第19話:隣国の密偵がアイアンに侵入。
「……店長、未登録のデバイスが侵入した。アイアンの左脚、第三関節のハッチから。……ネズミが紛れ込んだみたい。」
深夜。アイアンが雪原で静かに待機電力に入っている中、観測デッキでリタが淡々と報告を上げた。
モニターには、漆黒の隠密服に身を包んだ男たちが、アイアンの巨体をただの建物だと思い込み、機密を盗もうと内部へ這い上がってくる姿が映し出されている。
「あら。夜分遅くに無許可アクセスかしら。隣国の密偵さんたち、私の現場のセキュリティを甘く見すぎですわね」
私は温かいココアを啜りながら、厨房で優雅にエプロンを整えているフランカに視線を送った。
「フランカ。お客様がいらしたわ。でも、随分と不衛生な格好をされているの。現場の清浄度を維持するために、適切な処置をお願いできるかしら?」
「あらあら、お任せくださいな。店長の聖域を汚す不潔なノイズは、一粒残らずお掃除して差し上げますわ」
フランカがおっとりとした笑顔で、特製の自動防犯滅菌スプレーを手に取る。
その瞳からハイライトが消え、排他モードへ切り替わった彼女の後ろ姿は、どんな攻撃魔法よりも恐ろしい威圧感を放っていた。
一方、アイアンの内部通路。
「……待て。なんだこの空気は。外は吹雪だというのに、湿気も埃っぽさも微塵も感じない」
密偵のリーダーが、鼻をひくつかせて足を止めた。彼は隣国でも名の知れた隠密だった。
「リーダー、早く奥へ! 魔導回路を奪えば、我が国の技術は一気に……」
「動くな! ……この空気、ただの清潔じゃない。肺の奥まで洗われるような、不自然なほど澄み切った無菌状態だ。戦うな、退け! これは施設そのものが敵だ!」
リーダーが本能的な恐怖で叫んだ瞬間、通路の先から柔らかな、けれど氷のように冷たい声が響いた。
「あら? 退去される前に、まずは初期化が必要ではありませんこと?」
通路の闇から現れたのは、白いエプロン姿のフランカだった。
密偵たちが慌てて武器を構えるが、彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべたまま、スプレーのノズルを向けた。
「汚れは、存在してはいけませんの。安心してください。すぐに“無菌”にして差し上げますわ」
シュゴォォォォォッ!!
放たれたのは、高濃度界面活性剤と魔力中和剤を混合した超高圧の滅菌霧。
それは密偵たちの隠密魔法を物理的に剥離し、着ていた魔導服の機能を一瞬で無効化させた。
「ぎゃあああッ!? 目が、目が洗われる! 鼻の奥まで洗浄されるぅぅっ!」
「……リーダー、助けて……綺麗になっちゃう、俺の隠密スキルが……消える……!」
「ひっ、来るな! 化け物め!」
リーダーが必死に短剣を突き出すが、フランカはそれを最小限の動きでかわし、至近距離からスプレーを噴射した。
「ふふ、お掃除しがいがありますわね。皆様、綺麗になれば静かになりますわ」
密偵たちは、フランカの放つ圧倒的な清潔への執念に精神をハックされ、戦う気力すら失ってその場に泡を吹いて倒れ伏した。
数分後。
通路には、新品のシーツのように真っ白な布で完全拘束された「綺麗な密偵」たちが転がっていた。
「店長、害虫駆除完了いたしましたわ。次は、この不要なリソースから情報を抽出いたしましょうか?」
フランカが何事もなかったかのように微笑む。
私は頷き、アイアンの感覚系を密偵たちの意識に繋いだ。
王宮が暗闇の中で「誰が悪いか」と責任を押し付け合っている間に、私たちは隣国の動向さえも、この快適な拠点の中で着実に解析し始めていたわ。
「……あら。面白いデータが流れてきたわね。私の権限削除、単なる無能の切り捨てじゃなかったみたい」
モニターに流れる密偵の記憶断片を眺め、私はティーカップを置いて不敵に目を細めた。
そこには、私が知るはずのなかった、王宮の醜悪な設計図が記されていた。
「リタ、次の解析フェーズに移りなさい。ゴミ箱の底に隠された、本当のバグの原因をすべて暴いてあげるわ」
アイアンが呼応するように、夜の闇を裂くような重低音を響かせた。
王宮の暗闇が深まれば深まるほど、私の手元の情報精度は上がっていく。
「さあ、王太子様。貴方の脆弱性、隅々まで非破壊検査して差し上げますわ」
私の瞳には、暗黒の王都を物理的にではなく、論理的に崩壊させるための新しいプランが、鮮やかに描かれていた。
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