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絶壁とは絶景である

 (やみ)のマンガ家のいる世界と背中にコブのある世界が合体してしまった。


 落下して危機一髪(いっぱつ)状況(じょうきょう)にあったこんしまちゃんだったけど、とある2人に助けられて(こと)なきを得た。


 その2人の顔は、以前コブの世界に転生(てんせい)したときによく見ている。

 同じクラスの友達と、自分にそっくりな顔の人物だ。


 こんしまちゃんはお礼を言った。

 自分を受けとめてくれたクッションをちらりと見る。


 視線に気づいたそっくりさんが、(おだ)やかで落ち着く声を発する。


「そのクッションは『おコブさまクッション』です……」

「おコブさまクッションとは……?」

絶壁(ぜっぺき)の背中を持つわたしを(あわ)れんだ人たちがくれたんです……コブのご利益(りやく)にあずかれるようにと……」


 そっくりさんは自分の絶壁を左手でぺちぺちたたいた。

 2人の会話に耳をかたむけていた友達が微笑(びしょう)する。


「そ、それにしても……あなたたち、本当にうりふたつね……双子(ふたご)みたいで見分けることも困難だわ……くへ。名前を聞いてもいいかしら……けひょ」

「こんしまちゃん……」


「いい名前じゃない……わたしはレイカよ……ふほ」

「そしてわたしは……ペタ子です」


 5センチのコブを持つ友達がレイカで、絶壁の背中を有するそっくりさんがペタ子だ。

 以前転生したときにこんしまちゃんが体を借りていた相手は、そのペタ子であるらしい。


 ようやく2人の名前を知ったこんしまちゃんは感慨深(かんがいぶか)げにつぶやく。


「そんな名前だったんだ……」

「まるで前からわたしたちの顔だけは知っていたみたいな(くち)ぶりね……げふ」

「しまった」


 レイカの指摘(してき)を受け、こんしまちゃんは(あわ)てた。

 慌てて(くち)がすべってしまった。


「実はわたし……ペタ子ちゃんに乗り移っていた時期があるの。みんなに自分の絶壁をカミングアウトしたときに……」

「わたしのカミングアウトのこと、こんしまちゃんも知っているんですか……?」


 ペタ子が不思議そうに返した。

 こんしまちゃんは事情を不用意に口走(くちばし)ってしまったことを自覚した。


「しまった……でもこうなったら(かく)せないね……。もしかしてペタ子ちゃん、カミングアウトをしたころの記憶(きおく)、飛んじゃったりしてない……?」

「いいえ。カミングアウトは全部わたしの意思でやったことですので……しっかり覚えています」

「……そう、なんだ」


 予想が外れた。自分の転生の受け()れ先となった相手の記憶はその前後で消失するとこんしまちゃんは思っていたのだが、どうやら違和感(いわかん)のないかたちで補完されるらしい。


「じゃあ、しゃべるナビゲーターさん……もしくはコンニャクみたいに動く手鏡の記憶はある……?」

「なんのことです……夢の出来事(できごと)ですか」


 先ほどから、どうにも話が()み合っていない感がある。


* *


 ここで「ウー、ウー」と町中(まちじゅう)にサイレンが(ひび)(わた)った。


『善良なる市民のみなさま、これから闇のマンガ家を名乗る者の公開裁判をおこないます』


 それを聞いた町のみんなが一斉(いっせい)に動き、北へと急ぐ。

 おそらく町の北に裁判所があるのだろう。


 背中にコブをつけたみんなを見ながら、こんしまちゃんがペタ子とレイカに声をかける。


「闇のマンガ家さんはわたしの知り合いでもある……だから、わたし()くね……」


「わたしたちも付き合います……」

「乗りかかった船よ、きょほ」


 ペタ子とレイカはコブのクッションをかかえ、こんしまちゃんに続いて走りだす。


* *


 その世界の裁判所は、こんしまちゃんのもといた世界のそれとは(ちが)う構造を持っていた。


 検察官と弁護人が対面し、それを裁判官が見つめている配置ではあるけれど、傍聴席(ぼうちょうせき)のスペースがものすごく大きい。


 法廷(ほうてい)のまわりを傍聴席の列が取り巻いており、まさに円形闘技場(とうぎじょう)の観客席さながらだ。


 席は満員であり、そのあいだを()ってお弁当や飲み物を販売(はんばい)する人までいる。

 みんなコブを持っており、絶壁のこんしまちゃんたちを見るとちょっと顔をしかめてきた。


 ()()席で傍聴することにしたこんしまちゃん・レイカ・ペタ子の3人は弁護人の前に(すわ)被告人(ひこくにん)を見下ろした。


 被告人は頭にハチマキを巻いた女の人だった。当然のようにその背中は絶壁である。

 状況(じょうきょう)からして、彼女が闇のマンガ家であるようだ。


 さっきつかまえたであろう彼女に対して裁判をおこなうにはもっといろいろな手続きが必要な気がするが、この世界の法律では(ちょう)ハイスピードな裁判も実行可能なのだろう。


 裁判官がガベルで(つくえ)をたたき、開廷(かいてい)()げる。

 冒頭手続きの最初に人定(じんてい)質問をおこなう。


「まず被告人。あなたは闇のマンガ家で間違いないのかな?」

「はい」


 やや低めの声で闇のマンガ家が短く答えた。

 次に検察官が起訴状(きそじょう)朗読(ろうどく)する。


「被告人は、きょう正午ころ、とても高いところに()く雲の上において、絶壁の背中を有する者たちを登場人物にしたマンガを()いていたものである」

「もちろん被告人は黙秘権(もくひけん)を行使してもいいよ」


 軽い口調(くちょう)で裁判官が確認する。


「で、被告人と弁護人はこの事件について陳述(ちんじゅつ)したい意見とかあんの?」

(わたし)は悪いことをしていません」


 被告人となった闇のマンガ家が堂々と述べた。

 しかし弁護人は腹痛なのか、おなかをずっと()さえている。


「こ、こんな(うった)えはみとめられません……っ、ぐう」

「ふーん、じゃ冒頭手続きはここまでにして検察官、証拠(しょうこ)見せてよ」


「ここにあります」


 検察官が紙の(たば)をかかげた。

 傍聴席のみんなが()()がる。検察官が提示した証拠はマンガの原稿のようだ。


 円形闘技場みたいな法廷には巨大(きょだい)スクリーンも取り付けられており、マンガ原稿が拡大(かくだい)して表示されていた。


「ご(らん)ください、このマンガの登場人物の背中はすべて絶壁です」


 原稿をパラパラとめくり、コブのないことを示す。


「このように闇のマンガ家はコブのない者たちのマンガを制作していたのです。これは絶壁の者たちの団結を(うなが)し、社会をひっくり返しかねない重大な危険行為(こうい)に違いありません」

「そんな意図なんてないですよ! (わたし)は読者に喜んでもらいたくてマンガを描いているんです。あと原稿はいのちより大切ですから、もっと丁重(ていちょう)にあつかってください」


「せーしゅくに」


 ガベルを鳴らし、裁判官が闇のマンガ家の反論をさえぎる。


「検察官の提出した証拠は採用するよ。あと一応(いちおう)聞いておくけど、原稿は闇のマンガ家さん自身が描いたものだよね」

「はい、それに関してはみとめます」

「ふむふむ。そんじゃ検察官。具体的に被告人をどうあつかってほしいわけ」


「コブなしの人々を主役にした破廉恥(はれんち)な作品を生み出し、よって社会を混乱におとしいれようとした罪は(きわ)めて重いと言わざるを得ません。死刑が妥当(だとう)かと」

「はあ。そう思うんだ」


 傍聴席から賛否の意見が飛び交うなか、裁判官は冷静に法廷を進める。


「次は弁護人の主張だね。……弁護人、だいじょぶ?」


 腹痛が限界に達したようで、弁護人はおなかを押さえてうずくまっている。

 もはやしゃべることもできそうにない。


「こりゃ弁護してる場合じゃないね。代わりの弁護人を()つくろわなきゃ」


 あくび()じりに言って裁判官は傍聴席にガベルを向けた。


「そこの3人、弁護人やってよ」


 呼ばれたのは、立ち見席のこんしまちゃん・ペタ子・レイカ。

 弁護士資格を持っていないとこんしまちゃんは主張したものの、この決定は絶対のようで3人はスタッフの人たちに連行されるようにコブのクッションごと法廷に引きずり出された。


 もとの弁護人が担架(たんか)に乗せられて運ばれていく。


 覚悟(かくご)を決めたこんしまちゃんが弁護人代理として(くち)をひらいた。


「被告人の無罪を主張します……」

「わたしもですよ、ぐふふ」


 レイカが援護(えんご)射撃(しゃげき)をおこなう。


「絶壁もいいじゃありませんか……これは個人の趣味(しゅみ)嗜好(しこう)の問題です。マンガ自体が気に()られるかどうかにかかわらず、それにふれた読者が世の中をひっくり返すことはないと思いますよ、けひゃ」

「ふん、見たところ君たちも絶壁もしくは貧相(ひんそう)なコブのようだな」


 検察官が言葉をかぶせた。


「コブなしの登場人物が出てくるマンガをかばえば自分たちの地位も向上すると()んでの主張だろう。私情じゃないか。もっと客観的に述べないと」

「……検察官、せーしゅくに」


 ガベルを鳴らすこともせず、裁判官がたしなめた。

 ここでペタ子が提案する。


「検察官さん……あなたが提示した証拠のマンガをこの場ですべて読むのはどうでしょう。スクリーンに映してじっくりと……」

「パラパラめくるだけならともかく、こんな破廉恥なものをか……ッ」

「それはあなただけが判断することではないはずです……!」


「えー、おもろそうじゃん。やろやろー」


 裁判官がノってきた。

 しぶしぶ検察官は裁判官にマンガ原稿を(わた)す。


 闇のマンガ家に見つめられていることを意識しつつ、裁判官が1ページ目からマンガを読み始める。

 原稿を傷つけないよう、丁寧(ていねい)に紙を動かす。


 マンガを映す巨大スクリーンを、傍聴席のみんなが真剣(しんけん)に見守る。


 確かに登場人物は例外なく絶壁だった。

 しかし……それぞれのキャラクターはとてもリアルに行動し、しかも繊細(せんさい)に心理を描写(びょうしゃ)されていた。


 とうとうクライマックスに差しかかる。

 その場面において主人公とライバルが絶壁を合わせて相手に背中を預けた瞬間(しゅんかん)――。


 傍聴席からすすり泣く声が()れた。

 そして大団円(だいだんえん)(むか)えたあと、法廷が拍手(はくしゅ)でつつまれた。


 裁判官は原稿を机の横にそっと置く。


「コブが大きいほどえらいこの世界にあっても……それとは無関係に人を感動させることができるなんてね。こりゃコブなしだからって破廉恥と決めつけるのもよくないかもねー」

「ぐ……っ、だとしても」


 検察官が(あわ)てて異論を唱える。


「このマンガの影響(えいきょう)でコブなしの地位を向上させる流れができたら社会秩序(ちつじょ)が……ッ!」

「問題はないと思う……」


 こんしまちゃんがたたみかける。


「あくまでマンガはマンガ……それを読んでどう感じるかはみんな次第(しだい)……。かえってここで絶壁マンガを廃除(はいじょ)したほうが、こっそり絶壁を愛する人たちの反感を買ってのちのちドッカンするかもしれません……」

「本当は絶壁を好きな者も多いというのか……ッ!」


 そう検察官がさけぶと同時に、傍聴席のあちこちから声が()がった。


「今までそういう空気じゃなかったから言えなかったけど、実はオレ、絶壁派なんだ」

「わたしも、大きいコブも小さいコブもいいと思うって本当は声を(だい)にして言いたかった」

「思えば、背中のコブのサイズで……なんであんなに優劣(ゆうれつ)つけてたんだろ」


 もちろん、傍聴席の声だけが世間の声じゃないだろう。

 そもそもここに終結したのは闇のマンガ家の作品に興味があった者たちだ。よってその性癖(せいへき)嗜好(しこう)一定(いってい)(かたよ)りがあることは(いな)めない。


 実際、開廷前に絶壁のこんしまちゃんたちを見てちょっと顔をしかめてきた人もいたわけだし、みんながみんなあっさりと考えを変えたとも思えない。


 それでも流れは確実に闇のマンガ家のほうに向いている。


 (かた)を落とす検察官を一瞥(いちべつ)し、裁判官がガベルをたたいて場を(しず)める。


「さて被告人、あらためて最終陳述よろしく」

「やはり(わたし)は無実です。これからも自分の信じたマンガをつらぬきます」

「おっけー。それじゃ判決(はんけつ)出すよー」


 ガベルを二度(にど)鳴らし、裁判官が声を張り上げる。


「被告人、闇のマンガ家は無罪。はい閉廷(へいてい)


 再審もしないと裁判官は付け加えた。

 マンガ原稿は闇のマンガ家に返却(へんきゃく)され、これで閉廷(へいてい)となる。


 釈放(しゃくほう)された闇のマンガ家へと、傍聴席からシャワーのように歓声(かんせい)が飛んでくる。


 さらに検察官がプリプリしながらこんしまちゃんたちに声をかけた。


「やってくれたな、君たち。今回の判決はこれからの世界を決定づける重要な判例となっちゃうだろう。コブの大小でキャリアが左右されていた世界が終わるかもしんないぞ」

「検察官さん……」


 こんしまちゃんは純粋(じゅんすい)に質問をぶつけることにした。


「あなたは絶壁や貧相なコブは好みではないんですか……?」

(きら)いではないさ」


 意外な答えが返ってきた。


「でもわたしは私情を()きにして、闇のマンガ家の作品が罪じゃないかと(うたが)った。その結果がこれなら、それもいい」


 きびすを返す検察官。

 ここで闇のマンガ家がこんしまちゃん・レイカ・ペタ子に感謝の言葉を述べる。


「ありがとうございました。なんかよく分からない裁判に巻き込まれて弁護士もおなかイタタでもうダメかと思っていましたが、あなたたち3人のおかげで助かりました」


 照れる3人に、闇のマンガ家が()みを向ける。


「そういえばまわりの人と違って……こんしまちゃんと私を(ふく)め、なんか絶壁ばかりですね」

「まあわたしは5センチだけど、案外絶壁を好むイカれた脳を持つ人も多かったのかもね……きょひょ」


 レイカが笑みを返した。

 ペタ子もくせ()をいじりつつ言う。


「わたしの背中も絶壁なので、どこか心強いです……!」

絶壁(ぜっぺき)同盟(どうめい)だね……」

「え?」

「しまった……今の忘れて」


 みんなを困惑(こんわく)させることを言ったので、それを撤回(てっかい)するこんしまちゃん。

 そんな空気をぶっ(こわ)そうと、闇のマンガ家が話題を()らす。


「そういえば私はリアルの人間を優先(ゆうせん)しすぎて最近は無生物(むせいぶつ)をあまり描いていませんでした」


 傍聴席からも、彼女の絵をもっと見たいと言う声が多数届いている。

 とくに絶壁を描いてほしいと聞こえる。


「そんなわけでちょちょっとなー」


 闇のマンガ家は紙とペンを取り出して紙面いっぱいに大きな(がけ)を描いた。


「タイトルは『打ち切り続きの崖っぷち――それを()えた景色』です」


 法廷の巨大スクリーンに、その絵が映し出される。

 それは――なんとも美しい絶壁だった。細部にわたって無駄(むだ)がなく、空間を垂直に切り取る面のすべてが芸術だ。


 拍手と歓声と熱気が、闘技場に似た法廷を再びつつむ。


「絶景……」


 こんしまちゃんは語彙力(ごいりょく)(うば)われていた。

 大きいコブに夢と希望が、小さいコブに優しさと思いやりがつまっているとするならば――。


「絶壁には、欠けることのない完成された美がつまってる……」

「ふほ、なかなか(いき)なこと言うじゃない……」

「しまった、聞いてたの……」


 いきなりレイカに声をかけられたので、こんしまちゃんはよろめいた。

 バランスを(くず)した結果、近くに置かれていたおコブさまクッションに(しず)む。


「……大きいコブもいいね」


 大きなコブも小さなコブも絶壁もあるからこそ、それぞれのよさが光る気がした。


* *


☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計93ポイント)

次回「知ってもらう」に続く!?

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