第16話:巨大ゴーレム、どうやらパンがお好みのようですわ
「……あら、アイアン? なんだか今日は出力が落ち着かないわね」
早朝。アイアンの心臓部である魔力炉の数値をチェックしていた私は、コンソールに表示される微かなノイズに眉をひそめた。
故障ではない。むしろ、何かに期待して待機電力を上げているような、あるいはワクワクと胸を躍らせているような、そんな奇妙な自己主張を感じるの。
原因は、すぐ横の厨房から漂う芳醇な信号……。
昨日、ハンスが王都から「命がけで」運び出してきた最高級の小麦。それを石窯で焼き上げた、リゼ特製の焼きたてパンの香りに他ならないわ。
「ゴゴッ……。ゴゴゴォ……ッ」
アイアンの巨体が、まるで喉を鳴らす猫のように低く、満足げに震えた。
「店長、アイアンの内圧が異常上昇しています! 警報は出ていませんが、全回路が励起状態です! まさか、このパンの匂いに反応しているんですか……!? ゴーレムが『食欲』を持つなんて、そんな仕様書、どこにも載ってませんよ!」
見張りから戻ったラモンが、計器を二度見して叫んだ。
「あら。私のアイアンは、ただの鉄くずじゃないもの。私の魂を移植した以上、美味しいものへの執着まで学習してしまったのかしら」
私は笑って、焼き上がったばかりの巨大なパンの端切れを、アイアンの外部吸気口の近くに置いてあげたわ。
魔力で構成された擬似神経がその香りをスキャンした瞬間――。
――ピキィィィィィィィンッ!!!
アイアンの全身にある魔力回路が、見たこともない琥珀色の光を放ち始めた。
『――未開放パーティションの強制マウントを確認。超高速製粉モード、オンライン』
脳内に、アイアンからの直接通信が流れ込む。
どうやら私のパンへの高評価がトリガーとなって、古代の設計者が隠していた「家事・生産支援用」の特殊回路が起動したみたいね。
「な、なに!? アイアンの手が、変形していく……!?」
食堂の椅子でだるそうにしていたリタも、思わず身を乗り出した。
アイアンの巨大な手のひらから、無数の極小回転刃がせり出し、まるで精密な自動工場のように高速回転を始めたわ。
「いいわ、アイアン。その有り余る情熱、この小麦の処理に使いなさい!」
私はハンスが持ち込んだ数トンの小麦袋を、アイアンの前に積み上げさせた。
「ゴゴッ!!」
アイアンの巨大な手が、まるで愛しい恋人を抱きしめるように小麦の山を包み込む。
次の瞬間。
ザアァァァァッ!! という、砂時計の砂が落ちる音を何万倍にもしたような、心地よい粉砕音が響き渡ったわ。
アイアンの手の隙間から溢れ出したのは、これまでの手動加工では考えられなかったほど粒子が細かく、均一に整えられた超微細小麦粉の白い濁流だった。
「バ、バカな……! 王都の国営粉挽き場が巨大水車三つ回して三日かかる量を、たった一分で……!? しかもこの細かさ……不純物が完全にデリートされている! これなら、口の中で溶けるようなパンが量産できるじゃないか!」
ラモンがその粉を手に取り、信じられないものを見る目で震えている。
「……店長、これやばい。……王都のパン、マジでただの砂になるわ。……私の肌のキメより細かいかも。……嫉妬する。」
リタが指先で粉を弄りながら、感情の起伏を最小限にして呟く。
「ふふ。これで供給体制のボトルネックが解消されたわね。リタ、在庫管理の最適化を。フランカ、あなたは職人たちを使って大量生産の準備をなさい!」
「了解。……この粉なら、私の理想の白が作れるわ。……王宮の食卓を過去の遺物にしてやる。」
「あらあら。お風呂上がりの職人さんたち、いい運動になりそうですわね。ふふ、粉にまみれても私がすぐに初期化してあげますから、安心して働けますわよ」
リタは冷めた瞳で、フランカはおっとりとした笑顔で、それぞれのタスクに取り掛かる。
昨日まで絶望していた王都の職人たちも、アイアンが叩き出す圧倒的な生産効率を目の当たりにして、もはや思考停止する暇もなく現場に引きずり込まれていった。
「な、何なんだこのゴーレムは……! 指先がメスになったかと思えば、今度は粉挽き機だと!? これ、伝説の魔導機兵じゃないのかよ!」
「無駄口叩かないで。……次は発酵温度の監視。……ミスったらデリートよ。」
リタのローテンションな脅しに、職人たちは「ひいっ!」と声を上げて持ち場に走る。
(ふふ。彼らもいいリソースになりそうね。アイアンの排熱で発酵させ、アイアンの高速回転で挽いた極上のパンに、あのバイソンカツを挟む……。これこそが、王都を市場崩壊させるための最強の戦略物資になるわ)
アイアンは満足げに、さらに「ゴゴッ」と低音を響かせながら、次々と小麦の袋を処理していく。
その巨大な腕は、もはや戦うためだけのものではない。
私の野望を支える、世界最強の食品加工プラントへと進化したのよ。
「さあ、ハンス。この粉で作ったパンを、まずは闇市へ先行リリースなさい。王都の民に、本物の『白』を教えてあげるのよ」
ハンスは、山積みになっていく真っ白な粉の袋を見つめ、ガタガタと震えながらも商人の不敵な笑みを浮かべた。
「……承知しました、店長! これ、パンの形をした破壊兵器ですよ……! 王宮の連中、今頃は自分たちの食卓が陳腐化していることにも気づいてないんでしょうねぇ!」
吹雪の森の中で、煌々と光り輝くアイアンの影。
そこからは、絶え間なく香ばしい匂いと、新しい時代を刻む駆動音が響き続けていた。
王宮が暗闇の中で、わずかな魔力を奪い合っている頃。
私たちはアイアンという名の全自動楽園で、王都を買収するための総攻撃を開始したのだから。
「さあ、アイアン。次のバッチはもっと美味しくしてあげるわよ。だからしっかり働きなさいな」
「ゴゴォッ!!(了解、店長!)」
アイアンの返事は、これまでで最も高出力で、そしてどこか誇らしげだったわ。
(……ふふ。アイアンの『食欲』という隠しフラグを引いたことで、生産力が指数関数的に向上しましたわ。
これで王都の胃袋を掌握する準備は完了。職人たちもフランカさんの徹底管理とリタさんの論理攻めで、すっかりホワイト社畜してくれましたわね)
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