第17話:聖女の祈りより物理的ろ過の方が澄んでいますわ
「店長……王都の市場データ、上がってきました。……ハンス、やりすぎ。……王都の物価、垂直落下してるわ。」
アイアンの観測デッキで、リタがいつにも増して気だるげに、けれどその瞳には愉悦の色を浮かべて報告した。
モニターに映し出されるのは、王都の裏通り――かつては犯罪の温床だった闇市が、今や「リゼ製」の特需に沸き返っている光景だったわ。
「ふふ、いい初期速度ね。ハンス、現地の実地報告を聞かせてちょうだい」
通信魔導具から、興奮で息を切らしたハンスの声が響く。
「お嬢様! 凄まじいことになってますよ! あなたの『永久輝灯』と『魔導フィルター』、出した瞬間に完売です! 今や王都の民は、王宮が配給する泥水を聖女様の祈りで浄化するのをやめ、私の店でリゼ様のフィルターを奪い合っています!」
「あら。聖女様の祈りにも、ようやく賞味期限が来たのかしら?」
「祈りで水が綺麗になるのを待つより、この物理的な筒を通した方が一瞬で透明になる……。その即効性に、民衆の支持率が完全に寝返りました! 今や裏通りでは『祈りよりリゼ様の道具』という合言葉が標準言語ですよ!」
私はティーカップを傾け、窓の外の雪景色を眺めたわ。
王宮が「伝統」と「奇跡」という名の前時代的なシステムに固執している間に、私は利便性という名の暴力で、彼らの権威を物理的に削り取っているのよ。
「ハンス、次は追加パッチを投入なさい。アイアンが挽いた『超微細小麦粉』のパンよ。これにバイソン肉を挟んだカツサンドを、まずはVIP層へ高値で売りつけなさいな」
「くくく……承知しました。王宮の腐った貴族どもに、本物の美食を叩き込んで、二度とあんな家畜の餌に戻れない体にしてやりましょう!」
通信が切れると同時に、厨房から「あらあら」とおっとりした声が聞こえてきた。
「店長、王都から引き抜いてきた職人さんたち、もうすっかり最適化されましたわ。見てくださいな、この手際の良さ」
フランカが指差す先では、昨日まで王都で絶望していた配管工や鍛冶師たちが、鏡面仕上げの肌を輝かせながら、アイアンの精密旋盤を使いこなして量産体制に励んでいたわ。
「す、すげぇ……。王都の工房で一ヶ月かかる精錬が、ここではアイアンの排熱だけで終わっちまう……!」
「もう王都なんて戻りたくねぇよ。あそこは|暗い・汚い・納期が厳しい《ブラック》だったが、ここは|明るい・清潔・飯がうまい《ホワイト》すぎる!」
「店長! 次の生産ロット、入ります!」
(ふふ。人材流出も順調ね。有能な者ほど、不条理な精神論より、明快な論理と圧倒的な設備に惹かれるものよ)
一方、王都の中央広場では、民衆の不満が爆発寸前になっていた。
王宮が必死に「聖女様の祈りによって、明日には光が戻る」という公式声明を流し続けているけれど、その横で闇市から流れてきた「リゼ様のランプ」が煌々と夜を照らしているのだから。
「聖女様、お願いです! この暗闇を払ってください!」
民衆の悲鳴に、王宮のバルコニーに現れた聖女が、真っ青な顔で祈りを捧げる。
けれど、魔導炉の基板が物理的に焼き付いている以上、いくら魔力を流し込んでも、システムは応答を返さない。
「……どうして!? 私の祈りが、届かないなんて……!」
聖女の叫びは、虚しく夜の闇に消えていく。
そのすぐ下の街角では、子供たちがリゼ様の魔導ランプを囲んで、アイアン印のパンを頬張りながら笑っていたわ。
「ママ、王宮のパンより、こっちの方がふわふわしてて美味しいよ!」
「ええ、本当に。聖女様の奇跡より、この『工作令嬢』の道具の方が、ずっと私たちを助けてくれるわね……」
その会話を、リタの放った偵察ドローンが確実に記録していた。
「……店長、おめでとう。……王都の世論、完全に掌握したわ。……聖女の奇跡、もはやただのバグ扱い。」
リタの報告を聞きながら、私はアイアンの操縦桿に手を置いた。
「ふふ。物理的な不具合を精神論で治そうとするから、そんな無様なログを吐くのよ。無能な管理者に、最後通牒を突きつける準備をしましょうか」
アイアンが「ゴゴッ」と、同意するように重低音を響かせた。
王都の心臓部を握っているのは、もはや王宮ではない。
吹雪の森を彷徨う、この移動式ホームセンター――アイアンと、私なのよ。
「さあ、次は誰を買収しましょうかしらね!」
私の瞳には、暗闇に沈む王都の再起動のプランが、冷徹に、そして鮮やかに描かれていた。
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