第20話:世界を壊したのはバグではなく感情でしたわ
「……店長、データの吸い出し完了した。隣国の密偵、かなり深い階層まで潜ってた。王宮の裏帳簿、全部吐いたよ」
深夜のアイアン、観測デッキ。
リタが淡々と操作するモニターには、真っ白に洗浄された密偵の記憶から抽出されたログが、滝のように流れ落ちていた。
私は、アイアンの自動製粉で焼いたふわふわのシフォンケーキを口に運びながら、そのデータをスキャンした。
そこには、私が王宮を追放された「真の理由」が、目を覆いたくなるような醜い感情で綴られていた。
「あら。……これ、どういうことですの? 私の業務評価、無能につき追放だったはずですけれど」
モニターを覗き込んだラモンが、あまりの衝撃に言葉を失い、持っていたペンを床に落とした。
「……店長、これ……。王太子エドワードの極秘メモですよ。『リゼの出す報告書が完璧すぎて、自分の無能さが際立つ。見ているだけで胃が焼ける。あいつの顔を視界から消去しろ』……って、これ、ただの逆恨みじゃないですか!」
(……は? 納期を守り、コストを削減し、インフラを最適化し続けた結果が、上司のプライドを傷つけたからクビ? ……現場を舐めるのも大概になさいな)
データによれば、エドワードは私が提出する構造改善案を理解できず、それを「自分を馬鹿にしている」と被害妄想を膨らませていたらしい。
さらに、私が残した保守点検のマニュアルについても、ログにはこう記されていた。
『専門用語が多すぎて頭が痛くなる。こんな紙切れ、見るだけで不愉快だ』
そう言って、彼は国宝級の維持管理マニュアルを暖炉に放り込み、燃やしたのだ。
聖女を連れてきたのも、技術的な正論を言う私を黙らせ、自分の耳に心地よい言葉だけを聴くための感情的な代替案に過ぎなかった。
「……なるほど。脆弱性はシステムではなく、運営のトップにあったというわけね」
私は、怒りを通り越して、エンジニアとしての深い蔑みを感じていた。
一国のインフラを預かる者が、自分の小さなプライドを守るために、国の心臓部を管理していた私を排除した。
その結果が、今の王都の完全停止よ。
「あらあら。自分のプライド一つ守るために、国民全員を暗闇に突き落としたんですの? ふふ、救いようのない不良在庫ですわね」
厨房で食器を拭いていたフランカが、瞳に暗い灯を宿して微笑んだ。
私は立ち上がり、暗闇に沈む王都の映像を見据えて言い放った。
「エドワード様。無能であることは罪ではありませんわ。でも、自分の無能を自覚せず、理解できないものを排除した。そのツケが、今の停止なんですのよ。貴方は国を治めていたんじゃない。ただ、壊していただけですわ」
アイアンが「ゴゴッ」と、私の断罪に共鳴するように重低音を響かせた。
王都のマスターキーを握っているのは、もはや王宮ではない。
「リタ、ハンスに次の指示を。王都で『リゼが追放された真の理由』を、口コミで広めなさい。聖女の奇跡が効かないのは、王太子の傲慢が物理法則を怒らせたからだ、とでも味付けしてね」
「了解。……世論の書き換え、開始する。エドワード、明日には公開処刑ね」
(ふふ。エドワード様。貴方が必死に隠したかった劣等感、王都全域に一般公開して差し上げますわ)
王宮が暗闇と悪臭の中で、自分たちの無能さに咽せている頃。
私たちはアイアンという名の全自動楽園で、次の買収計画を練っていた。
王都の民が求めるのは、形だけの王冠じゃない。
温かいパンと、明るい夜と、論理的に正しい指導者なのよ。
「さあ、王太子様。貴方がゴミだと捨てたこの管理者権限、どれほどの価値があったか……身をもって検収していただきましょうか」
私の瞳には、もはや王都を救う慈悲などない。
不適切な運営者を排除し、世界を正しくリビルドするための、冷徹な青写真が輝いていた。
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