最後につながる場所はここ
「にしても、ふふふっ」
鍾乳洞の世界でこんしまちゃんのポッドに進路をふさがれたナビゲーターだったけれど、帽子からコウモリへと変化してまた洞窟内を素早く逃げ始めた。
「宇宙で使うはずの円筒形のポッドで洞窟を飛び、駅長帽子状態のワタシを追跡するこんしまちゃんの姿はなかなかシュールでしたよ。現実感がないというかね」
「……だからどうなの?」
「つまり、やっぱりこれはこんしまちゃんが見ている夢にすぎないんじゃないですか。なのに、なに必死になっちゃってんの~。恥ずかし~」
「だったらナビゲーターさんも必死で世界消滅を企んでいるんだから仲間だね……」
ポッドのスピーカー越しにこんしまちゃんが言葉を返した。
コウモリ姿のナビゲーターはぐぬぬと言葉を詰まらせたあと、ニヤリと笑う。
「ワタシはやはりあなたが好きですよ、こんしまちゃん。だから友情のあかしとしておもしろいものを見せてあげましょう」
しばらく飛び続けると、前方の鍾乳石になにかが引っかかっているのが見えた。
コウモリの翼を生やした人間っぽいものが、逆立ちの状態でゴツゴツした鍾乳石に足をかけている。紫のマントが重力方向に垂れているのも分かる。
こんしまちゃんはその人物を……いやそのコウモリを知っている。
「……まさか、わたしが前にこの世界に転生したときの」
「ピンポンですわー」
バサバサと翼をゆらしてナビゲーターがこんしまちゃんのほうを向く。
「さすがのあなたもすでに分かっていますよね。転生したあなたにはその都度役目が与えられますが、その役目とは転生した体を持つ本人が心の底から願うことです。願いをかなえるために魂はこんしまちゃんを呼び、かなったらこんしまちゃんとバイバイするって仕組みです」
逆立ちコウモリの脇腹を翼でツンツンつつくナビゲーター。
「これの願いは逆さまになって鍾乳石にぶら下がることでした。しかし――」
そのまま人間っぽいコウモリが落下し、地面に沈んだ。
こんしまちゃんは慌ててポッドで受けとめようとしたけれど、間に合わなかった。
しかもそのコウモリの身はちぎれ、なかから綿が露出する。
「え……ぬいぐるみ?」
「自分で動くこともできないぬいぐるみのコウモリですよ。ぬいぐるみに宿った魂は自分もコウモリとして逆さまになりたかったようです」
「そういえば、コウモリの姿でいるナビゲーターさんも実際はぬいぐるみだよね……」
「ワタシのほうだけ動いているのが不思議ですか。じゃあ満を持して語っちゃいましょうか、ワタシの悲しき過去をっ! 情にうったえてこんしまちゃんをワタシサイドに寝返らせてあげます」
「なら話して……長くなっていいから」
ポッドから出て、こんしまちゃんは綿の出たぬいぐるみをかかえ上げた。
ナビゲーターは真上の鍾乳石に取りつき、逆さまになって語りだす。
「昔々、この鍾乳洞の世界ではコウモリのぬいぐるみたちが楽しく暮らしていたんです」
おそらく彼らは、人間のような姿でも「コウモリ」と呼ばれていたのだろう。
「でね、ある日……この世界から別の世界に続く転移ゲートが発見されたんですよ」
「さっきわたしが通った空間の切れ目だね……」
「そうそれ! でも当時の転移ゲートの先には宇宙ダムのある世界が広がっていました。人間たちも多くいました。ワタシたちはワタシたちコウモリだけの世界に人間が入ってくることを恐れたんですけど、どうやら人間はゲートを見つけられない様子。それでホッとしていました。あの人間が現れるまでは……!」
声には苦々しさがにじんでいる。
「その人間は自身のシマッタをエネルギーにして世界を合体させたんです。魂の反転であるシマッタは、魂で満たされた世界そのものをひっくり返す力でもあります。本人が心からシマッタと1回口にするたびにエネルギーは蓄積されるようでした。これこそがしまったポイント。そして彼女は1週間に1回程度の割合でシマッタと漏らしていました。だからこそ『今週のしまったポイント』が成立しました。コウモリの世界に1週間という概念はないので、ますますそれは奇異な存在に映りました。こんしまポイントの使い手として彼女はワタシたちの脅威になったのです」
「もしかして彼女は……宇宙使いの魔女さんのご先祖さま」
「おや、こんしまちゃんもご先祖さまの書き残した本を読んだんですね。なら話は早いです。ご先祖さまが臍帯者の世界と宇宙ダムの世界とを合体させたことも分かっているでしょう?」
「うん……」
「あのときは驚きましたよ。空間の切れ目を通ってその世界のお空を見たら海になっていたんですもん」
ナビゲーターは当時の光景を見ていたかのようにそう述べた。
「ヤバいと思いましたね。今度はワタシたちの世界が合体させられるかもしれないと恐れました。そうなったらコウモリの楽園が崩れちゃいます。そこでワタシたちはある計画を立てました。名づけて『合体させられる前に転移ゲートを通って攻め込み、人間たちを皆殺しにしちゃおう大作戦』です」
「……大規模すぎない? 合体が嫌なら……こんしまポイントの使い手だけをねらえばいいと思うけど」
「いやいや、ワタシたちからすれば人間全員脅威だったんですよ。だって人ってけっこうシマッタって言うし……。それを考えると、ほかにもこんしまポイントの使い手がいるかもしれない。あと、皆殺しにする勢いで人間の数を減らしておけば、万一合体させられても簡単に人間を殲滅できるでしょ?」
「だけどその計画は失敗したんだよね……」
「はい。ワタシたちのなかに、その計画に賛同しないヤツがいたんです。なんとかしたいと思ったそのコウモリがこんしまポイントの使い手の転生先となり……ワタシたちの計画が漏れたんです。こんしまポイントの使い手を魂に宿したそいつは計画の中止を必死でうったえましたが結局処刑されました。結果――」
「こんしまポイントによって、コウモリの世界が消滅させられた……?」
例のご先祖さまの本には「1つの世界を消滅させてしまった」と書かれていたが、コウモリたちの危険な計画を知った彼女が事態に対処するためにそれを実行したと考えれば納得がいく。
「だけどご先祖さまは悔いていた……罪を感じてた。ほかに方法がなくて、やむなくコウモリの世界を消滅させたんだろうね……」
「偶然ワタシはそのときゲートを通って向こうの世界の偵察に行っていたから助かりましたけど、帰ってきたときは驚きましたよ。見事にだれもいなくなっていて、そこには鍾乳洞だけが残されていたんですから。こんしまちゃんがかかえているそのぬいぐるみはワタシが自分をなぐさめるために作りなおしたものにすぎません」
ナビゲーターは鍾乳石から離れ、逆さまのままこんしまちゃんの眼前で滞空した。
「以降、ワタシは孤独にあえいできたんです。なんでワタシたちだけがこんな目に遭わなきゃいけないのかと世界を呪いました。だからワタシは復讐するんです。ワタシたちを滅ぼした『こんししまポイント』を食らい、それをエネルギーに変えて今度はワタシたち以外の世界を消滅させる。そのとき発生する極上の『しまった』を食べることで、ワタシの……ワタシたちの復讐は完了するのです。もちろん前に言ったように『しまったらー』として目覚めたワタシの探究心がその味を確かめたがっているというのもウソじゃありません。まあ、こんしまポイントの使い手にふさわしいこんしまちゃんを見つけるまではずっと悶々としていましたけど……」
こんしまちゃんの両肩に翼を当てる。
「さて以上のお話で、ワタシにも事情があることは理解してくれたことと思います。うう……っ、なんて悲しき過去!」
「ナビゲーターさん……」
顔を上げ、こんしまちゃんがコウモリの目をじっと見る。
「そんなの自業自得とかまったく同情できないとか……もともと向こうの世界に攻め込もうとしたあなたたちが悪いとか……まるでそういうことをわたしに言わせたいみたいだね」
「……逆恨みなのは分かっていますよ。でも逆恨みだって立派な恨みでしょう。そんなの自業自得じゃないかと主張しても、それを言った本人が気持ちよくなるだけで実際はなんの解決にもなりはしません。というか、むしろ問題の解決なんてだれも望んでおらず当事者が破滅するのだけをみんなは願うわけですねー」
「それでもわたしはあなたに寝返るつもりはないよ……」
そ~っと手を伸ばしてこんしまちゃんはコウモリの体をつかまえようとした。
だけどナビゲーターは身をひるがえし、捕縛をのがれた。
「ナビゲーターとしてアドバイスしてあげましょうか。あなた、この世界を消滅させたらどうです。あなたの言うこの『境界空洞』を」
「そんなことをしても……もう意味はないんじゃないの。世界消滅とはいっても鍾乳洞自体は消えないみたいだし……」
「まあ土台となる部分は消えないようですが、この世界に存在してるワタシとこんしまちゃんは確実に消滅するでしょ」
「でもその直前にナビゲーターさんが別の世界に移ったら……わたしだけが消えることになる」
「あ、バレちゃったかー」
ついでナビゲーターは鍾乳石の裏側に回り、姿を消した。
そこに空間の切れ目があるとこんしまちゃんは直感した。
人間っぽいコウモリのぬいぐるみをポッドに乗せ、ポッドごと裏側の切れ目に入る。
その先にはライトブルーの景色が広がっていた。
ポッドの燃料が切れたようで、クリーム色のトランポリンにぼよんと落ちる。
「しまった……」
外に出て、トランポリンの一部が破れているのを確認する。
以前こんしまちゃんが落下した場所だ。
そこをのぞき込むと地上が見えた。
地上では、現代日本っぽい町並みと色あせた紫の大地と西洋ファンタジー風の建物が混在している。
そして視線を上げて目の前を確かめると、金髪青眼のきれいな女性が立っていた。
町娘さんである。ナビゲーターの数ある姿の1つだ。
「闇のマンガ家も今は地上にいるようでなによりですね」
息をつき、胴体をつつむ純白の布をなびかせる。
「じゃ、こんしまちゃん。ありがとうございます」
「なんでお礼を言うの……?」
「そりゃあなたがワタシのワナにかかってくれたからですよ。空間の切れ目をあえて見つけさせてここに誘導したのが分かんないんですかね」
町娘さんのほどほどに高い声は、内容とは関係なく心地よく耳に響いた。
「あなたはこれから転生も転移もできず、ただ『しまった』と言い続けるだけの『しまった工場』に成り下がるんです」
破れた穴を挟んで、町娘さんがこんしまちゃんと対峙する。
「――せいぜい元気な『しまった』を、たくさん生んでくださいね」
* *
☆今週のしまったポイント:1ポイント(合計30ポイント)
次回「掃きだめ町娘」に続く!?




