第23話:王太子の出陣と、動かない禁忌兵器。
「全軍、前進! あの忌々しい鉄の塊と、生意気な女を、この国の歴史から消去せよ!」
漆黒の闇に沈んだ王都の正門が、重々しく開いた。
先頭に立つのは、黄金の鎧に身を包んだエドワード王太子。そして彼が「最後の切り札」として持ち出してきたのは、台車に載せられた巨大な鉄の筒……。
かつて商人が王宮へ納品し、私が「未完成品」として検収拒否した国宝の禁忌兵器――魔導巨砲『ジャッジメント』よ。
鈍く輝くその砲身には、古代の魔導回路がびっしりと刻まれているけれど、私の構造把握を通せば、それはもはや欠陥コードの集積体にしか見えなかったわ。
(……あら。やっぱり持ち出しましたのね。
私が指摘した通り、その回路は魔力飽和への耐性がゼロ。絶縁処理も甘ければ、魔力循環の同期もバラバラ。
あんなものに火を入れるなんて、裸で自爆スイッチを抱えるようなものですわよ)
アイアンの観測デッキで、私はリタが投影した遠距離モニターを眺めながら、ゆったりと椅子に身を委ねていた。
手元には、フランカが淹れてくれた温かいアールグレイ。
アイアンの排熱利用で常に最適に保たれた室温が、極寒の屋外を突き進む敵軍との格差を際立たせている。
「店長、敵の『ジャッジメント』がエネルギー充填を開始した。出力……想定の百二十パーセント。……あ、これ、メインフレームが耐えられないやつ。……熱暴走までカウントダウン開始。」
リタの報告通り、モニター越しでも分かるほど敵の兵器が真っ赤に加熱し始めている。
雪原を焼き、大気を歪ませるその熱量は、破壊の予兆ではなく、単なる廃熱処理の失敗に他ならない。
「聖女! もっと愛を注げ! あの化け物を一撃で焼き払うほどの、究極の出力を出すのだ!」
エドワードは馬上で剣を振り回し、顔を紅潮させて叫んでいた。
その横では、聖女が必死に両手を掲げ、ピンク色のノイズを兵器へ無理やり流し込んでいる。
「はい、エドワード様ぁ! 私の愛よ、届けぇぇぇ!」
聖女が「愛」と叫ぶたび、兵器内部の魔力圧は異常な数値まで跳ね上がる。
だが、その魔力は砲身を強化するどころか、複雑に絡み合った回路を物理的に圧迫させていたわ。
「……アイアン。一応、防護隔壁を最大展開しておいて。あの欠陥品が自爆した際、こちらに火の粉や破片が飛んでくるのは、掃除の手間が増えて非効率ですから」
私が指示を出すと、アイアンは「やれやれ」と言わんばかりに重低音を響かせ、追加装甲プレートを顔の前に掲げた。
「放てぇぇぇー!!! 逆賊リゼを、その傲慢な鉄クズと共に消し去れ!!!」
エドワードの絶叫と共に、禁忌兵器が唸りを上げた。
だが、放たれたのは破壊の閃光ではなく、喉に餅を詰まらせたような無残な不発音と、どす黒い煙だった。
ガシュンッ……ボフッ!
「……な、なんだ? 不発か!? 聖女、もっとだ! もっと愛を込めろ!」
「ええい、動け! 動け動け動けぇ!」
エドワードが兵器を乱暴に蹴り飛ばすが、回路はすでにフリーズしている。
当然。私が言ったはずよ。「納品検収してない未完成品」だと。
論理的な保守を無視し、感情の魔力で強引に動かそうとした結果が、この動作停止だわ。
「ふふ。エドワード様。エンジニアの検収印がない製品を本番環境に出すなんて……貴方、本当に仕様書を読まないのね」
私はアイアンの指先を、そっとその兵器の「脆弱な接合部」へと向けた。
そこには、私が去り際に「あえて指摘しなかった」細かな金属疲労のヒビがある。
「ラモン、ヴィンセント。観測データの準備はいいかしら? ……今から、不適切な運用者への、物理的な強制終了を実行しますわよ」
アイアンの指先から、目に見えないほどの超高周波振動が放たれる。
それは壊れかけの禁忌兵器に引導を渡す、最後の一押し。
「ゴゴッ!!(承知いたしました、店長!)」
アイアンが満足げに駆動音を響かせ、巨腕を振り上げた。
王都の最後の希望が、自らの重さと、王太子の無能さによって自壊するまで、あと数秒。
吹雪の戦場に、リゼ様の冷徹な笑い声だけが、静かに、そして残酷に響き渡っていた。




