宝箱って奪われるもんじゃないの?
「こ、このクリガキ~っ!」
モコモコの繭からこんしまちゃんを解放したミズキに対し、キマイラ町娘さんが激昂する。
――と思いきや、両腕を振って深呼吸した。
「ふー、シマッタ。……ワタシとしたことが人の口癖を口にしてしまいました。シマッタひとすじなのに浮気してはいけませんね」
さっきまでこんしまちゃんを捕らえていたモコモコが縮み、飛翔した。
輪っかの形状に戻り、キマイラ町娘さんの左太ももに再びハマる。
「じゃ、また逃げますか。ずっとこんしまちゃんと追いかけっこするのも退屈ですので、もうすぐ決着をつけてやりますけど」
「その前にボクから逃げられるかな?」
炎のチョウの姿をしたかみしゃまが、キマイラ町娘さんの眼前に立ちはだかる。
火の粉が散り、分裂し、町娘さんを取り囲む。
しかしキマイラ町娘さんは後退。
後ろに浮く姿見の鏡面に体を沈ませた。
波紋と共に町娘さんが鏡のなかに消える。
かみしゃまも続こうとしたけれど、姿見は瞬時に霧散した。
「自己に付属する鏡そのものを空間の切れ目にしたのか」
ついでかみしゃまは、こんしまちゃんに貼り付いた白い壁に体当たりし、コナゴナにした。
こんしまちゃんはかみしゃまとミズキにあらためて感謝を伝える。
「クリクリありがとうございました……」
「どういたしましてさっ」
気さくにかみしゃまが返事をする。
「でもクリクリって?」
「しまった……意味が通りませんね」
「……やっぱその口癖は、こんしまちゃんだな」
ミズキが水でできた服をパシャリと言わせる。
「てめえの魂がいろんな世界を渡り歩いているっつう話も、いよいよ信じるしかなくなっちまったってわけだ。そういやあぐりには、いろんな姿になってるとも言ってたよな。今の姿もその1つってことか」
「そうだよ、ミズキちゃん……」
こんしまちゃんは制服の裾をつかんだ。
そして、さっき名前の出て来たキツネ耳の女の子のことを心配する。
「ところであぐりちゃんは……?」
「あぐりは、つながっちまった2つの世界の人たちを結び付けるのに奔走してる。ネオ・バロメッツを管理しながら巨大生物にも対処しなきゃなんねえけど、みんなで力を合わせてなんとかやってるっつーの」
「……だ、だいじょうぶかな。あぐりちゃん……」
もともと、あぐりはバロメッツの世界で迫害されていた。
だから巨大ブタのエサにもなっていたのだ。
そのあぐりが、もとの世界の人とうまく交渉できるのかこんしまちゃんは不安だった。
しかしミズキが水を飛ばしてこんしまちゃんの手を小さく濡らした。
「心配してるみてえだな。だけどウチら精霊の血を引くみんなで、向こうのヤツらに忠告しといた。あぐりをひどい目に遭わせたらひどい目に遭わせるぞってな。そして……バロメッツから生まれてくるいろんな耳を生やした人たちもウチらは見つけたが、向こうのヤツらがそいつらをぞんざいにあつかっているようだったから、2度とそんなことすんなってしっかり言い聞かせといた!」
「ミズキちゃん……ありがとうっ」
「な、なんでてめえが礼を言うんだよ。感謝されるにしても、あぐりたちのために尽力したのはウチだけじゃねえ。いろんな人種のヤツらが向こうのヤツらに言ったんだ。いろんな耳が生えていたって別にいいじゃないかってな」
「そう、みんなが……本当によかった」
「あの~、キミたち。そろそろいいかな?」
盛り上がっているところに、かみしゃまが遠慮がちに声をかける。
「ナビゲーターがどこの世界に行ったのか分からない以上すぐに追うことはできないけど、ちょっと今のうちにやっておきたいことがあるんだよー」
「……前にウチも見ていた炎をまとったハムスターがナビゲーターだったんだよな。で、今はさっきのクリ金髪に姿を変えているわけかよ」
「じゃ、じゃあわたしが今週のしまったポイントを消費してそれぞれの世界を閲覧して捜したほうがいいでしょうか……」
「いや、その前にミズキにあるものを見つけてもらいたいのだっ!」
かみしゃまがチョウの姿のまま胸をそらした。
「そもそもこんしまちゃんはツッコんでくれなかったけど、どうしてボクとミズキがこの消滅した世界に来たと思う?」
「しまった……わたし、ツッコむのを忘れてた」
「だからセルフツッコミさ。……もともと、ボクはこんしまちゃんを助けようとしてたわけじゃない。ボク自身の名前を一緒に発見してほしくて、ミズキを連れてきたんだよ」
「言ってる意味が分かんねえな」
ミズキが大きく首をかしげる。
「すでにてめえには、かみしゃまっていうクリみてえな名前があんだろが」
「そこを矛盾と思わなかったかな」
「あん?」
「話したことがあるよね。1億年前、精霊には名前がなくて人間には名前があったんだって。だけどボクはその時点で名前を持っていた。『かみしゃま』という名前をね。永遠不滅の存在なのに、まるで人間みたいじゃないか」
確かに、人間ではないはずのかみしゃまに「かみしゃま」という名前が与えられていたのは、世界観的に矛盾であった。
「ボクは精霊と人間とのあいだに産まれた子どもの両側面を大切にするために名前を隠すことを思い付いた。でも、そもそもこの折衷案を提示できたのは最初からボク自身がボクの本当の名前を隠していたからなんだよ。だってボクの本当の名前がさらされたら、当のボクが名前を持つ人間的なものに格落ちしちゃうもん。でもみんなに認識してもらうためにダミーの名前は必要だった。それが『かみしゃま』ってわけ」
「なら……かみしゃまの本当の名前は見つけないほうがいいんじゃないんですか」
「今まではそうだったんだよ、こんしまちゃん。でもいろんな世界が危機におちいっている以上、ボクも本当の名前を――ひいては本当の力を取り戻さなくちゃいけない」
名前と本来の力が結び付いているのは、なんか神話的である。
「あと、名前を人間的なものとして隠すことのない世界と混ざったことで、精霊人種の暮らす世界の在り方が変わった。そうなった今、ボクが名前を持っても即座に人間的なものに落ちるわけじゃなくなった……というのも大きいかな」
「じゃあなんでわざわざウチと一緒に来たんだよ。てめえだけで名前とご対面すりゃいいだろ」
「ミズキ……ボクの名前はだれかに見てもらわないといけないんだ。だってボク1人だけが認識した名前はウソかもしれないから。キミという証人がいてこそ、ボクの本当の名前は本当になるんだよ」
「なに言ってんだか意味不明だっつの」
「ともかく一緒に見てほしいってことだよー。この際だからこんしまちゃんも付き合ってほしいな。……おや」
かみしゃまの羽がパタパタ動く。
「見つけた。実は火の粉をあたりに飛ばして洞窟内を探っていたんだ」
そう言って奥に向かうかみしゃまに、こんしまちゃんとミズキがついていく。
背中を見せつつ、かみしゃまが話を続ける。
「ではなぜここで名前を見つけようとしているのか? ボクがみんなの名前を、この世界に続く空間の切れ目に隠していたからさ。かみしゃまとしてボクは、世界と世界をつなぐゲートに気づいていたんだよ」
「もしかして……」
こんしまちゃんが小さく手をたたいた。
「わたしとミズキちゃんの名前が隠れていた滝の裏の洞窟も……実はこの鍾乳洞の世界に続いていたんですか」
「そういうこと。ただしみんなが異世界に迷わないよう、利用したゲートの先はいつも閉鎖された行き止まりにしてたんだ」
「……なんかやっぱクリ意味分からんわ」
肩を持ち上げ、かぶりを振るミズキ。
「洞窟んなかの箱に入ってたこんしまちゃんの名前はともかく、ウチの名前はかみしゃまが変形して出て来た紙に書かれてたじゃねえか」
「ボクそのものも空間の切れ目をいくつか内包しててね。あのときはそこからミズキの名前をポロリしたのさっ」
「クリ嫌な言い方すんなよ……理屈は分かったけど。ようは、ここを名前の倉庫にしてたってわけだ」
「といってもかみしゃま……」
こんしまちゃんが疑問点をぶつける。
「あなたは少なくとも1億年前の時点でこの世界にご自身の名前を隠したんですよね……」
「そだよー」
「でもこの世界に関しては……宇宙使いの魔女さんのご先祖さまが今週のしまったポイントを消費して1度消滅させています……そのとき、かみしゃまのお名前も一緒に消滅しちゃったんじゃないんでしょうか……」
「おおっ、よく気がつくねこんしまちゃん。実はそうなんだ。当時、空間の切れ目を通過して見てみるとぬいぐるみのコウモリたちも消えていたからボクはとってもビックリしたんだよ。だから再度ボクの名前と共にみんなの名前も全部隠しなおした次第さ。名前を収めた箱もいちいちまた用意しなきゃいけなかったから大変だった。でもぐちぐち言うより前に、そういうものだと自分を納得させた」
「どうしてそこまでがんばれたんです……」
「だって、宝箱って奪われるもんじゃないの? だれにも顧みられることもなく消えたからといってそれはそれ。かつ、ボクは奪ってほしくて名前入りの宝箱を設置する。これから見つけられることになる宝箱は、とてもワクワクしているんだよ」
ここで、かみしゃまの動きがとまる。
前方の壁に体当たりした。
砕けた壁の先には新たな空洞が広がっていた。
その中央に置かれた直方体の箱にかみしゃまが近づく。
ミズキがけげんな顔で指摘する。
「おい、なにクリ平然と近づいてんだ。宝の前にはそれを守る番人がいるんじゃなかったのか」
「番人は、ボクの名前を入れたこの宝箱そのものさ」
かみしゃまが羽ばたいてミズキとこんしまちゃんを招く。
「ボクはだれかに本当の名前を見せるのを怖がっていた。格落ちする可能性があるからね。よって宝箱は番人として、ボク以外の者にしかふたをあけることはできないぞと主張しているのだ」
「ウチを連れてきたのは、そういうことかよ」
ミズキが前に出て、ふたに手をかける。
「いいんだな、あけて」
「うん。今こそボクの神秘を奪ってほしい」
「ったく。クリキザな言い回ししやがって」
こんしまちゃんも見守るなか、そっとふたを上げるミズキ。
箱の中身は、やはり小さな白い紙だった。
縦書きの黒い字で書かれていたのは――。
「たっまし」
ミズキとこんしまちゃんは同時にその名を読み上げた。
人の名前っぽくないし、そもそも言いづらいけど、かみしゃまの本当の名前とはそういうもんなのかもしんない。
かみしゃまのチョウの体が膨張する。
「2人ともありがとー。ボクも名前と共に本当の力を取り戻せるよっ」
かくしてかみしゃま(たっまし)の炎の姿が変化を遂げた。
そこに現れたのは、ミズキよりも背の低い、人間の子どものように見えるなにかだった。
髪はきれいで長いけど、男の子か女の子かは分からない。きっと、どちらでもあるのだろう。
体の周辺に、炎・水・氷・緑の風・紫の雷をそれぞれ少しずつまとっている。
「でも、たっましって言いにくいよね? 呼ぶときはこれまでどおりかみしゃまかクリ野郎でいいよー」
「はい……って、たっましって魂のこと……?」
こんしまちゃんがハッとした。
「しまった……すぐに気づかなかった。ナビゲーターさんから聞いていたのに……。そして『たっまし』はわたしの口癖の反転でもある……」
「言われてみりゃあ……」
ミズキも小声で「たっまし」と「しまった」を反復してうなずく。
「クリ野郎にしちゃ、ごたいそうな名前だわ」
「……ともかくかみしゃまの本当の名前は見つかったからナビゲーターさんの捜索をわたしは再開するね。かみしゃまとミズキちゃんはどうする……? もとの世界に戻る……?」
「いや、ボクはまだ戻らないでおくよ。すぐに帰ったら、世界観的に矛盾が出る可能性も一応あるからね~。てなわけで、こんしまちゃんについていこうかな」
「ならウチもそうしとく」
「うれしい……2人が来てくれると心強いよ」
ついでかみしゃまに「今はどこの世界に行くつもりかな」と聞かれたこんしまちゃんだったけど、移動手段がないことに思い至る。
「しまった……この世界のどこに切れ目があるのか分かんなくなっちゃってる」
「だったらボクに任せるのだ!」
かみしゃまがきびすを返し、箱のあった空洞から出る。
一方、ミズキは名前の書かれた紙をひらひらさせた。
すると箱と紙が青く燃えた。
細かい破片となって見えなくなった。
以前見つけたこんしまちゃんとミズキの名前が書かれた紙2枚も同じように消えたのだと思われる。
なにもなくなったことを見届けたあと、こんしまちゃんもかみしゃまに続いた。
「1度見つけられた宝は消えるんですね……」
「まあね」
炎と水でできた羽を上下させ、かみしゃまが宙に浮く。
「しっかり奪われたあかしさ」
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計36ポイント)
次回「きっかけと集約の不死存在」に続く!?




