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馬車を降りてそこに広がるは青空と屋台。そして、無尽蔵の闘争心である。
売り切れごめんの立て看板にあぐらをかく店主もろどろ、多種多様なスタンド体勢で客に喧嘩をふっかければ、高価売りつけと値引きの押し問答。
「おっちゃん、この芋はいくらよ?」
「一個で銅貨1枚だ」
「よし、銅貨1枚で三個。“腕相撲”でどうよ?」
「ほぉー。ませガキっ! 負けたら、芋三個、銅貨三枚で買ってけよ」
血の気の多き連中が知恵と話術と筋肉を資本として、金を稼ぐ。厳重警備の外壁を越えれば、迎えもなくそこに広がるは実力主義の生業一本道。
お屋敷などのドデカな建物には、雇われの現金な兵士などが店横に常駐し、売れる物は全て換金するのがこの国の掟というばかりにギャンブルに乱舞したレンガ畑。
朱を基調とした積み土に、五目に並ぶ木骨張りのレトロで古風がお洒落な街には止むこと無き挑発がBGMとし鳴り続ける。
「くっそーっ」と俯き顔を歯を引き絞って駆けていく齢一桁の少年。「老けてしもぉうたのぅ」とあごひげに手櫛を通して、青空に更ける老けたお爺さん。「大の男ならもっと高く出す奴はおらんかー?」と競り売りを仕切って、男達が見上げる中、奇抜な衣装で堂々と声を張り上げる姉御さん。
商売のプロが我流商法で売りつけると同時に客は穴場を探して人混みの中を練り歩く。
「――どうだ、アマトー。戦場に見えるか?」
シガーンは意気込んでいた〈形無き国〉を小笑いしながら、とことこと石畳に軽快な足音を弾ませる。未だに警戒を解けない〈形無き国〉のリーダー的存在、レイドというと今日はレイナが滞在しているため静かだったが…………瞳からは闘志が漏れていた。
「シガーンは来たことがあるんでしょ?」
僕はシガーンが乗り気で付いてきたこと自体が怪しい。面倒がりなシガーンが自ら編成に志願したことから、楽しい何かがあることは予感していた。
「あぁ、この街はな。俺の故郷が近くてな子供時代には俺もガキながらに勝負に明け暮れたってもんだ」
僕らはちょうど、男児が石畳を叩きつけうなだれているのを見た。芋を三つを手にして
いるが銅貨は“三枚”持っていかれたんだろうなぁ。
「俺が五歳のころには弓でライオンを狩って売りさばいたよ」
シガーンは英雄の幼少期伝説を語ると馬車から大弓を取り出して、にぃッと笑って見せた。シガーンはあえて男児に聞こえる様に言ったのだ。ぶっきらぼうなりの不器用な応援の仕方なのかも知れない。
「…………次は勝つ」
顔を上げる男児のその表情を目にして、僕の心にはグッとオレンジの炎が灯った。
「…………懐かしいな」
僕も物心が付いた時は竜にどうすれば遊んでもらえるかを考えて、何度も何度も試行錯誤して挑んだものだ。何だったら勝てるかを必死に考えて初めて僕が勝てたのは“かくれんぼ”だったのは今でも忘れない。そんな目をしているのをみると、僕まで純粋に応援をしたくなった。
「次はじゃんけんでも挑みな! 勝てる戦いはきっとあるよ」
僕は銅貨を一枚出すと男児に突き出した。自分の面影を重ねながら、焚きつけようと思ったのだが…………。
「兄ちゃん、気持ちだけ受け取るよ。次は勝つからなっ」
男児は僕の拳に小さな拳をぶつけると悔しさを笑い飛ばして芋をがっつりと丸かじり。そして、勢いよく走り去っていった。
「この国に老若男女はないんだよ。どんな奴にも情けはかけないし、情だけで金は受け取らない。ただし………………」
僕らの目は自然に騒ぎの中心へと向いた。国風が漂う毎日が祭り騒ぎな商国に不穏で見苦しい芽が出ている胸騒ぎがする。
『テメェ……もっとよこせよっ! 金ならあるだろうが』
札束とは別に刃物を喉に押し付けて店前を占領する輩の大声が街を白けさせた。
『…………勘弁して下さい。うちのパンは自家製なんでお一人様二つまでって決めているんです』
店主はハイになっているチンピラに対して親切に対応をして受け答えに最善を尽くす。
『アハハ……客が欲しがっているのに売れねぇのが店かよっ』
横暴な大男が店主の胸ぐらをつかみかかろうとした瞬間にいくつかの英気が爆発したのが分かった。
「……客と店側が互いに相手を認め合う気持ちと命だけは奪わない。売らない。買わないっていうのが“この国の掟”だ。」
『『――この国のルールを知らない奴にこの国を歩く資格は無い』』
私服の覆面傭兵団が卓越したスキルと機動力で暴行を未然に防ぎ、一瞬にてその場を無力した。そして僕にシガーンの早撃ちが男の刃物をへし折っていたのを理解していた。
「――お見事」
僕はシガーンが商店街の人間を縫う磨かれた一撃と容赦のない正義感に賞美したのだが、
「いいや。俺より先に拘束した奴がいる」
よく見るとシガーンの【光陰矢】に劣らぬ、遠距離撃を放った何者がいた。この国には表立った研鑽と裏側に眠る傭兵団の牽制。シガーンの口角がキリッと上がった。
今はこの国の決闘が僕らに氷山の一角を見せたに過ぎないと分かったんだ。