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僕の膂力が予想外だったのか、鎖の射出と同時に飛び出した朱のマントは警戒心を底上げして僕を睨んだ。儀の傭兵部隊が連携して僕とシガーンを包囲する。
黒衣のマスクに口元を隠して、マントの下には鉄甲冑を着用していている。チェストプレートに膝当てや肘当てなどの要所に防護合金が銀に光って、関節部分には機動性に富んだ化学繊維の伸縮性が身体能力をそのままに伝導する。
鎖が鉄くずとなって、周囲に鉄片を弾き飛ばすと僕は傭兵三人と“次世界”へと踏み込んだ。
――そこは常人には見ることもままならない高速の世界。
目の肥えたシガーンさえも肉眼で捉えるのがやっとでその瞬く速度に身体は追いつかないだろう。
僕が踵をあげると自然と石畳の絨毯はクレーターでも出来るように足元がくぼんだ。
「あんまり僕と戦うのはおすすめしないよ」
僕の全身には筋肉の緩みと引き締まった神経の極み。僕の弱虫な感情を無視して、身体を叩き動かした。
「陣形っ! 【トライアングル】っ!」
「「ハッ!」」
一人の号令が轟くと赤はやがて流動的な線となって、殺気と手刀が僕の首筋を襲った。右手でそれをあしらうと背後より膝蹴りの強襲。僕の身体が浮き上がるのだが、僕の身体に傷一つことはない。もちろん、痛みはあるのだけど。
「痛たたっ! …………でも、そういう連携ね」
――【土竜の猛り(ミズガルズ・レイブ)】
僕は続いて浮いた身体の着手とともに地面に両手を突き立てる。埋もれる手と飛び出す土の柱。まさに逆さに落ちる雷のように土粒が一人のアゴを突き立てる。
「カウンターが速いな……」
「指揮官のアンタを弱らせたら終わりですか?」
僕の滑らかな反撃に指揮官となる一人は、なんとか直撃を躱すと鼻筋から飛沫する鼻血を拭った。
「陣形。【ハルベルト】」
すると後ろにいる一人が清楚で凜と澄んだ声で指示を出した。それを引き金に一人が地面を叩くと石タイルが意識を持ったように動き出す。それはまるで手裏剣のように僕の全身を襲う。威力は薄いが一つ一つ鋭利になっていて常人の人肌では切り傷は数千本は出来ていただろう。視界を覆うほどの手裏剣の砂嵐に息を飲んだのだが、視界の外から殺気が膨らんだのが分かった。“感受”だけで僕はその刃を見向きもせず、受け止めた。
「指揮官はいないのかな?」
まだ灼熱のように熱く真紅に色づく金属の刃が僕の両手をじゅーっと焦がす。
それ以外に僕の問いに返答するような音は何一つ無い。
この石タイルの道幅に金属は一切落ちていなかった。あるとすれば――散らばった鎖だけ。鉛くさい強烈な匂いが僕の脳をぴりつかせると、すぐに採算はあった。
「鎖を一瞬で刀に作り替えたのかぁ…………」
僕の落ち着いた声に反比例して水平に研ぎ澄まされた風切り音が一つ鳴り響く。反射的に僕が前転して避けた跡には籠手から変成してかぎ爪が地面にグサリと刺さっていた。
「じんけーい。【ドラゴーン】」
まだ砂嵐の収まらない中、怠けた声が一つ聞こえた。
三人がそれぞれ合図を送り合って攻撃を仕掛けてきている。単調な連続攻撃からトリッキーな連鎖技までを高速で実行すれば僕にも回避しきることは出来ない。
この三人の連携に唯一の弱点を掲げるのであれば、誰も僕の身体に傷を付けるほどの一打を持っていなかったことだろう。それだけで最初から決着は決まっている。
砂塵が舞う灰色の景色の中央で僕は呼吸を研ぎ澄ませると供に潜んだ息の音を捉えるように右腕を差し向けた。
それをゆっくりと引き絞り全身に力を入れた。
「――【龍しょ………………っ……あれ?」
砂嵐がはけるとシガーンと僕以外、この裏道には誰もいなかった。まるで影でも追っていたかのように上手く逃げられてしまったようだ。
少なくとも【ドラゴン】を逃げる合図にするのはどうにも癇癪に触った。
だけど、いずれ近いうちにまた会う気がする。これはただの僕の勘なんだけれど。