第21話:怒りの咆哮を王都まで響かせる
「……アイアン。貴方も、このログを読みましたのね?」
私が問いかけると同時に、足元の重厚な装甲板が「ギュリ……」と、重苦しい金属音を立てて歪んだ。
アイアンの心臓部、メイン・リアクターの温度が、計測限界を突破する勢いで急上昇していく。
私と感覚同期しているこの巨大な相棒にとって、エドワードの吐いた言葉は、自身の存在意義を汚される以上の侮辱だった。
『完璧すぎて、自分の無能さが際立つ。見ているだけで胃が焼ける』
その低レベルな私情一つで、私が積み上げてきたメンテナンスの成果をゴミ山へ放り捨てた。
アイアンの節々から、高圧の蒸気が激しい警告音と共に噴き出す。それは悲鳴ではない。明確な殺意を帯びた駆動音だった。
「店長、アイアンの出力が限界突破してる! このままだと熱で内部回路が焼き切れる!」
リタが焦ったようにコンソールを叩くけれど、アイアンの感情制御はすでに物理的に焼き切れていた。
巨体がゆっくりと、地響きを立てて立ち上がる。
その巨大な頭部が、吹雪の向こう側――自分たちを捨てた、あの暗黒の王都の方角へと向けられた。
「あら。私のために、そこまで怒ってくれているの? ……でも、オーバーヒートはエンジニアとして感心しませんわよ」
私は、赤く加熱し始めた制御レバーに、そっと素手を添えた。
(内面:……よし。この有り余る怒りのエネルギー、そのまま王都への『挨拶』に転用してあげますわ。廃熱を内部に溜め込んでバーストさせるより、外部へ放出した方が構造的に正しいものね)
私はレバーを引き絞り、アイアンの発声ユニットに全電力をバイパスした。
「アイアン。その過剰な排熱、あの方たちに届けてあげなさいな。――最大出力、一斉掃射ですわ」
瞬間、アイアンの周囲から音が消えた。
空気が極限まで圧縮され、積もった雪が重力から解き放たれたようにフワリと浮き上がる。
一秒、二秒。
真空に近い静寂のあと、世界が爆ぜた。
「ゴォォォォォォォォォォッ!!!」
アイアンが全神経を震わせ、大気を引き裂くような怒りの咆哮を放った。
それは単なる音ではない。
数千トンの質量が咆えたことで生じた、物理的な衝撃波よ。
不可視の破壊エネルギーが、空気を強引に押し潰しながら、一直線に王都へと突き進んでいった。
――その頃、王都。
外壁の警備に当たっていた一人の若き志願兵は、暗闇の先、北の空から迫りくる「何か」に気づいた。
(……なんだ? 吹雪が、止まった?)
いや、違う。迫りくる巨大な空気の壁が、雪も風もすべて押し退けているのだ。
音が届くより早く、彼の頬を裂くような圧力が襲う。
「……音じゃない。何かが、来るッ!」
彼が叫び、盾を構えた瞬間。
ドンッ……!!! と、王都全体が巨大な槌で叩かれたような衝撃に見舞われた。
窓ガラスは砂のように砕け散り、王宮の尖塔がミシミシと悲鳴を上げる。
贅を尽くした大広間のシャンデリアが、支えを失って無残に床へと叩きつけられた。
それは魔法ではない。
ただの「咆哮」が空気を伝ってきただけの物理現象。
「ひっ、ひいいいっ! 呪いだ! 工作令嬢の呪いだぁぁっ!」
エドワードは、割れた鏡に映る自分の、あまりにも無様な顔を見つめながら、ただガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。
自分が「ゴミ」だと捨てたものの重さを、彼は初めてその鼓膜で、その肌で、その恐怖で知ったのよ。
一方、アイアンの背中。
一仕事を終えたアイアンは、少しだけ装甲の温度を下げて、満足げに「フシュー……」と高圧蒸気を漏らしていた。
「……ふふ。少しはスッキリしましたかしら? アイアン」
私は、まだ熱を帯びているアイアンの外壁を優しく撫でた。
(……よし。これで王都への宣戦布告は完了。
感情で喚くだけの王宮と、物理的な力で世界を震わせる私のアイアン。
どちらに生存の価値があるか、民衆もそろそろ自動検知し始める頃合いね)
私は冷えたココアを一口飲み、満足そうに喉を鳴らす相棒の鼓動を感じながら、北の空を見上げた。
私の瞳に宿るのは、怒りではない。
ただ淡々と、不適切な運営者を排除するための処理工程を見つめる、冷徹な色だった。
「ヴィンセント、リタ、皆さんも準備なさい。……次は、王都の中枢を根こそぎ奪い去るための大規模移転を開始しますわよ」
アイアンが「ゴゴッ」と、力強く、そしてどこか誇らしげな重低音を響かせた。
工作令嬢による、物理的な構造改革の幕が、今まさに切って落とされたのだから。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。




