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巨兵の翡翠の半透明な結晶の中には、流動的に光がどくりどくりと全身を張り巡らされていた。緑色の血液のようだ。それが活発に心拍数を上げれば、槍の先が眩く光り出して直視できないほどの輝きをもたらした。プロミネンスのように槍の回りに天の輪が重なれば、発射まで間もないのは言うまでもない。
僕の“竜技”はまだ寝ぼけた竜が翼を広げたほどにしかない。その片鱗で留めれば良いものを逆鱗に触れたとき。
――僕は堂々と巨槍兵が睨む射線上に地へと舞い降りる。
“大地の塔”から飛び降りると落下において逆巻く逆風が軍服をはためかせ、そのシルエットはまるで翼を持つ気分。高度の低下とともに抉る様に吹き付ける風が僕をピリピリと緊張させる。近付くほどにその巨体の発する神々しさは伝う。
つま先と膝でストンと落下衝撃を吸収すると翼を折りたたむ様に推参する。
――やはり、かかとはつけない。
不思議と人間性のない無機物の身体は僕にとってどれだけ翡翠に威圧されようと恐くなかった。衝突は避けられないのであれば、尻込みしている場合ではない。
『【ロストブレイブピアス】充填率200.0%オーバー』
腰が退けないのを自覚して、かかとを下ろし、後ろへと右手を振り絞った。踵をつけた分、重心移動に優れ、ズババンと身体が力むを感じる。
「【龍聖】……………」
――足りない。
感受性の強すぎる僕には力量の把握は誰よりも秀でているはずだ。だからこそ分かる。まだ足りない。力が足りないのだ。これでは守り切れない。
『――【ロストブレイブピアス】発動っ!!』
すでに巨兵の断罪が放たれた。“英雄”に見放された“弱者”としての覚悟。それがこの怪物を作り出した。それはもう互いに抜いた刃を鞘に収めるには手遅れだ。このままでは“王”に届く前に――“帝国民”が巻き添えを喰らう。
止めるっ。持てる力の限りを尽くしてっ!
「………両腕…………ダブルっ!」
僕は左も後ろへと捧げた。
低い姿勢から両腕を後ろ目一杯に引き絞り、音よりも速く無音で翡翠が眼前に来るまで力を溜め込む。ギリギリまで待ちわびた――これが今の僕の“絶対的な一撃”。
――――【竜撃】
竜の顎が顕現したかのように二つの掌打は噛み合わさる。左右の手から放つ上顎と下顎が翡翠を喰らった時、遅れて音が爆発した。
――――ギュオオオオオオオオオオオオオオオオ
相反する二つの衝突に弾かれる空気の悲鳴。光の暴力と衝撃の膨張が巻き起こす暴風が城下町を釘付けにした。
命を持つ者はその心象を彼岸に吸い寄せられ、張り付けられた様だった。
「――なっ…………生きてる?」
「――あいつ………………止めやがった」
すべてが落ち着いたとき、傍観しか出来なかった人間たちの声が驚嘆していた。まるで自分の喉から声が出るのが不思議というかのように。…………そうじゃないな。
生きてられた事を信じられないというように、“この世”に残った肉体に戦慄しているのだろう。
“僕”だって満身創痍だ。ここまで傷つけられるなんて予測してなかった。さらに言えば、カラクリ装置に殺されかけるなんて思いもしなかった。
“人間”はやっぱり恐い。侮っていけないし、何をしでかすか分からない。
――だからほかっておけない。
とはいえ、僕の両腕から焦げくさい血臭がしていた。間違いなく“僕”のモノだ。風がヒリヒリとむき出しになる痛覚を刺激してとても無傷ですとは言える状況ではないのは確かだ。このままへたれ込むのも悪くない気もするのだが……、
「黙ってられっか。アマトぉ。コウノーシャ弔いだ。俺もやるぞ」
シガーンにも戦意が再点火したのであれば、僕も黙って立つしかない。
「博士っ! 直撃を凌いで生きていますっ!」
「コントロールパネルがいかれました。我々に制御できるのはここまでのようです」
するとエンジンがギガガと暴走を始め、結晶騎士は帝国へと特攻を始める。
僕の耳がその不協和音のさらに奥の声を拾うのと、シガーンが目を見開いたのはほぼ同時だった。細く脆い矢に巨体をどうにかする力などないのは一目瞭然だ。
……であれば、弓兵のシガーンが狙うのは指揮官だった。機械における指揮官とはすなわち――操縦士。
シガーンの振り絞った得物が湾曲して、微細の狂いの許さぬ一閃を描いた。半透明な結晶体、接近されれば、薄らと見える。それだけで“英雄”には十分すぎた。
「博士っ! どうしま……………………かはっ」
「どうし………………………………」
――ガクンッ
――――【光陰矢】
弔いであろうとなんだろうとシガーンの集中は途切れなかった。その一射に怒りがあったかは、僕には読めない。
「“操縦士”は全滅。残りは私ただ一人ですか…………」
ドリルエント博士は汚れ仕事を覆い隠すように真っ白な白衣を着ていたがそれも操縦士の飛び血に染まった。制限のない暴走マシーンは穴の空いた操縦室を【治癒】により結晶体で塞いだ。誰が死のうとエンジン全開で無感情に帝国へと突進する。
「…………これで最後にしましょう」
僕にはしっかりと聞こえた。“だからこそ”このガラクタは止めてみせる。結晶騎士に“人間”の決意を邪魔されるわけには絶対にいかないから。
――僕は博士という人物に真っ向から向き合いたい。
――今、一度。かかとを上げた。




