ネオ・バロメッツ
巨大な獣から逃げて氷のドームに避難したこんしまちゃんは、精霊の血を引くほかのみんなに協力を求めた。
この世界に突如として出現したブタやオオカミに対処するための作戦を、ドーム中央のバロメッツの前で説明する。
「――というわけです……だけどこれはわたしだけで実行できるものではありません。だからみなさんの協力が不可欠なんです」
こんしまちゃんのそばにいるミズキとあぐりは黙って状況を見守っていた。
紫の雷を身にまとった人が前に進み出てこんしまちゃんと目を合わせる。
「あんたに協力? 力を貸す? それはたとえ名前を手放すことになってもおことわりだね」
自分の名前をかみしゃまに隠されるこの世界独自の表現で、雷の人は不満を漏らした。
緑の風や氷の服を着ているほかのみんなもそれぞれうなずく。
肩を落とすこんしまちゃんに、雷の人が続ける。
「ではこれより、あんたが話してくれた作戦を実行するとしよう」
「どういうことです……」
先ほどの発言と矛盾するんじゃないかとこんしまちゃんは思ったのだ。
「協力も力を貸すことも『おことわり』ではなかったんですか……」
「そうだ、あんたに力は貸さない。なぜなら今は、この世界に住むわれわれみずからが奮起するときだからだ。われわれがあんたに力を貸すんじゃない。あんたがわれわれに力を貸すのでもない」
雷の人が右手を差し出す。
「世界を救うため、共にがんばるんだ」
「……はい! ありがとうございます、がんばりましょう……!」
目をうるませ、右手を握り返すこんしまちゃん。
ほかのみんなも納得したように再度うなずく。
握手を終え、雷の人はリーダー格の人たちを呼び寄せる。
あらためてこんしまちゃんはバロメッツを利用した作戦の概要を説明した。
* *
まず彼らは、バロメッツをかき集めることになった。
羊を生やす植物「バロメッツ」はもともとこの世界になかったものだけど、今はナビゲーターが世界を合体させたためあちこちの地面に生えている。
バロメッツ採集の役目を負うのは緑の風を着た風人種たちだ。
風人種は素早く飛行できるので、いろいろな地域へと比較的早く向かうことが可能なのだ。
そして見つけたバロメッツを安全に運ぶために、氷人種の出番が回ってくる。
氷人種がバロメッツに冷気を与えると、しばらくバロメッツは仮死状態になる。
その状態であればバロメッツを枯らさずに運搬することが可能になる。
一定時間が経過すれば仮死状態は解除される。
こうして、バロメッツを北方付近の数箇所に集める。
現在、北の地域では巨大ブタが大量に発生している。
ただし精霊の血を引くみんながブタに攻撃をかけても、なぜかダメージは通らない。
だからこそバロメッツで対抗するしかないとこんしまちゃんは考えた。
氷のドームによって作られた基地の1つでこんしまちゃんはバロメッツの羊を抱く。
すると羊が元気になり、バロメッツの茎から離れたあとも活発に動きまわる。
「このように……炎人種が動物のかたちにふれれば……この子たちを活性化させることができます」
ほかの炎人種のみんなにこんしまちゃんは実演してみせた。
(そもそもバロメッツの世界とかみしゃまのいる世界はまったくの別物……世界を支配する理自体が違うはず……だからこそ精霊の血を引くみんなはブタさんたちにダメージを与えられず避難を余儀なくされた。だけど一方で、違う理同士が拒絶じゃなくて調和を引き起こすパターンだってあると思う……)
現にバロメッツは精霊の血を引く者たちとの接触によって、新たな可能性を見せ始めている。
続いて水人種のミズキがバロメッツに水をかけた。
「てめえら、じっくり見てろよ」
水人種の水に反応したバロメッツの茎の1つが急速に羊の姿をかたどる。
それを観察していたほかの水人種たちへとミズキが言う。
「このバロメッツとかいう植物はクリ奇妙なヤツのようで、ウチらの水を受けるとすぐに羊をつけるらしいな。この特性を利用するってわけだ」
* *
氷のドームで計7箇所の基地を作り、巨大ブタたちの現れた北方地域を取り囲む。
それぞれの基地1つにつきバロメッツを最低5つ用意した。
バロメッツ採集を終えた風人種は飛び回って状況の報告を逐一おこなう。
ブタたちに近づいたところで、みんなは一斉に動きだした。
バロメッツから生まれた羊の群れを巨大ブタに向けて放ったのだ。
羊たちを先導する役目は雷人種が担う。
バロメッツの羊の前に微弱な雷を落とすと羊がそちらの方向に走ることは検証済みだ。
ともあれブタと羊をぶつけるのがこんしまちゃんの策なんだけど、全面的に衝突させる前に本当にバロメッツの羊が有効なのかを確かめておきたい。
そこで羊たちよりも早く飛び出してブタを誘導する人物が必要になった。
その誘導を担当したのは、もともとバロメッツの世界で生きていたあぐりであった。
「バロメッツから生まれたあたしたちはブタたちのエサにされていました。だからこそ、ブタはあたしに吸い寄せられるはず」
自分の生命をまっとうしたいと思っているあぐりがみずからおとりの役を引き受けたのは、やはり生きるためだ。
ここでブタたちをなんとかしなければいずれ自分も食われるだろう。
それに……この世界のためにがんばっているみんなを見ていると、勇気が湧いてくる。そこには生きようとする意思がある。そんな姿にあぐりは触発されたのだ。
キツネ耳をパタパタさせながらブタたちに声をかける。
あぐりを見つけるや否や巨大ブタは追いかけてきた。
風人種の風で加速し、氷人種の氷でブタの突進を回避しながらあぐりは逃げる。
「あたしたちは食われるだけの存在じゃありません」
つぶやきつつ、羊の群れの前にブタを誘い込む。
直後あぐりは風人種と共に羊たちを飛び越えた。
迫りくるブタが羊を飲む。
しかしすぐに羊を、せき込みながらはき出した。
1匹だけでなくほかのブタたちも同じだ。
羊を口に含んでは、咀嚼もせずに嘔吐する。
様子を見ていたこんしまちゃんが、作戦を最初に受け入れてくれた雷の人に話しかける。
「やっぱりバロメッツの羊が不味いからブタさんたちも食べられないんです……」
「確かにこれなら簡単にはやられないな」
雷の人は鉛直上向きに紫の雷撃を飛ばした。
それは、ほかの基地に向けた「動け」というメッセージ。
残り6箇所のドームからもバロメッツの羊の群れが放たれる。
不味い羊をブタは食べることができない。
よってブタたちは羊の群れに押されていく。
もちろん踏みつぶしたり突き飛ばしたりすることはできる。
それでも羊はひるまない。
以前バロメッツに転生したときにこんしまちゃんはじかに体験している。
バロメッツから生じた羊は、あくまで植物の一部なのだ。よって肉がどれだけ傷ついても痛みはない。
ミズキを始めとする水人種がバロメッツに水をやることで羊は次々に供給される。
こんしまちゃんを始めとする炎人種がバロメッツにふれることで、その生命力を高め続ける。
羊を誘導する雷人種と羊に元気を与える炎人種は常に氷人種および風人種とチームを組む。
氷人種が氷による防御を、風人種が風による飛行を担当し、雷人種と炎人種を守る仕組みだ。
犠牲者をほとんど出すことなくブタを追い詰めていく。
同時に北方地域を取り囲む7箇所の基地を前進させ、ブタの移動範囲を狭める。
* *
だが順調にブタたちが後退していくなかで戦況に変化が訪れる。
ブタよりも巨大な灰色のオオカミが出現したのだ。
こんしまちゃんたちを食べ、排出したあと北に向かった個体のようだ。
風人種の報告が届くと共に雷の人は白い雷撃を天に飛ばし、みんなに警戒するよう伝えた。
そのオオカミが羊の群れを食べようとした。
しかしすぐに不味いと分かったようで、羊たちを地面にはく。
以降はオオカミへと、とくに羊を集中させて対応する。
バロメッツと人員を再編成し、もっともオオカミに近い基地に戦力を固めた。
こんしまちゃんは炎人種として羊たちに活力を与えながらオオカミを遠目で見ていた。
オオカミは羊を口に入れるのをやめ、巨体で羊を吹っ飛ばしまくる。
その際、ブタも巻き添えを食らっていた。
それでも絶え間ない羊の波が巨大な獣たちを押し流す。
押されっぱなしになったオオカミはついに――。
まわりのブタを食い始めた。
鬱憤を晴らすようにブタを噛みつぶしていく。
本当にブタを殲滅しそうな勢いだ。
ここで、こんしまちゃんが羊の群れのそばで口癖を漏らす。
「しまった……オオカミだけが残っても対処に困っちゃう……」
「――それはいけないね」
こんしまちゃんの前に炎の体を持つチョウが飛んできて、そう言った。
そのチョウが何者であるか、こんしまちゃんはひと目で分かった。
「かみしゃま……無事だったんですか」
「もちろんさ~、なんてったってボクはクリ野郎のかみしゃまだからね」
チョウ――かみしゃまがこんしまちゃんの右肩にとまる。
「で、こんしまちゃん。キミたちが使っている羊を生み出す植物の詳細を知りたいんだけど」
「名前はバロメッツです。特徴は――」
「――ふむふむ。おもしろい植物だね。世界を救う鍵になりそうだ!」
かみしゃまが激しく羽ばたき火の粉を散らす。
「ボクもがんばるよ。なぜなら、かみしゃまは世界を大切にするものだから」
チョウのかたちが崩れ、無数の火が天にのぼる。
天にのぼった火が広がり、竜のかたちを作った。
竜が身をよじらせ、ときに身を切り、空に文字をえがく。
そこに「ネオ・バロメッツ」という横文字のカタカナが浮かび上がった。
「キミたちに進化を促そう!」
かみしゃまは、名前を持たない精霊の風習と名前を持つ人間の伝統をどちらも大事にしようと考えてみんなの名前を隠した。
つまりこの世界における名前の発見は、自分のなかに眠る精霊と人間の両側面を意識することでもある。
バロメッツは精霊の血を引いていないけれど、これまでに精霊の力を幾度となく流し込まれた。
よって今のバロメッツは精霊としての側面を反映しているとも言える。
確かに人間ではないかもしれない。それでもこの世界における人間の条件が、かみしゃまによって定義づけられるとしたら――。
ネオ・バロメッツというその名さえ、確かな意味を持ち始める。
めえ~と鳴き、羊が一斉に空を見る。
同時に羊の群れが互いにくっつき合い、緑色へと戻っていく。
凝集した羊は茎となって新芽のように盛り上がった。
茎が放射状にも伸び、小松菜みたいな葉をつける。
まぎれもなくバロメッツだ。ただし大きい。その高さは巨大オオカミの全高に等しい。
だが羊は生えない。
ここでミズキがさけぶ。
「こりゃクリ野郎の仕業だ! ウチらでありったけの水をぶっかけっぞ!」
水人種たちが巨大バロメッツに集まる。
風人種と共に飛行し、あらゆる角度から満遍なく水をかけた。
そのあいだ氷人種がオオカミとブタを氷のドームで閉じ込めておく。
そしてバロメッツが水を充分に吸ったため、横になった茎の先端が羊に変形する。
すかさずこんしまちゃんを始めとする炎人種が巨大な羊にとりついて力を送り込んだ。
茎から離れることはなかったけれど、巨大羊は元気よく「めえ~!」と鳴いた。
さらに雷人種が羊の前方に雷撃を放った。
羊がその方向へと駆け出す。ここで氷のドームが内側から破壊された。
巨大オオカミ1匹と巨大ブタ1匹が姿を現す。
対する巨大羊の大きさは巨大ブタよりもひとまわり小さいくらい。
しかしオオカミもブタも巨大羊を無視しようとした。不味いと分かっているからだ。
瞬間、キツネ耳がブタの前を通り過ぎる。
それはあぐりだった。
反射的にブタが彼女を追う。
ブタに食べられそうになったところで、あぐりは風人種と一緒に上昇。
勢い余ってブタは巨大羊をかんでしまった。羊の前まであぐりに誘導されたのだ。
でもその羊はおいしかったようで、茎を千切り、ブタが一気に体を飲み込む。
間髪いれずオオカミがブタを丸飲みにする。
が……すでにブタのお腹のなかに、こんしまちゃんとミズキと雷の人が入り込んでいた。
潜入したタイミングは、先ほどブタが羊を食べたとき。
かすかな火の粉があたりを照らし、かみしゃまの声を響かせる。
「これでブタもオオカミもネオ・バロメッツを吸収し、その一部となったよ」
「分かってら、クリ野郎」
ミズキが水の服を変形させて巨大羊に放水する。かみしゃまのおかげなのか、その威力はさながら暴風雨のようだった。
すると羊の腹部の茎が伸び、ブタとオオカミの腹部を貫通した。
さらに炎人種のこんしまちゃんが、かみしゃまの加護を受けながら羊を温める。
羊だけでなく食べられたブタもオオカミも活性化し、体をじたばたさせる。
続けて雷の人が外に向かって雷撃を放つ。
一番外側のオオカミがそちらの方向に駆けていく。
この瞬間、腹部から出ていた茎が飛び、巨大バロメッツの根もとに刺さる。
巨大オオカミはネオ・バロメッツと接続した。
間を置かずこんしまちゃんたちはオオカミのなかから脱出。
風人種が風で運んでくれたのでスムーズに出ることができた。
ネオ・バロメッツと茎でつながったオオカミは炎人種の恩恵を失い、力尽きる。
本来バロメッツから生じるものは弱く、また体が巨大であるためそのエネルギー消費も大きいようだ。
オオカミが地べたに這いつくばって動けなくなったあと、放射状に伸びた別の茎の先端3つが変形した。
1つは羊の、1つはブタの、1つはオオカミをかたどった。
それらが動きだす前に氷人種たちが冷気を浴びせた。
こうして――羊に加えて新たにオオカミとブタもつけるようになったネオ・バロメッツは仮死状態になった。
すぐに根っこを掘り起こして地中からのエネルギー補給を絶つ。
ただし、ほかに巨大オオカミや巨大ブタがいる場合に備えてネオ・バロメッツ自体は破壊しない。
なんにせよ、これで巨大な獣たちはすべて封じた。
死者も出した獣たちへの作戦が完了したことにより、この場にいるみんなが勝ちどきを上げた。
ミズキも……そしてあぐりも仲間と喜び合っている。
こんしまちゃんは雷の人に声をかけられた。
「ありがとう。これもあんたが提案してくれた作戦のおかげだ」
「みんながいたからこその勝利です」
今度はこんしまちゃんのほうから右手を差し出した。
それを雷の人がグッと握る。
「ああ、われわれは共にがんばった!」
「あなたの名前は……? わたしはこんしまちゃんです」
「われは――」
雷の人は声を上げて笑う。
「まだ名前を見つけていない! だから世界が滅んでもらっちゃ困るんだ」
「きっと素敵な名前だと思います……」
そのとき、淡い光がこんしまちゃんをつつんだ。再転生の合図である。
つまり役目を果たしたということだ。
(この体の持ち主がやりたかったことは……みんなを助けることだったんだね……)
おそらくこんしまちゃんが転生しても、もとの体の持ち主はこの世界で生き続ける。
だからあえて、こんしまちゃんはミズキやあぐりに別れを告げないことにした。
(きっとわたしは……ナビゲーターさんを追ってまたここに来る……)
とりあえず今は――。
この世界に生きるみんながネオ・バロメッツのそばで喜んでいる光景を目に焼きつけて、新しい世界に向かおうと思う。
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