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おいしいとしか思えない

 銀色の塔(とう)のてっぺんで、トレンチコートの少女が語りだす。


「この話を聞いたうえで、あたしが起こそうとしているタベモノビッグバンをとめるかどうかを判断してください」


 うなずいて目線の高さを合わせるこんしまちゃんを見て、少女は続ける。


「おおよそ1年半前、この星は戦争状態に入(はい)りました。でも、あたしは両親によってとあるステーションに逃(に)がされました。その駅からはこの星行きの電車しか出ていなくて……それから1年間、あたしはステーションのホームに立ち続けました」


 時間は経過したものの、以前にこんしまちゃんが転生(てんせい)したときに聞いた話と一致(いっち)する。


「そしてステーションが廃止(はいし)される前に、新しい駅長さんがやってきたんです。今のあなたと同じで紺色(こんいろ)の制服をかっこよく着こなして、きれいな白い手袋(てぶくろ)もはめていました。その駅長さんは……戦争で故郷(こきょう)がメチャクチャになってるかもしれないと思って怖(こわ)がっていたあたしをパパとママのもとまで送り届けてくれたんです……っ」


 少女はつらい思い出を語るときのようにくちびるをかみ締(し)めた。


「すでにこの星の戦争は終結していました。戦争の原因となったのが『タベモノ』というものです。みんなはタベモノを増産しました。口(くち)に含(ふく)むと、とても幸せな気分になれます。そうして味わう感情を『おいしい』と呼ぶようにもなりました」


 タベモノを詰(つ)め込んだまわりの小型ポッドたちをしみじみと眺(なが)める。


「パパとママは、あたしを送ってくれた駅長さんにお礼としてタベモノを渡(わた)しました。駅長さんと別れたあと、あたしもだ円形で小麦色のタベモノを口(くち)に入(い)れました。そのとき、本当に幸せになりました。駅長さんに助けてもらったことを思いながらあごを動かすともっと笑顔(えがお)になりました。そこでパパとママが教えてくれたんです。そういうときは『おいしい』と言えばいいんだって。今までにない……気持ちでした」


 こんしまちゃんの魂(たましい)が、パンをかじって笑顔になっていた少女と両親を思い出す。


「だけど……だけどだけど……っ」


 今まで我慢(がまん)していたのか、次から次へと涙(なみだ)があふれる。


「翌日(よくじつ)、駅長さんが路地で倒(たお)れているのが発見されたんです。死んでいました。そばにはかじりかけのタベモノがありました。遺体(いたい)を調べたところ、もともとほかの星の住人だった駅長さんにとってタベモノが毒であることが判明しました。パパもママもあたしも、ショックでタベモノをはきましたよ……そんなことになるなんて思いもしなかった。いえ、言い訳ですね。本当に、あたしたちはあの駅長さんに、絶対に許されないことをしたんです……」


 あのときその駅長に転生していたこんしまちゃんの魂は、現在別の駅長に宿っている。

 でも少女を送り届けた駅長のいのちは、もともとその人だけのものである。


 その人が亡(な)くなったことはけっして動かせない事実。

 こんしまちゃんもそれに関(かか)わっている。


 もっと慎重(しんちょう)に考えていれば、タベモノを口(くち)に含(ふく)むことなく駅長の死をさけられただろう。


 だからこんしまちゃんも、少女と気持ちを共有していた。


「なにより自分が許せなかったのは……再びタベモノをかじってみても、おいしいとしか思えなかったことです。あの人を死に追いやっておいて……まるでそんなことがなかったみたいに『おいしい』と感じるなんてひどすぎる……それで、あたしはタベモノをこの星から消そうと思ったんです。つらいんです……タベモノがこの世に存在していること自体が」

「それでタベモノビッグバンを計画したんですね……」


「はい。みんなにはタベモノを全宇宙に広めたいと言いましたが、本当はタベモノを宇宙のブラックホールに撃(う)ち込(こ)んで消し去る計画です。タベモノの生産方法がしるされた機密文書も同じ方法で処理(しょり)します。そうすれば、もうタベモノを口(くち)にして死ぬ人はいなくなるはずです……」


 小型ポッドの1つにすがって少女が肩(かた)を震(ふる)わせる。


「いえ、これも自己満足ですね。本当はあたしがラクになりたいだけです。そんなことをしてもあの駅長さんは帰ってこないのに……っ!」

「そうだね……でもあの駅長さんは……」


 転生していたこんしまちゃんの魂は、もともとの駅長の魂とも重なっていた。

 少なくともあのとき感じた思いは本物の駅長のものだった。


「あなたがお父さんとお母さんと再会できたことも、おいしそうにタベモノを食べていたことも……心から喜んでいたよ……。お礼にタベモノをもらったこともうれしかったんだ。毒にあたったときはビックリしたけどね……」

「どうして、どうしてあなたにそれが分かるんですか」


「……わたしがその駅長さんとして生きていたことがあるからだよ」

「え、実は死んでいなかったんですか?」

「そういうわけじゃない……ただ、わたしにもあの駅長さんの死について責任があるんだ」

「意味分かんないです……っ」

「あなたは――いえ、お客さまは別れ際にこう言いましたね……」


 深々(ふかぶか)と礼をするこんしまちゃん。


「怖がるだけの時間は終わったと……。それ以上の時間を、これから始めてみるんだと……」

「……え。確かに言いました。言いましたっ」


 ポッドから離(はな)れ、少女がこんしまちゃんの制服にすがりつく。


「本当に、もしかして……っ、あなたはあのときの駅長さんなんじゃ……っ!」

「そ(・)う(・)で(・)す(・)よ(・)……」


 自然に口(くち)が動き、そういう声を発していた。

 これはウソなのだろうか。……いや。


「わたしがお客さまと別れたあと、うっかり死んでしまったのは事実です」


 そもそもこんしまちゃんの魂は死んだあと転生したけれど。

 その転生がこんしまちゃんだけに発動するとどうして言えるのだろう。


 ナビゲーターによると、こんしまちゃんは「たましい」の反転である「しまった」という言霊(ことだま)によって生まれ変わり――転生を果たしている。


 しかし「しまった」という言葉はこんしまちゃんだけのものじゃない。

 事実、前の駅長は亡くなる間際、「しまった」と純粋につぶやいていた。


 こんしまちゃんのように乱発したわけではないのだとしても、そのときの駅長の魂がこんしまちゃんと重なり合っていたのだとしたら……駅長の魂がこんしまちゃんの魂に引っ張られて転生することもありえるのではないだろうか。


 これまで駅長の魂がこんしまちゃんの魂にくっついたまま、共にあり続けていたとしたら……?


 自分の魂の記憶(きおく)に刻まれた少女をきっかけとして目覚めることもあるはずだ。


 そもそもあのとき終電に客を乗せるという役目を果たしてもこんしまちゃんが転生しなかったのは、こんしまちゃんというよりも駅長自身が少女を両親のもとに送り届けたいと願ったからではないか。


 駅長は、それほどの魂をすでに持っていたのである。

 よって、ここでその駅長の魂がこんしまちゃんの口(くち)の端(は)に浮上(ふじょう)してきても不自然ではない。


 もちろん、以上はこんしまちゃんの仮説にすぎない。

 でも今現在こんしまちゃんの口(くち)を動かしているのは――その思いを語っているのは、こんしまちゃんそのものではない「本物」であるのだと魂自体が主張している。


「お客さまはわたしに『自分をパパとママのもとに送り届けてほしい』という最後のご依頼(いらい)をくださいました。わたしはそれを誇(ほこ)りに思っています」

「でも……あたしは、駅長さんを……っ」


「あれはわたしにも責任があったことです。だから、もうお客さまもパパもママも、自分を責めなくていいんです。タベモノを拒絶(きょぜつ)することもありません。どうかお客さまの願いどおり、これからの時間を大切にしてください」

「ダメ……っ、許されない、許されないよそんなこと」


「それでもわたしは、お客さまとそのご家族が幸せになることを願います」

「なんで……どうしてそんなふうに言えるの」


「前に言いましたよね。駅長とは、これから旅に出るかたとこれから旅を終えるかたを見守る仕事だと。だからステーションを離れたあとも、お客さまがちゃんと旅を始め、そして終えることができるよう全力をつくすのだと。お客さまがあの最後のステーションを離れたあとも、わたしがいなくなったあとも、わたしはあなたとそのご家族が人生という旅をきちんと終えられるよう応援(おうえん)したいだけなんです」


 少女の涙(なみだ)をぬぐい、ほほえむ。


「だってわたしは――死んでも駅長なんですから」

「駅長さん……っ」


 自身のトレンチコートも濡(ぬ)らして少女が泣きはらした。


「ごめんなさい……本当にごめんね……っ。もう1度言わせてください……あたしをパパとママのもとに送り届けてくださりありがとうございました。……そしてあたしの前にまた会いに来てくれてありがとうございます……っ」


 しばらく涙を流してから、少しだけ顔を離(はな)す。


「でも駅長さん。タベモノを口(くち)にして、また死んじゃう人がいたらどうしよう……」

「その前に、ほかの星や世界の人にしっかり注意すればいいんですよ。安全性が確認されるまで食べてはいけないと」

「そっか、そんな簡単なことでよかったんだ……」


 タベモノの詰まった小型ポッドの1つをなでる。


「……タベモノビッグバンも、起こす必要はなかったんですね」

「あとは、この星のみなさまの判断です」


「駅長さん。パパとママにも会ってくれますか」

「そうしたいところですが、もともとわたしは死んだ身です。これ以上、この駅長さんの体を借りてしゃべることはできないみたいです。わたしからの気持ちは、あなたから伝えてもらえるとうれしいです」

「はい」


 少女がポッドから手を離して正面から向き合う。


「でも……『あなた』はちょっとさびしいです」

「ではお客さま」


 かぶっていない帽子を外す仕草をする。


「これからも、笑顔でよい旅を」

「はい……っ!」


 そう簡単に罪悪感はぬぐえない。

 だから少女は、心の底から笑えたわけじゃない。


 目の前の人物が、かつて自分を送り届けてくれた駅長であると100パーセント確信を持てたわけでもない。

 夢に身を委(ゆだ)ねている感覚もある。


 それでも彼女(かのじょ)は笑顔を作った。

 力強く、静かに――さびしさを隠(かく)しながら、大きく大きくほほえんだ。


* *


☆今週のしまったポイント:0ポイント(合計28ポイント)

次回「境界空洞」に続く!?

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