打ち切り
ナビゲーターことキマイラ町娘さんがマンガの世界でこんしまちゃんと向き合い、大きな縫い針のような杖を振った。
が、以前のときとは異なり、拘束用の壁は出現しない。
「おや、さすが闇のマンガ家の世界。すでにワタシの行動はある程度封じているということですかー。ワタシを雑魚キャラにでも設定してるんですかね?」
ウサギの耳をピクピクさせる町娘さん。
すると、自分のそばに浮くヘイトシグナルの手鏡とは別の姿見が背後に出現した。
姿見の鏡面が波紋を作り、なかからアユに似た魚が飛び出してくる。
「ではワタシの眷属をあやつった場合はどうでしょう」
アユは魚雷のように突き進み、こんしまちゃんのおへそに直撃した。
教室のゆかに横倒しになるこんしまちゃんを見てキマイラ町娘さんが目をパチクリさせる。
「あっさり攻撃を通すとは……どうやらあなたはこのマンガの主人公ではなかったようですね。覚悟!」
町娘さんは燃えている外套を羽織っていたけれど、それを脱ぎ捨ててこんしまちゃんに投げつけようとした。
が、ハッとして手をとめる。
自分のそばに浮くヘイトシグナルが青緑から黄色に変わっていたからだ。
すでに町娘さんは知っていた。
ヘイトシグナルは読者のヘイト値に従って光の色を変える。そうして赤いヘイトシグナルを点灯させたキャラは作者権限によって消されるのだ。
「無抵抗のこんしまちゃんを攻撃したからワタシのヘイト値が上がってしまったというわけですか。そしてあなたはこのまま追撃を受けることによって、ワタシのヘイト値をさらに稼ごうとしたようですね~」
「作戦はすでにバレているみたいだね……」
むくりと起き上がるこんしまちゃん。
「ナビゲーターさんは自分の保有する今週のしまったポイントを消費して……すでに転生した世界1つの様子を見ていたってことなんだよね……? それでシマッタ王とアルベスさまの作戦会議も筒抜けだったんだ……。そう考えれば……かみしゃまの見た目がチョウから子どもの姿になっているとあなたが知っていたのもうなずける」
「今ごろ気づきましたか。こんしまポイントで世界を合体させることができるなら、のぞき見だってそりゃできちゃうんですわー」
「そっか……魔王として勇者にやられたあと、わたしはウユニ塩湖みたいな場所で目覚めたけれど……その時点でナビゲーターさんは水面に勇者の様子を映していたね。あれもこんしまポイントを消費した結果だったんだ……」
「事前にそのことをちゃんと思い出しておけば、ワタシがこんしまちゃんたちの作戦に気づいていると察することができたかもしれないのに……おまぬけでしたね。で、ヘイトシグナル以外にもワタシを仕留める策があるんでしょう?」
外套を羽織りなおし、町娘さんが流し目を送る。
「使ったらどうです、15ポイント」
「……そこまで読んでいるんだね」
今週のしまったポイントを15消費すれば、既知の世界1つを消滅させることができる。マンガの世界でも、魂の反転である「しまった」の力は有効である。
このマンガの世界を指定し、ナビゲーターごと消滅させることに成功すればこんしまちゃん陣営の勝ちが確定する。消滅という言葉からして、新たな転生も不可能かもしれない。
「だけどその手を使うのは難しい……」
「どうしてです。闇のマンガ家に頼んであなただけをマンガから出してもらったうえで消滅させればワタシと心中する必要もないんですよ」
「そうじゃない……やっぱりナビゲーターさんを簡単に消滅させたくないだけ。あなたが世界を合体させてみんなを混乱させたのは事実だけど……ここでナビゲーターさんが消えて終わりというのは、なんかモヤモヤするの」
「あまりよろしくない態度ですね」
キマイラ町娘さんの青い目がこんしまちゃんのヘイトシグナルに向かう。
その光は青緑ではなく黄色に変じていた。
「前に気をつけるよう言いましたよねー。ヘイト値が高まっているキャラをヘタにかばおうとすると、こんしまちゃんもヘイト対象になってしまうって」
「わたしはあなたをかばってないよ……」
「口ではどうとでも言えます。なんにせよワタシは特大の『しまった』をいただくため――そしてコウモリの世界が消滅させられたことに対する逆恨みを晴らすため、あなたを利用しつくしますよ」
空中を泳いでいたアユが再び動きだす。
こんしまちゃんはとっさに反応して突進をさけた。
アユは猛スピードで飛ぶ。
ついでキマイラ町娘さんの胸に刺さった。
心臓に食い込んだためか、町娘さんがパタリと倒れる。
慌ててこんしまちゃんが駆け寄り脈を測ると、生命活動がとまっていることが分かった。
「しまった。ナビゲーターさん……キマイラまちむ……っ?」
が、ここでこんしまちゃんの言葉が途切れる。
体も自由に動かせない。代わりに口が勝手に動く。
『無事、こんしまちゃんに転生することができたみたいですね』
意思とは関係なく言葉が続く。
『さっきはわざといのちを落としました。さらにポイントを使ってワタシ自身がこんしまちゃんを次の転生先に指定したんです』
確かに5ポイント払って「1週間に1度はしまったと言う女の子」という特徴を指定すれば、こんしまちゃんに転生するのはたやすい。
『マンガの世界であるためか、火の玉は出なかったようですね~。かつ、自分の体にワタシが寄生しているとこんしまちゃんが自覚しているのは、転生先のあなた自身もこんしまポイントの使い手だからでしょう』
ナビゲーターがなにをするつもりなのか、こんしまちゃんは想像がついた。
『ワタシ自身がこんしまちゃんに転生するという策はできればギリギリまで隠しておきたかったんですけど、この状況を確実に脱するにはこれしかないのでね』
「させません……っ」
教室の天井から、やや低めの女の人の声がした。
読者役も務めていた闇のマンガ家の声だ。
しかしナビゲーターは焦らず、闇のマンガ家に手を打たれる前にこんしまちゃんの口を借りてつぶやく。
『15ポイント消費してこのマンガの世界を消滅させる』
他人名義のクレジットカードを使用したようなものであり、かつ、それをとめる仕組みもないから、ナビゲーターではなくこんしまちゃんのポイントが強制的に支払われる。
あたりに、黒い水に似た闇が生じた。
そしてこんしまちゃんの体が淡く光る。
『転生のルールは忘れていませんよね。役目を終えたのでワタシはこんしまちゃんの体から出ていきます。だからあなただけが消滅するんですよ』
ナビゲーターは「しまった」という言葉を聞きたくてわざわざ説明しているようだけど、こんしまちゃんは自分でしゃべれない状態だ。
『役目とは、転生した体を持つ本人が心の底から願うこと。そもそもあなたの本来の目的は世界消滅を防ぐことではなく、転生をくり返してもとの世界に帰ること。果てしない再転生のループから抜け出すことのはずです。その願いが、今かなおうとしているんです。したがってワタシはしっかり役目を果たしたことになるんですわ~。さよならっ』
「しまった」
その口癖をこんしまちゃんの意思で発したときには、すでになにもかも遅かった。
闇が教室の机もヘイトシグナルもキマイラ町娘さんの遺体も飲み込んでいく。
当然、こんしまちゃんの体も闇に食われる。こんしまポイントを消費することもできないし、闇のマンガ家に助けてもらうこともできない。
「しまった……」
消滅は、打ち消しのできない決定事項な
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☆今週のしまったポイント:-12ポイント(合計17ポイント)
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こんしまちゃんはまばたきして、目の前の町並みを見た。
そこは、自分のもといた世界の通学路だった。
背中にコブのある世界にも似ているけれど、道行く人々の背中はとくに盛り上がっていない。
(あれ……わたし、マンガの世界と一緒に消滅したんじゃ)
戸惑っていると、後ろから優しく声をかけられた。
こんしまちゃんの好きな、ツリ目の男の子がそこにいた。
「おはよう、こんしまちゃん」
「――くん」
名前を呼び、思わずこんしまちゃんは彼の胸に顔をうずめた。
その心臓の鼓動も体温も、本物である。
次回「平穏と」に続く……




