第2話 初めての魔物、そして逃走
森へ向かって歩き始めてから、どれくらい時間が経っただろう。
草原は思った以上に広かった。
遠くから見れば近そうだった森も、歩いてみるとなかなか近づいてこない。
「これは……思ったより大変だな」
体力には自信がある方ではない。
しかも、いつもと違う環境で、何が起きるかも分からない。
俺はときどき立ち止まり、周囲を確認しながら進んだ。
ゲームやラノベの知識が頭に浮かぶ。
こういう世界なら、魔物がいる可能性は高い。
だが、実際に何かを見たわけではない。勝手に決めつけるのも危険だった。
そのとき。
草むらの向こうで、何かが動いた。
俺は足を止めた。
風で草が揺れたのかと思ったが、違う。
低い位置から、こちらを見ているものがいる。
次の瞬間、灰色の大きな獣が姿を現した。
狼に似ている。
しかし、その大きさは普通ではなかった。
肩の高さは俺の腰ほどもあり、鋭い牙が口元からのぞいている。黄色い目が、まっすぐこちらを捉えていた。
「……嘘だろ」
狼なら、まだ分かる。
だが、こんな大きさの狼が普通にいるはずがない。
いや、ここが本当に異世界なら、普通という基準そのものが違うのかもしれない。
獣は低く唸った。
俺は反射的に一歩下がった。
刺激しないように、ゆっくり距離を取る。
そう考えた直後、獣が地面を蹴った。
「うわっ!」
考える暇などなかった。
俺は全力で走った。
背後から、草を踏み荒らす音が迫ってくる。
振り返る余裕はない。
とにかく逃げる。
魔法が使えるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
俺は必死に手を前へ突き出し、何かが起きることを願った。
だが、何も起きない。
光も出ない。炎も出ない。
そもそも、魔法をどう使えばいいのか分からなかった。
「くそっ、こんなときに!」
ゲームなら、ボタンひとつで攻撃できる。
だが、ここには画面も操作方法もない。
あるのは、自分の体だけだった。
前方に、木々が見えた。
森だ。
俺はそのまま森の中へ飛び込んだ。
枝が服に引っかかり、草木が顔をかすめる。それでも走るのをやめなかった。
木々の間を抜け、少しでも進路を変えながら逃げる。
やがて、背後から聞こえていた足音が遠ざかった。
俺はすぐには止まらなかった。
しばらく走り続け、息が切れてどうしようもなくなってから、ようやく木の陰に身を隠した。
膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。
心臓が激しく打っていた。
「……危なかった」
魔物がいる。
しかも、こちらを襲ってくる。
この世界は、想像していたような楽しい冒険の舞台ではなかった。
少なくとも、今の俺にとっては。
俺はしばらく耳を澄ませた。
あの獣の気配は感じられない。
それでも、すぐに安全だと判断することはできなかった。
「まずは、身を守れる場所を探す。魔法のことは……そのあとだ」
そう自分に言い聞かせ、俺は森の奥を慎重に進み始めた。




