第1話 五十七歳、会社員。異世界へ転移する
ゲームのキャラクター作成画面には、種族や能力を選ぶ項目が並んでいた。
俺は少し考えたあと、使いたい能力を選んでいく。
不老不死。
魔力無限。
状態異常無効。
空間魔法。
無属性魔法。
普通に考えれば、かなり欲張った構成だろう。
だが、ゲームなのだから構わない。
誰かと競争するためでも、ランキングの上位を目指すためでもない。自分が好きなように遊ぶためのキャラクターだ。
どうせなら、面倒な制限に縛られず、長い時間をかけて世界を探索できるようにしたい。
「さて、名前は……」
入力欄に、天魔、と打ち込んだ。
その瞬間だった。
画面の中央に、見覚えのない黒い円が浮かび上がった。
円の内側には赤い文字のようなものが走り、周囲には読めない記号が並んでいる。
ゲームの演出だろうか。
そう思ったものの、これまで見たことのない表示だった。
やがて、どこからともなく声が聞こえた。
『条件を確認』
低くも高くもない、不思議な声だった。
続いて、もう一度。
『適合を確認』
俺はマウスを動かそうとした。しかし、画面の反応がおかしい。
その直後、表示が切り替わった。
『隠された種族を解放します』
種族選択の一覧に、今まで存在しなかった項目が追加されていた。
死神族。
「……なんだ、これ」
隠し種族ということだろうか。
ゲームの攻略情報を調べたわけではないから、そんなものがあるのかどうかも分からない。
だが、選択できる状態になっている。
俺はしばらく迷ったあと、その項目を選んだ。
せっかくなら、見たことのない種族を試してみたい。
確認画面が表示される。
俺は迷わず決定を押した。
次の瞬間、画面から強い光があふれ出した。
まぶしい。
そう感じたところまでは覚えている。
しかし、目を閉じる間もなく、意識は暗闇へと沈んでいった。
*
目を開けると、青空が広がっていた。
「……ん?」
俺はしばらく、そのまま空を見つめていた。
夢だろうか。
だが、頬に当たる風も、草の匂いも、背中に伝わる地面の感触も、あまりにもはっきりしている。
ゆっくりと上半身を起こした。
周囲には草原が広がっている。
遠くには森が見えた。建物も道も、人影もない。
「どこだ、ここ……」
ポケットを探る。
スマートフォンがない。財布もない。
身につけている服はあるが、それ以外に持ち物らしいものは見当たらなかった。
ゲームの中に入った。
異世界に転移した。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
ラノベなら、こういう状況から始まる話はいくらでもある。
しかし、自分がその主人公になったとなれば、話は別だった。
「……落ち着け」
俺は深呼吸した。
まず、生き延びることを考えなければならない。
水が必要だ。食料もいる。夜を過ごす場所も確保しなければならない。
草原の真ん中で立ち尽くしていても、何も解決しない。
遠くに見える森を見つめる。
身を隠せる場所があり、水や食料を探せる可能性もある。
危険があるとしても、今はそこへ向かうしかなさそうだった。
俺は服についた草を払い、ゆっくりと歩き出した。
五十七歳の会社員、修三。
その男はこの日、ゲームのキャラクターにつけた名前とともに、見知らぬ世界で新しい人生を始めることになった。
この世界で、俺は天魔と名乗ることになる。
だが、そんなことを落ち着いて考える余裕は、まだなかった。




