ガイドの消失
黒い翼を生やした状態のこんしまちゃんが鍾乳洞のなかでコウモリをじっと見ている。
コウモリは紫色の光を発し、両翼を天に掲げた。
「ワタシがおこぼれにあずかった今週のしまったポイントは100ポイント。手始めに10ポイント消費して2つの世界を合体させましょう」
「か……考えなおして、コウモリさん……」
こんしまちゃんが訴えかける。
「あなたが世界の『消滅』じゃなくて『合体』を選んでるってことは……やっぱりそれぞれの世界をめちゃくちゃにすることにためらいを覚えてるってことじゃないの……?」
「いいえ、これは効率の話なんです」
大きな火の玉1個が煙のようにゆらめいて、コウモリのお腹の前に現れた。
「いいですか、こんしまちゃん。今週のしまったポイントを使用する場合1つの異世界を消滅させるのに15ポイント、2つの異世界を合体させるのに10ポイントかかります」
「……そういう話だったね」
「たとえば異世界が3つあったとしましょうか。これらの世界すべてを消滅させようと思ったとき、1個1個消滅させていけば15かける3で計45ポイントかかります。対して世界を全部合体させてからそれをまとめて消滅させる手順を踏めば、10かける2たす15で計35ポイントの出費で済むんですわ~。つまりいったんすべての世界を合体させてからあとで一気に消しちゃったほうがお得ってことですよ」
「だったら、合体もさせない……!」
いつになく真剣な表情でこんしまちゃんがコウモリににじり寄る。
でもコウモリはそんな彼女の行動をあざわらうように自分の火の玉を左右の翼でつつくのだった。
「勇ましいことですねー。だけどあなたにできることはありませんよ。今のこんしまちゃんは『つよつよ主人公』ですらありませんから」
高度を上げ、こんしまちゃんの手の届かない鍾乳石の先端にとまる。
「さて……どの世界とどの世界を合体させましょうか。ま、どのみち全部消すんでこだわってもしょうがないけど、記念すべき最初の合体だから慎重にもなりますわー」
「どうして世界を消滅させたいの……?」
「特大の『しまった』をいただくためです」
逆さまになり、コウモリが目を素早く開閉する。
「魂を反転させた『しまった』のエネルギーこそがワタシの食べ物です。ワタシはね、世界そのものの『しまった』を味わいたいんです! じゃあどんなときに世界は心の底から『しまった』と言うのでしょう」
ちょっと間を置いて相手の回答を待つも、返事はなかった。
だからコウモリは、自分で自分の問いに答える。
「正解は『消えるとき』です! 世界はさまざまな生き物や物質をかかえています。それが世界の存在する意味です。しかし、もし世界がまるごと消滅したら? 世界は存在意義をすべて手放したことになります。ここで世界は言うんです。『しまった。こんなことなら最初から存在しなければよかった』って」
息をのむこんしまちゃんに薄ら笑いを浮かべてみせた。
「この美味に違いない『しまった』をしゃぶりつくしたいと思うのは、『しまったらー』として当然のことですよ」
「わたしの『しまった』では満足してくれないの……?」
「当然こんしまちゃんの『しまった』もおいしいですよ。けど未知の『しまった』がどんな味なのかも確かめたいんです。それは消滅させる世界が大きければ大きいほど、たまらない味になるはず。この探究心はけっして鎮まりません!」
ここで、首を左右にひねって声のトーンを抑える。
「そうだ、こんしまちゃん。あらためてワタシと協力しませんか。ほかの異世界を消滅させても……あなたとあなたのもともといた世界の安全は確保すると約束します。前に説明したとおり転生先の異世界が減れば、晴れてこんしまちゃんももとの世界に再転生できる可能性がグッと高まるわけですよ。ほかの世界がどうなろうが別にいいじゃないですか。あなたが直接手をくだすのでなければあなた自身に罪悪感もないでしょう?」
コウモリの前の火の玉が紫色に染まっていく。
「今のこんしまちゃんの見ている光景は……申し訳程度の『しまった』を含むいい加減でめちゃくちゃで気まぐれな、ただの夢みたいな世界の旅路にすぎないんですから。あなたは夢を破り、そして目覚めるだけなんです」
「違うよ……」
こんしまちゃんが強くかぶりを振った。
「わたしの見てきた世界はすべて夢じゃなかった……。魔王も勇者も……食べ物を知った星も、そこに住む人たちも……狩人の息子とお父さんも面食いも……宇宙ダムと関わりのあるみんなも……自分だけのコブを背中に持つ人たちも……ミズキちゃんもかみしゃまも……植物のバロメッツも……臍帯者も魔女も共に生きる人たちも……グレイブ・ハットもグレイブ・キャップもアルベス・ウォーグレイブさまも……『しまった』をめぐって対立していたみんなもシマッタ・ヤラカシターさまも……闇のマンガ家さんも……あぐりちゃんもブタさんも……それに、ナビゲーターのあなただって本当に存在してた……いや、してる……!」
ついでコウモリのギラギラした瞳と目を合わせる。
「だからわたしは世界を絶対にゆがませない……それぞれの世界に生きる、みんなのことが大切だから」
「やはりそう答えますか。これ以上聞いても同じ問答のくりかえしになりそうですね」
深く息をつき、コウモリが諦めの声を漏らす。
「ともあれ決めましたよ~。まずはあの世界とあの世界をくっつけてしまいましょう!」
すると、紫に染まっていた大きな火の玉1個がしぼんで消えた。
「これでよし……と。では続いて――」
しかしコウモリは言葉を切った。
今週のしまったポイントをあらわす火の玉がそれ以上出現しなかったからだ。
「……しまった。あくまでワタシはこんしまちゃんのおこぼれにあずかっていただけだから、実際のワタシの保有ポイントは10分の1ほどになっていたようですね。って、おや……?」
このタイミングで小さな火の玉1個が紫の光を放ちながらコウモリの目の前に現れた。
「これはいいですね~。ワタシも今週のしまったポイントになじんだおかげで、こんしまちゃんのように自力でポイントを獲得できるようになったと見えます」
そう言ってコウモリが鍾乳石から離れ、すぐに飛び去ろうとする。
「じゃ、ここでお別れですね。こんしまちゃんとの時間、とってもおいしか……楽しかったですよ」
「待って……」
こんしまちゃんは右手を伸ばした。
けれどコウモリは振り返ることもせず、洞窟の奥へと飛んでいった。
背中に力を入れると羽が動いたのでこんしまちゃんも飛翔しつつ追いかける。
でもその先は行き止まりだった。
天井から垂れ下がる鍾乳石以外に目立ったものは見当たらない。
コウモリはどこに行ったのか。
ナビゲーターとして、別の世界に転移したのかもしれない。
一応石の陰も探したこんしまちゃんだったけれど、やはりコウモリを見つけることはできなかった。
「別の異世界に行ったのならそこまで追いかけなきゃ……あ」
洞窟のゆかに着地し、こんしまちゃんがハッとする。
「しまった……この世界でわたしの果たすべき役目が分かんない……」
各世界で与えられた役目を果たすことこそが、こんしまちゃんが死なずに転生する方法だ。
これができなければ別の世界に生まれ変わることも不可能である。
今まではナビゲーターが役目を教えてくれたが、もうこれからはこんしまちゃん自身が役目を考えなければならない。
ただ、この状況は初めてじゃない。
墓かぶりの世界でもナビゲーターはすべてが終わるまでこんしまちゃんに役目を明かさなかった。
「ナビゲーターさん……ずっと前から……わたしがこうなることを考えていたの……?」
こんしまちゃんはつま先の向きを180度転換し、行き止まりに背を向けた。
「それにしても、しまったなあ……長くお世話になっていたのに……最後に『ありがとうございました』って言いそびれちゃった……」
この世界での役目はまだ不明だ。
ただ、こんしまちゃんの心のなかには「もとの世界に再転生すること」以外に新しい目的ができた。
ナビゲーターは今から今週のしまったポイントを自力でためて異世界をつなげ、まとめて世界を消滅させようとする。
魂の反転したかたちの「しまった」を食らおうとしているので、今まで訪れた日本語っぽい言語を用いる異世界がそのターゲットだろう。
実際に試したわけじゃないからポイントでそんなことが可能なのかは分からないけど、こんしまちゃんはナビゲーターがウソを言っているようには感じなかった。
(だからこれ以上異世界をめちゃくちゃにされないよう、ナビゲーターさんの野望をとめる)
こんしまちゃんは1人でそう決意し、まずはコウモリの黒い翼を羽ばたかせて来た道を戻ることにした。
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☆今週のしまったポイント:2ポイント(合計81ポイント)
次回「なぜこの体に選ばれた」に続く?




