より、ずっと……ずっと天国みたいだ」


「見て、白いパンだ! 湯気が立ってる! 聖女様の祈りじゃなくて、本物の食べ物だ!」


フランカが差し出す、厚切りのカツサンドと温かいスープ。

 それを口にした瞬間、民衆の瞳からは涙が溢れ出した。

 一度リゼのインフラという(依存性)を知ってしまえば、もう二度とあの寒く、暗く、不潔な王都という旧システム(レガシー)には戻れない。


「店長。登録者数(移住者)、すでに一万人を突破。……アイアンの背中、もうパンク寸前(フル・ストレージ)よ。」


「いいわ、リタ。足りなければ増築(ビルド)すればいいだけよ。……私たちは、もう一令嬢の私有地(拠点)ではない。――動く国家としての管理者権限(ルート権限)、ここで完全に行使させていただきますわ」


私は、アイアンの操縦席から、遥か南で小さく煤けて見える王宮を見下ろした。

 あそこにはもう、守るべき民も、支える知恵も残っていない。


「さあ、王太子様。空っぽの玉座で、せいぜい王冠でも齧って寒さを凌いでくださいな。

 貴方の国は今、このアイアンにデータ移行(マイグレーション)を完了しましたわ」


アイアンが、主の勝利を祝福するように、夜空を震わせる咆哮を上げた。

 それは恐怖ではなく、新しい時代の起動音(ブート・サウンド)

 工作令嬢リゼによる、新経済圏(アイアン・ワークス)の建国まで、あと僅か。

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