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道化(どうか)、僕を強くしてください  作者: chuboy
第四章 改編の開戦
22/43


 8


「…………“竜の軍服”」


 僕が現れた瞬間、敵の眼光はより鋭く僕を射抜いた。それとは別に“無地の軍服”からは疑念の視線がぶつけられる。


 ――“見かけ倒しの竜”に何が出来るんだって。


 僕はそんなのを問答無用に無視して“大切な彼女”に声をかけた。


「“衛生兵”としてはリリィの傷を癒やしてあげたかったんだけどね」


「へ?…………うふふっ…………ぐっ……。笑わせないでよ。傷だらけでおなか痛いぃ……。ほんとうにアマトは面白いわね」


 戦場では立ち話を誰も待ってはくれない。ついに視線だけではない。

 賊兵から弓が、槍が、剣が僕に向かって繰り出される。――鋭い刃物の殺意。

 僕のストレスは大きくなりきゅるりと腹をくだしてしまいそう。とはいえ、実際に反応するしかなかった。


「僕が戦いを終わらせるんだ」


 ――“戦う”ということを胸の奥に言い聞かせた。


 リリィを背に護りながら戦うには分が悪い。単純な数の問題で僕の四肢は言葉通りに“四本”しかない。敵の数と武器を考えれば、


「よしっ。指揮官を制圧しよう」


 指揮官への直線距離はさほど遠くない。物理的には前衛に構える槍部隊のその後方。至る所から弓兵も弦を引き絞っているが…………。


「今だ。一斉に――」


 敵が言葉を放とうと音速が拡散する前に、僕の一歩は賊兵の意識を飛び出る。

 賊兵が瞬きをする“その一瞬”。僕にはその時間に数メートル移動できる。認識下にない移動を一般的に“瞬間移動”と言ったりするが僕にはとっては単なる“高速移動”である。

 石畳を蹴り高温の摩擦痕を残しながら、槍隊横列をすり抜けた僕は指揮官の背を奪う。


「お互いに死者を出すのはさないか?」


「チッ…………あの女剣士よりも迅いのかっ!?」


 指揮官の涼しい顔からひんやりと汗が垂れたのを確認した。武器を持たない僕は脅すと言うつもりは特には無かったのだけど…………。


「フレンドリーファイア上等。一斉に撃て――――――」


 指揮官は逡巡なく味方を煽り、士気を焚きつける。


「……うっ……自らを捨て身に捧げるなんて……」


 矢が、槍が、剣が僕の仲裁案を無に返すのだ。どうやって穏便に済ませられる。

 屍になれば止まるのか。――否、屍になったところで屍の先まで“復讐”が繰り返す。

 なれば“戦意”を砕くのはいつになるのか。何が人間に争いをもたらすのか。


「アンタみたいに俺は強くはないけどな――この刃が“敵味方”関係なく肉体を滅ばす」


 それは挑発なのか、警告なのか。その指揮官の言葉の意図が僕には掴めない。


「…………創造された刃は無感情」


 僕は敵を目の前にして頭の中で葛藤を繰り返していると自然と言葉が出てしまっていた。コミュニケーションも上手く出来ないのに仲裁なんて似合わないことをしているのは重々承知。それでも諦めきれないほどに僕の身体は優柔不断だ。


「詩人みたいだな。それでも刃は無慈悲に容赦なく襲いかかるぞ」


 指揮官は僕と同じような若い面で苦笑いをして、僕に斬りかかった。半分、諦めかけているのは僕には通用しないことを百も承知だったからだろう。

 僕はおもちゃを取り上げる様にパシンと剣を素手で掴む。そして、


「どうすれば撤退してくれるんだよっ」


 なんで敵に縋ったのかわからない…………。


 ――ううん。その理由だけはわかる。

 僕は賊兵かれらを“敵”だと思っていないんだ。


「一時的な事かもしれないけれど、“武器”が無ければ賊兵団おれたちは戦えない」


 縋りたいのは指揮官も同じだったのかもしれない。敵に縋りたいのは“弱者”ゆえ。もとより負け戦を覚悟してきたのだから。“強者”から手を差し出せば、僕らは寄り添うことが出来るのかもしれないんだ。


「――“武器だけ”を破壊すればいいんだね?」


 僕は掴んだ指揮官の剣をバラバラと握り砕くと、指揮官は感謝をするように“命乞い”に近しい激励で応えた。


「あぁ、“戦えなくなる”くらい容赦なく頼むよ」



 ――“戦意”まるごと僕が壊してやる。




「“撤退”は速やかにしてくださいね」


 ――僕はそう言って脚を地に突き立てた。


 ……すると、



 ドシャーーンっ!!



 地割れを起こした地面は反動で隆起し、矢の動きを阻んだ。軽い地殻変動は地震を引き起こし辺りを揺らした。賊兵の意識が動揺したその隙に僕の“高速移動”で一つ一つ武器に打撃を与えていくと木っ端微塵になって次々と“武器の遺灰”が大地に帰っていく。


「剣を構えろっ! 迷うなぁ! 敵に振り切れっ――――うぅっ……うぁあ?」


「遅いよっ」


 周囲の賊兵が次々と得物を僕に振りかざすと僕はバラバラと武器を砕いては通り過ぎる。得物が原型を留めないほどに無残な姿になっても身体に全く影響がない事にキョトンとさせては次のスポットへと疾走する。


「槍を引っ込めるなぁ。敵の腕は届かない。喰らえっ――――おう?」

「うぁあああああああ……あ……あ…………あぁっあ?」


「“り”に来たわけじゃ無い…………“槍”だけにね」


 重力に逆らい壁を走れば身を捩った側転から槍隊に肉薄する。かかとを浴びせて槍を枝の様にポキリと、


「矢を引け。腰は退くなぁ……………おぉ……あれ?」

「一矢報いてぇえええ死んでやるよぉおおぉぉお…………おぉお?」


「これで最後だ」


 僕は一直線に飛来する矢を一本一本拾いながら、苦もなく弓部隊へと応酬。空中練りを軽やかに極めて、弓を破壊した。

 まるでスタンプラリーのように弓も、槍も、剣もどの部隊も余すこと無く砕けば、賊兵団はぽかんと呆気にとられていた。僕は指揮官の元へと再び降り立つと、


「これで良かったですか?」


「こんな力量があるなんて。やっぱり、“力加減”は“強者”の特権だぁ」


 最後の確認をしてみせると敵は黒のフードをとり、ついに諦めたように自嘲する。



「我が大将が敵を制圧したぁあっっぁぁあぁああああ!」


 振り返るとそこには“無地の軍服”が一人。

 そして、あろうことか血相を変えて弓を構えていた。敵が武器を失ったのを良いことに今になって優越感に浸って、敵を射抜こうと弓を放った。無力化した兵に対して今さら攻撃を仕掛けようなど許せない。



賊兵団あなたがたの方が“弱さ”を知っていて、それに屈しない強い心を持つ素晴らしい方々ですよ。心の貧弱な僕と比べればよっぽど“強者”です」


 僕は指揮官に背を向けて語ると過ぎ去る“なまくらの矢”を目一杯一蹴した。



 ――ズゴンッ!!



 それは一瞬で矢を浄化するだけに留まらず、大気に影響を与え衝撃の波が“無地の軍隊”へと返された。ただの蹴りが衝撃波を飛ばし第三中域サードの壁をギリギリと悲鳴を上げさせる。それは兵士の心の叫びを代弁しているようであった。


「賊は投降しました。手出しは無用です。コチラも同じく武器を捨ててください。さもなくば、僕が直々に手を下しましょう」


 そこに反論は生じなかった。“見かけ倒しの竜”のなどと愚弄してくる“兵士”も一人も存在はしなかったのだ。

 決心のついた僕はこの戦いを終わらせるために半壊した城壁の方へと走り出した。

 今思えば、多対一に経験不足な僕には戦場での見栄えだって、殺戮術だって、技だってリリィに比べれば美しさの欠片もないのかもしれない。腑抜けた戦いをして敵をわざと逃がして兵士では最低の評価。


「……だけど」


 兵士としてはではなく違う何かに僕はなろうとして……。

 ――脚を止めるわけにはいかない。



 敵の策に寄ってぼつぼつと抜け穴ができた城下町フォースの町並みであっても、自然界に舗装された道がないことを考えれば、僕にはたやすい通路だった。泥道と違い、地盤が硬く脚が埋もれない分、移動は脚を踏み切る度に加速する。




「すごい光だったなぁ…………。翡翠の輝きかぁ、今の触れたら火傷しそうだった」


「…………ちっ。コウノーシャが…………」


「コウノーシャ君には止められなかったみたいだね。シガーン君、見に行ってみないか?」


「セルシード少将……。あんたはいつも見え透いた嘘をつく。なにが本心なのかよくわからねっ。ただ今は俺を殺そうとしているのだけは見え見えんだよっ」


 城壁のあったはずの瓦礫の山に刻一刻と近付くと二つの英気がぶつかっているのがわかる。まだ目には追えなくても一つは“シガーン”だ。強襲された双子とは別の“強者”と命を削り合ってるのか?


「――【光陰矢】っ!」


 光が一直線に彼方に飛ぶが悲鳴の代わりに挑発が返る。


「甘いなぁ……。君が僕を捕らえられたことがあるのか? シガーン君、残念だが君はここで死ぬと良い」


 僕の耳に届く爆撃と探り合いの言の葉。鋭利な殺気が空気を重くすれば、激しい剣線が物体を軽くしていく。


 ――スバンっと一振り風切り音。追加して物理的な金属のへしゃげる音が聞こえる。


 正確に場所ポイントが特定できない。いろんな音が混じっては鋭敏な感覚はそれだけ気を紛らわされる。


「……へっ、テメェのクセは散々見てきたんだよ。とどめは“背後に回って水平斬り”そのクセ直した方が良いぜっ」



 ――【地上への墜落エールト・ブリューゲル




 今のはシガーンの声だ。次は上空から光の矢の雨が流星のごとく推参する。それは一度僕が対峙したシガーンが放つ研ぎ澄まされた一矢に間違いない。


 僕は上空へと飛び出すと街が一望できた。賊兵団は撤退を始め街には静寂が到来。すると残るのは傷を負った双子の剣士と…………“軍服”を着た二人。

 シガーンが宙返りざまに背後へのバックショット。プラスして上空からの多段の輝きが“大狼の軍服”の剣士を包み込んだ。――抜け目のない絶対的な必中ゼロ距離。

 シガーンが笑みを浮かべたその時、“大狼の軍服”は膨らんだ。いや、膨らんだように見えたのだ。あまりの殺気。本領の爆発。力の解放。


 すかした態度が変貌をするとその〈ロング・ソード〉にどす黒いオーラが取り憑いた。



「――シガーン。“お遊び”は楽しかったな?」



 ――【本領発揮】



「まだ跳ね上がるのかよっ」


 シガーンが殺される? それは爆発的な一踏みから繰り出される一打。

 直線的な一射撃を切り落とすと――華麗に繋がる二踏み。

 シガーンがそれを避けようとバク転をすれば、すでに矢が降る地方から抜け出された。分かっていても避けられない一刀が腹を掻っ切る。


「……ぐわっぁぁあ」


 切断と打撃の刃は肉を引きちぎるように持って行くとシガーンの痛覚を必要以上に刺激する。バク転から着地すれば、――すでに三踏み。


 必中ゼロ距離にあるのはシガーンの首の方だ。



「――【一刀両断】」



 頭からかち割るような一撃が容赦なくまっすぐに振りきられる。着地の硬直でその一瞬に何も出来ないシガーン。ドンと低い地響きとともに刃が堕つ。



 ――シガーンっ!


 ――僕の声が届くよりも先に。


 僕の脚が壁を伝播し、


 僕の身体がシガーンと大狼の軍服の間に入り、


 そして、僕の腕が剣の腹を掌打する。



 すると、剣線は乱れ狂い空を切って地についた。縦に落ちる剣を横から打撃することで衝撃を逃がすのは一番効率的な防御になり得る。


 ――ただし、その剣を上回る速度が出ているという条件付きで。


「君もそっち側につくのか?」


 すぐさま、地に落ちた〈ロング・ソード〉に対して、剣士は身を捻ると即座に水平回転斬り。その剣線を肘落としでズドンと再び剣を地につける。


「なんで同士討ちしてる?」


 僕はそのまま牽制の横蹴りを飛ばすと剣士はバックステップで一目置いた。


「アマト大将。シガーン君は敵に成り下がったのですよ」


「悪いけど、君の事知らないんだ」


「“見かけ倒しの竜”を狩るのは僕の仕事になりそうだね」


 殺気が僕に集中したのが分かる。恐いほどにおぞましい…………実際に恐怖が僕の中にこびりつくのだが“英雄”のような美しさの見えない憎悪が見えた。

 殺気が破裂すると僕の目の前には剣が肉迫する。最小限に紙一重に剣を躱すと通り過ぎたところからは豪風が漂って暴力的な力を感じる。


「まずは名前を教えてくれないか?」


「そうだね。セルシード少将…………――アマトさんを殺す男の名だよ」


 セルシードのギアが一つ変わって逆さ上げの一刀が僕の頬を掠った。とはいえ、掠るほどで僕の皮膚は傷つかない。僕も一つギアを上げるとビュンっと風切り音が濃くなっていく。そして、セルシードの剣を持たない左手での殴打が刻まれる。

 それを僕は掴み柔術を仕掛ける。セルシードの気を感じれば〈ロング・ソード〉で斬りかかろうと殴ろうと蹴ろうと僕の鋭敏な感覚が感受する。セルシードを背負い投げると受け身から距離をとられた。


「今、僕らはなんのために戦ってる?」


「僕の………………ううん………………“俺”の本気を出せる相手を探してるだけだ」


 再び、接近する一太刀。ギロリと目が変わり横暴に気性も荒い。全身を滾らせ防御を捨てた狂気のさた。英雄たる速度と英雄ならざる凶器を振り回せば僕は精一杯捌くのみ。

 退き腰になりながら、躱す。捌く。掴む。投げる。どれも決定打にかけ、なかなか攻撃に転じられない。


「――【疾風迅雷】っ」


 全身を暴れさせ、また一つギアが特化すると僕も後手に回るだけでは捌ききれない。多段の激突とサイドステップ。そのリズムを無効にする波動の一手。


「――【龍聖】」


 必至に前に踏み込む。

 流れるような掌打が剣の腹を直通させ、セルシードを浮かせた。身体を軽やかに旋回すると着地して狂い笑った。


「もっと本気でぶつかってくださいよ。大将ぉお?」


 まるで悪魔のような顔をしていた。戦闘狂の化ケの皮をついに脱いだ。本能が顔をだした。〈ロング・ソード〉も使用者に伴って暴走しているようだ。


 なぜだろう。とても嫌いな匂いがした。


 ――“定期訓練”の時は誰も憎悪を持った“英雄”などいなかったのに。


「この剣はさぁ。〈竜殺しの剣〉って言うんだ。アンタを殺すのにはぴったりだろう」


 龍を殺す剣。そんなモノはあるはずがないんだ。そもそも“人間”は上位戦争に参加をしていない。だから“竜を殺す伝説”とか“記憶”とかそういうのが存在しないんだ。


「剣などに竜を殺せるわけがない」


「うるさいっ。怖じ気づいたのかぁ!?」


 どんどんと取り憑かれるようにセルシードは手を振り切ると感情的になっていく。まるでいつもと真逆に人格が変わったようだ。


「それとも――――竜に殺されたのか?」


「……うるさいぃ…………うるさい…………うるさいっ! うるさい、ウルサイ、ウルサイ。ウルサっぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあイ」


 セルシードが――否、剣が爆発した様だった。一般に目を向ければ力を全解放した暴走に見えるだろう。だが、僕にはその異臭の正体がやっと見えた。

「憤怒の悪魔“マルコシアス”。狼につくなんて運命的だな」

 セルシードには僕が何を言ったのか分からないのだろう。首を傾げて目を見開き僕を傍観している。僕が呼称した“マルコシアス”とは上位戦争において悪魔派の眷属として君臨していた。“悪魔派”ではそれなりの位に就いていたが……。狼の姿で世界の制覇をもくろみ、強さに溺れた。それは儚い夢を見ていただけだったのだ。


 実際には――何を思うこともなく、竜により一撃で沈んだ。



 その憎悪がセルシードの戦意を促進させて暴れさせている。セルシードが剣の力を引き出そうとすればそれだけ理性が解放されて、過激に剣を振るう。

 しかし、“英雄”のセルシードが操られているとも、一概に言い切れない。


「お前がこの〈竜殺しの剣〉に何の思い入れがあるのかは知らねぇ。そんなのはどうでも良い、俺と本気でやってくれればなっぁあぁぁあああ!」


 やはり普段隠した戦闘狂の器を持っているのはあくまでセルシードの方だ。この戦いを終わらせるなら未練ある“マルコシアス”を“完全”に潰すしかないか。



「――分かったっ。本気でやるよ」



 僕は退け腰になった心を前に押し出し、深く深呼吸をした。


 師匠の教えが頭によぎった。


 僕は気の弱みを持っているって。

 ――――臆病。それは“竜”にはない感覚だそうだ。

 でも、病気ではないらしい。


 これには続きがある。

 他人の気を鋭敏に感受するその力は危機管理を完全とする僕の長所だって言ってくれた。これから戦いで向けられる“敵意”をすべて汲み取れ。

 そして、すべてを察知したとき、お前は本当の意味で強くなれる。


 まずは逃げ腰になるな。そのための第一歩だ。



『竜はかかとをつけない。つま先立ちで重心は常に前に落とす。そうすれば下がることはできまい』


「ふぅううう…………」


 両手を脱力して垂れ下げ、かかとを浮かせれば身体は前のめりに傾いて後ろに退くことはもうない。“竜の軍服”などなくとも僕の深い息吹が“竜”を目覚ましく起こす。

 静寂の一間でセルシードの憤怒と僕の慈愛が睨み合った。


 セルシードが先に飛び出した。待ちきれないのが見え見えなのは僕にはとてもゆっくりと見えた。

 ――なんせ僕は“竜”なのだから。


 セルシードが剣を引き絞ると、その刹那。


 ――ズドドン

 僕はその剣に打撃を与える。踏み込まれる高速移動、重心を前にした以上ブレーキを知らない。止まれないのなら、攻撃の前にタメを潰す。

 僕の先制を許すと持っていたセルシードも大きく吹き飛んだ。クリーンヒットしたのだが、“手応えがありすぎて”壊せていないのが分かった。兵士の剣のようになまくらではない以上、たちが悪い。

 すると、僕の追撃に対応して剣を合わせてきた。


 一刀に一蹴。一刀に二打。一刀に三連撃。

 僕の身体は逃げない以上、細やかかつ正確に〈竜殺しの剣〉を打ち落とす。僕の勝利条件はこの剣を砕くことだ。剣の動きを注視しては決しては隙を見放さない。


「なぜ俺に攻撃してこない。舐めているのかぁぁぁあああ!!」


 空振りを続けては連続に腹に衝撃を与える。襲撃にセルシードの箍がもう一つ外れる。


「激昂の狼〈竜殺しのマルコシアス〉。その長剣に携える獣は敵を喰らい尽くす滅亡の牙となれっ!!」



 ――【餓狼乃口】



 僕の高速連撃が手数で上回り、増長したその業物の刃を躱して左から腹に【龍聖】を放ったのだが……、ズガンっと大いなる反動に弾かれた。

 後ろに飛んだ、正確には後ろに初めて飛ばされた。つま先でなんとか地面を削り、引きずるとその剣技を見つめた。


「痛た………………今のは?」


 僕の左手には血がついていて、皮が見事に捲れていた。


「俺の攻撃は切断と打撃を兼ねている。それを刀身全体から具現したんだよ。俺の剣だけを狙って余裕かましてるんじゃねぇぞ」


 その刀身を触れれば、切断と打撃を与える物理を無視した攻撃展開。

 さすが、“英気”ということか。僕の身体に傷がついたのは下山してから初めてだな。


 ピンチに陥ったはずなのにどうしてか僕は笑ってしまった。



 そう昔の一つを思い出したんだ。

 初めて怪我をしたときの事だ。あの時は師匠のもとへ“土竜”が神林に遊びにきたのだ。僕は“土竜”と一緒に手合わせをしたのだけど……………………。


「――あぁ、懐かしいなぁ」


 左足を大きく突き出すと僕は全身を低く、地に這うように近づける。

 僕が思い出し笑いをしたのは“土竜”の事を人語では“もぐら”と呼ぶらしい。あんな不細工なのと一緒にするなっていつも怒っていたなぁ。

 まぁ、この戦いにもその経験は活きてくるんだけど。


 “土竜は暗闇を好み太陽を好まない”。そのため目が著しく悪く視界では敵の動きを補足しない。



 振動と波長で距離をとり、その多様な応用で権力を示していた。



 ――例えば…………。

 僕は地につきそうな低い姿勢から“両手”で地面に向かって掌打を放った。


「はあっ」


 ドドンっと二点を震源とした振動は地を伝って、セルシードの下で同調すると大地の槍が突如として突き上げた。――これがポイントの支配。

 これを地面という平面上ではなく、立体的に干渉させれば空間を支配することとなる。それが“土竜”の支配した“振動”の極地。


 ただ僕には物体のない空間上を支配させるような伎倆も、“竜の器官”も持っていない。

 だから物質に波動を込めるアマト流オリジナル土竜武術を演武する。


「地中に籠もり小動物の育ての親となった裏方の立役者よ。それを臆病と罵った上位種族が再び相まみえようとしている。今、その大地の力を興し、“道化”を辞めるときが訪れる。最強の竜の種――大地の安永“土竜”。……いくよ」


 ――――【土竜の猛り(ミズガルズ・レイブ)


 僕の踏み込みは移動とともに地面を震動させ、威力を蓄積する。その分やはり、移動速度は落ちてしまうがドンドンドンと擬音通りにセルシードに近付いた。

 セルシードの袈裟斬りを受けるのは僕の身体ではなく隆起した土粒。即座に僕の渾身の回し蹴りをセルシードは左手の素手で庇う。人の身体には辛い、骨折音が僕には聞こえた。命を奪おうとは思わないがこれ以上、容赦はするわけにはいかない。


「うおぉおっ…………ぐぅう……」


 ギギギギギッと左腕がわめきを上げさせて、真上に身体ごと蹴り上げた。


「――これで決めるよ」


 僕の足下の地面が空へと隆起した。勢いよく蹴り飛ばしたセルシードを追随する“大地の塔”がせり上がると僕は右手を地につけて振り絞る。


「その大地ごと引き裂いてやる」


 天高く打ち上がったセルシードは身体を上手くバランスをとるとアマトを見下ろし、後は落ちるのみ。剣が赤黒く染まると空はどんよりと重くなって世界が終わるかのようだった。


 “英雄がすることじゃないなぁ”


 天へ昇る竜と堕天する悪魔の剣がじわじわと決着を待つ。天と地を分かったその“英気”が一つにまとまる。



 ――【電光石火】



 ――【土竜の化身(ミドガルズオルム)



 僕のその大地を感じた右腕は重く重く〈竜殺しの剣マルコシアス〉と正面から打ちあった。刃渡りを正面にするのは初めてだが斬れる気がしなかった。

 激突をした両者の威力。――僕の右手はセルシードの全身全霊の落下を込めた縦切りを触れる。するとお互いの威力は相殺された。

 交差した僕らは目だけを合わせ、僕は大地の塔のてっぺんへとセルシードは地へと落ちていった。

 セルシードは追撃のない僕の態度に懐疑を覚えていたが……、


 しかし、僕には見えていた。――この少し先の未来が。


 キュルキュルとどこからともなく矮小な音が鳴り続ける。それはセルシードにも聞こえるほどの不快な金属音である。


 その音はだんだんと大きくなって目を疑うほどに見えるようになった。セルシードの持つ〈竜殺しの剣マルコシアス〉が怯えているように狼狽しているのだ。

 それは止まることなく増長を繰り返す波動の往来。剣の中に注ぎ込まれたエネルギーを許容できずに“マルコシアス”全体が震えているのだ。



「あえて言うよ。”僕ら”の勝ちだ」



 竜の一撃を受けた“マルコシアス”はあとかたもなく砕け散った。


 悪魔の取りこぼしを壊したし、僕はセルシードを殺さずに済んだ。これでよかったんだよね。天を見ると淀んだそれからは晴れ間は覗いた。

 まるで師匠が天空にいるような。僕を見守ってくれていたようなそんな気がした。不思議と悪魔から解放されて落ちていくセルシードの表情は読み取れない。晴れ晴れと口角をあげているのだが、“いつもみたい”にすかしているらしい。

 僕はその姿にやや困り顔を見せてにいっと笑うのだが、



『…………充填率200.0%。――【ロストブレイブピアス】』



 安堵を破る翡翠の機巧………………否、魔結晶によって創り変わった結晶騎士ディメンションナイト城下町フォースもろともすべてを消し去ろうとしていた。


 武器を失うセルシードは憤怒の代償によって戦意は枯れ果てた。リリィも満身創痍であり、攻撃を許せば一溜まりもない。

 空気中の自然エネルギーを吸収して、翡翠の巨槍兵を神々しく衣を纏ったようだ。

 静寂が生命の“無”を現す様にピタリと帝国内が引き締まり静寂となる。


「〈竜殺しの剣〉があっても、止められるわけないなぁ」


「コウノーシャ…………お前はこんなのに立ち向かったんだな」


 セルシードとシガーンの戦慄から漏れた弱音。優に恐怖を通り越し祈りを捧げるほどに暴力的な暁光が収束した。ゴクリと喉をならし、抵抗どころか人間はそれを受け入れようとした。



「――僕が止めてみせる」






祝十万字になります事をご報告させていただきますm(_ _)m

タイトルに即した“道化”を拭うという欠片が見えたでしょうか。


プロローグ前の見出しにありました“継承と警鐘”が大タイトルとなってまして、それもしばしで完結に向かいます。アマトの激闘後半戦もお楽しみください(^_^)/~


お気軽なお声かけお待ちしておりますm(_ _)m

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