頼まれなくても
ミズキとあぐりのいるネオ・バロメッツの世界の脅威をしりぞけたあと、こんしまちゃんは今週のしまったポイントを5ポイント消費することにした。
5ポイントを支払い、既知の異世界のなかから次の転生先を指定したのだ。
向かうのは、あの世界――。
* *
クリーム色のトランポリンに立ち、こんしまちゃんはライトブルーの景色を見回した。
格好は、転生ループに巻き込まれる前の世界で着ていた高校の制服。
空を見上げ、声を絞り出す。
「闇のマンガ家さん……こんにちは、聞こえていますか……?」
「あ、こんしまちゃんですか、これはお久しぶりです」
天から、やや低めの女の人の声が降ってくる。
「今は締め切り前ではないため余裕があります。で、用はなんです。また私のマンガに入りたくなったんですかー」
「ナビゲーターさん……いえ、町娘さんを見かけませんでしたか……」
顔を水平にしたまま、本題に移るこんしまちゃん。
「あの金色の髪と青い目を持つきれいな人です……」
「あ~、あなたと一緒にマンガの世界に入ってもらった美少女さんですか。彼女なら、ついさっきここに来ました」
「今はどこに……?」
「そこに」
足もとのトランポリンに黒い矢印が浮かび上がる。
矢印の先を追うと、その先に白い壁があった。
壁面に、純白の布で身をつつんだ町娘さんが貼り付いていた。
腹側をこんしまちゃんのほうに向け、両脚をひらき、両腕を水平に伸ばしている。
闇のマンガ家が事情を説明する。
「この人、ここに姿を現すなり暴れ散らかしたのでやむを得ず拘束したんです。破かれたトランポリンはすでに修復しましたが、迷惑なんてもんじゃないですよ」
「それはすみません……」
「あなたが謝る必要はないのでは?」
「しまった……そうですね。あ、町娘さんとお話をしてもいいでしょうか……」
「ごゆっくり。あなたには恩もありますし」
「感謝します……」
こんしまちゃんはトランポリンをぽよぽよ跳ぶ。
壁に捕らわれた町娘さんの前に立った。
「さてナビゲーターさん……いや、今は町娘さんと呼ばせてもらうね……聞きたいことがあるんだけど……」
「むむっ、こんしまちゃん」
町娘さんは答えてくれたけど、出会ったときのおっとりとした口調は鳴りを潜めている。
「今さらワタシを説得しようしても無駄ですよ。ワタシは多くの世界を合体させたうえでそれを消滅させ、世界の断末魔を――これ以上ないほどの『しまった』を食すんです!」
「……じゃあ町娘さん」
こんしまちゃんはひるまない。
「炎人種の世界とバロメッツの世界を合体させたのは町娘さんで間違いないんだよね……」
「ええ、そうですよ」
プリプリしながら青い目をゆがませる町娘さん。
「まあ最初にその2つの異世界をまぜまぜしたのは気まぐれですけどね」
「いいや……」
こんしまちゃんが右こぶしを胸に当ててかぶりを振る。
「適当に決めたんじゃない……」
町娘さんをじっと見つめて続ける。
「かみしゃまを警戒したからじゃないの……?」
「……というと?」
「あなたも覚えているはず……かみしゃまはナビゲーターさんがこの世界の生き物じゃないと気づいてた……つまりかみしゃまは自分の世界以外に別の世界があることも最初から知っている……そんなかみしゃまがあなたの計画に気づいたら対抗策を講じてくるかもしれない……だからかみしゃまを最優先で始末するためにその世界を混乱におとしいれた……違うかな……」
沈黙する町娘さんにこんしまちゃんは言葉をさらにかぶせる。
「とくにバロメッツの世界と合体させたのは人を食べる巨大な動物がいたから……ブタさんやオオカミさんは精霊の血を引くみんなの攻撃への耐性も持っているようだったし……かみしゃまを追い詰めるにはもっとも適切な世界だった……だからあなたはその2つを合体させた……けっして気まぐれなんかじゃない……」
「シマッタ」
外国語みたいな発音で、町娘さんはそう口にした。
「ワタシの意図を読みきるとはやるじゃないですか、こんしまちゃん。しかもあなたはワタシが闇のマンガ家の世界に来ていることも推理したようですね~」
「そうだよ……だから5ポイント使ったの」
「なぜワタシの行き先が分かったんです」
「あなたがかみしゃまの次に警戒する対象が闇のマンガ家さんだと思ったから……。闇のマンガ家さんはマンガによって新しい世界を創造できる……だから別の世界があるという事実にも気づいているかもしれない……」
「正解ですよ、にしても」
壁に貼り付いた状態で町娘さんが笑いだす。
「そういう情報をあっさり話すなんて相変わらず抜けていますねー。そこは知らないフリをしてワタシを油断させるべきだったんですよ~」
「しまった。……こうなったら実力行使しかないね」
「ぼ、暴力はよくないです!」
町娘さんが焦って壁から脱出しようとする。
でもこんしまちゃんは町娘さんの前で腕をぶらぶらさせ始めた。軽くステップも踏む。
今週のしまった音頭である。
「あ、それ……しまったった~、しまったまった、しまったしまったしまったのすけー」
「ヤ、ヤメロー! 心の籠もっていない『しまった』なんて腹の足しになりませんってばあ……っ!」
「しまった」
音頭をやめるこんしまちゃん。
「これ、『まんじゅう怖い』のパターンなのでは……?」
「ふふ……確かに今のワタシの心は『しまった』に満ちていますよ」
「……そうなの?」
「こんしまちゃんはワタシを追い詰めたと思っているんでしょうが、それは違うんですわー」
あごを上げ、町娘さんが見下ろすような視線を送った。
「そもそもワタシがこの世界に破壊工作を仕掛けて闇のマンガ家をおこらせたおかげで、ワタシは心の底から言うことができました。『シマッタ』ってね。するとどうなります」
「……しまった。今週のしまったポイントがたまる……っ」
「そうそう。しかも、こんしまちゃんの『しまった』によってそのおこぼれにもあずかれる」
「しまった。あ、また……」
とっさにこんしまちゃんが両手で口をふさいだ。
町娘さんは強気に口角を上げる。
「もう遅いですよ。ワタシの手の平で愉快に踊っていたのはあなたのほう!」
紫に染まった大きな火の玉が1個だけ町娘さんの前に出現し、それがすぐに消えた。
「10ポイント消費。この『しまった』勝負、ワタシがとりました」
「う……うう」
口を押さえたこんしまちゃんの視界がゆがみだす。
闇のマンガ家も異常に気づいたのか、さけぶ。
「な、なんですかあなたがたは!」
姿は見えないけれど、だれか知らない人でも訪ねてきたのだろうか。
マンガ家を気にしているひまもなく、足もとのクリーム色のトランポリンが破れ、こんしまちゃんが落下する。
町娘さんの笑い声が上空へと遠ざかっていく。
だけど後悔している場合じゃない。いろいろ考える前に、とりあえずまわりを見てみる。とりあえずやることを決めてみる。
下方に町並みが見える。
こんしまちゃんがもともといた世界の景観だ。
(もとの世界に再転生したわけじゃない……とすると)
空中に身を躍らせながら地面に激突しそうになる。
しかしその直前、だれかがやってきてクッションを落下地点に置いてくれた。
その上に落ちたこんしまちゃんは、ぼよ~んと跳ねてなんとかケガをせずに済んだ。
そのクッションはラクダのコブにかたちが似ている。
「あ、ありがとうございました……っ」
でもこんしまちゃんは腑に落ちなかった。
ここはコブが大きいほどえらい世界だ。もともと自分のいた世界にそっくりな世界はそこだけだからすぐに分かった。
ただ、今のこんしまちゃんの背中にコブは少しもない。
そんな人間を迷わず助ける人がいるのだろうか。
「どうしてあなたはわたしを助けてくれたんですか……コブのないわたしを」
「それはわたしたちが、絶壁を好き好んでいるからよ」
こんしまちゃんとは違う制服を着た2人の女の子が手を差し伸べる。
1人はウェーブのかかったくせ毛と絶壁の背中を持っている。
口を動かしているのは、もう1人のほう。5センチの厚みを有するコブが背中から小さく張り出しているようだ。
「だから助けるに決まってるじゃない……たとえ頼まれなくても、ぐふふっ」
* *
☆今週のしまったポイント:±0ポイント(合計89ポイント)
次回「絶壁とは絶景である」に続く!?




